小さなかけおち

ろくなみの

小さなかけおち

「かけおちって何?」

隣の席の山下さんは、ランドセルに教科書をつめながらそう言った。

「かけおち……かけあしじゃなくて?」

「なんでも、カップルになった二人がするものみたいなんだけど……」

パンパンになったランドセルがなかなか閉まらず、何度も何閉めようと試みる山下さん。筆箱をポケットに入れればおそらく閉まるだろうけれど。彼女は諦めて、半開きのままランドセルを背負った。

「それなら、パソコン室で調べるしかないよ山下さん」

「それ最高ね。よし、調べましょう!」

「う、うん」

「あと、山下さんじゃなくて、すみれちゃんって呼んで」

彼女は事あるごとに僕にそう要求する。呼び方なんて何でもいいのに。照れ臭い僕はその要求は飲まず、パソコン室へむかうことにした。山下さんが付いてきている足音に混じって、ランドセルはパカパカと音を立てていた。

「何かわかった? あなた」

山下さんは僕の画面を覗き込む。そのあなたって呼び方もどうなんだ。

「難しい漢字が多くてよくわからないけど、とりあえず愛し合う二人が、親の知らないところへ行くって事らしい。あと、恥ずかしいからあなたはやめてくれる?」

「そうなの!? ねえ!やってみましょうよあなた!!」

全く話を聞いてくれない。

「何言ってるんだ。僕らは別に恋人じゃないし、それに子どもだよ? 親の知らないところなんて」

「あなた、知らないのね」

恋人に関する僕のツッコミは無視された。

「わからないところは、グーグルマップってものがあるらしいわよ!!」

山下さんは僕を押しのけ、パソコンを操作する。

「よし!かけおち先が決まったわ!!」

グーグルマップで彼女は目的地を定めたらしい。果たして僕らの足でできる駆け落ちとはどんなものか。


「いらっしゃい」

僕らが入ったのは、学校から歩いて5分くらいの喫茶店だった。慣れない場所で肩が縮こまる。

「ねえ、かけおちってこういうことなの?」

僕は堂々とした振る舞いの山下さんにそう問いかける。

「このお店、お母さん来た事ないんだって言ってたの」

なるほど、たしかに知らないところへ行く、という条件は満たしてる。

「オレンジジュース二つ」

山下さんは堂々と店員さんにそう告げる。僕ら二人に怪訝な反応をする事なく店員さんは微笑んだ。

「で、これからどうするんだ? 山下……すみれちゃん」

「もう山下じゃなくなるわよ」

山下さんはランドセルからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「はい、これに名前書いて」

そこには山下さんの手書きで、『こんいんとどけ』と書いていた。

「これで、私たちもかけおち完了ね」

しまった。学校で作った手作りハンコを忘れてきてしまった。僕は苦笑しながらランドセルから筆箱を取り出した。

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小さなかけおち ろくなみの @rokunami

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