八重桜に忍ぶ

影宮

第1話

これは、一人の忍の、ある春の一時。



送り返した箱に八重桜の花弁を詰めておいた。

奥州の春は告げられねば気付かないほどに遅い。

これをさて、あのお人様は鶯ととるか。


八重桜の下、桜吹雪の影が共に舞っている。

その目を楽しませる為に、この身を踊らせる。

鈴の音がその動きに合わせ、静かに音響を魅せてゆく。

それは景色に反する黒の着物。

しかし、その影にも花が咲き誇る。

白い肌を晒し笑んだ、それは一人の忍。

今年もこの世で舞う。

かつて戦国の世を舞った、忍の姿は変わることなく。

平成も終わるこの世でも、その忍術さえ変わらせず。


やれうたえ 舞を魅せよ

うつろうこの世を忘れながら

いつか いつか またあの人の

影となるために


やれうたえ 影を魅せよ

うつろいこの時を忘れながら

きっと きっと その背中を

守る刃となりませう


出会い別れを繰り返し続け、いつの間にか失った主の存在を思い浮かべる。

我が時を削りてその目に、再び巡り会いたい。

その一心がさらに強く、桜はそれに応えるように、桜の雨を降らし続ける。

それは春の終わりまで。


忍は泣いた、この時を。

戦国の世で、この時を。

平成の世で、この時を。

滅びの美を感ずる隙間さえ此処には無かった。

「嗚呼。」

変化の術にお色気の術、さらに幻夢の術に。

忍術を重ね重ね隠した、本音は震えるばかり。


宴は終盤に差し掛かる。

その時聞こえた声に振り返る。

そこに、嗚呼、そこに居たのは…。

「夜影!」

我が名を呼ぶ主の声のみ聞こえ、景色は一色に限る。

舞は途絶えた、この息を乱し、影はふわりと笑んだそうな。


主従、時代を超えて巡り会い、再びこの世を共に生きる。


共に逝きたいと告げた忍と、


共に生きたいと告げる主の、


春はまだ始まったばかり。




これは、一人の忍の、ある春の一時。

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八重桜に忍ぶ 影宮 @yagami_kagemiya

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