迷いの森最終章~エンディング集~

 本編(セーフティモード)、ノーマルエンディング


 湖の底、白い町の教会で迷い人は夢を見続けています。

 迷い人の眠る白い棺は、蓋が閉まっていました。

 その中でも迷い人は、苦しむ事も無く眠り続けていました。

 迷い人の眠る棺に、蝶が行き来しているから、なのかもしれません。


 迷い人が望む『先輩』の夢。

 迷い人が生きていた場合の夢。

 先輩と共に過ごした夢。

 夢はまるで、『先輩』とリンクしている様でした。


 迷い人は『先輩』の些細な不幸以外の全ての不幸をその身に受け入れ、引き換えに迷い人自身の未来を手放しました。






 蝉が鳴いている。

 己が短い命を削る様に。

 蝉が、鳴いていた。

 暑い、熱いと木陰に避難して、それでも愛しき番を探して。



 心臓が確かに動いている事を教えてくれる機械の音が規則的に聞こえます。

 誰も訪れていない病室に、夏が来ていました。

 ふわり、と生ぬるい風がカーテンを撫でました。

 暑いくらいに明るい、日差しが差し込んでいました。


 ぴくり


 病室で眠り続けていた患者が、ゆっくりと、意識を取り戻します。


「うっ、眩しい……」


『おはようございます

 久しぶりですね』


 隣から少し幼さの残る高い声が聞こえた気がして、応えました。


「あ、あぁ……おはよう」


 差し込む日が眩しすぎて、瞼を薄らうっすらとしか開けられないながらも、どうにか身体を起こそうとする彼に、差し伸べる細くて白い腕がありました。


『起きますか、手伝いましょう』


 彼は聞こえた声に導かれるままに腕に頼り、ゆっくりと身体を起こして、背中に枕を立ててもらいます。


「ありがとう」


 しかし、返答は返って来ませんでした。

 一年と数ヶ月ぶりに目を覚ました彼の傍には誰も居なかったのです。


 後に、彼は様子を見に来た看護師によって家族に連絡が行きました。

 その日はたまたま、誰も見舞いに来なかった日だっただけの様です。

 数時間後には彼の母が、父が、涙を流して彼の目覚めと生存を、大いに喜びました。

 しかし彼には多少、問題がありました。

 それは、記憶障害。

 医者には一時的な物と言われましたが、彼が確かに覚えていた事は一つだけでした。

 夢の中で話した彼女迷い人の死を、彼女の家族に伝える事でした。





 それから一ヶ月、ようやく彼は少しずつ一人で歩ける様になり、あとは退院するだけでした。

 彼は素晴らしい回復速度を持っていました。

 それから彼は、夢で会った彼女の死を彼女の家族に伝え続けました。

 勿論、彼女は家族の中では行方不明でしたから、唐突に死を告げられても理解が追い付く筈もありません。




 数ヶ月後、彼女迷い人は家族の元へ帰りました。

 ただし、彼の言葉通り死体となって。

 彼女の身体は縫い目だらけでした。

 それでも彼女の顔は穏やかな顔をしていたと言います。

 彼と彼女の家族は、何処かで見覚えのある一人の女性と青年が数羽の蝶と共に白い棺彼女を運んで来た瞬間を、確かに見ました。


 同時に彼は、棺の中で眠る彼女を見て頭痛と共に、彼女との学校での仲や迷いの森で過ごした時間、夢の中で共に過ごした時間、全ての記憶が戻りました。

 いつの間にか倒れていた彼は、目を覚ますと、直ぐに涙ながらに記憶がぼんやりした状態で彼女の死を伝えた事と、自身の死を彼女が引き受けた事を彼女の家族に伝え、謝罪しました。


 流石に彼のこの姿と言葉には嘘があるとも言えず、彼女の家族も涙ながらに認めざるを得ない形になり、皆で泣く形になりました。


 女性と青年は静かにそれを見守っていたとか。

 詳しい話や彼女がどう過ごしていたか、彼女の決断等も話し終えた頃。

 夜は既に更けていました。


「本当は彼女の記憶も完全に無くなる筈だったのだけれど……

 そういう約束だったの

 ごめんなさい

 でも、それでも彼女の死を伝え続けた貴方の執念は凄いと思うわ」


 女性はそう言って悲しげに微笑むと、青年に寄り掛かりながら彼等の元を去りました。



 彼はその言葉を聞いて、ズキズキと心臓が痛みました。

 それが罪悪感だったのか、心の痛みだったのか、彼は未だに知りません。







 少女に全てを聞いた青年は手元にある日記を見せました。

 それは青年の祖父、少女からしたら兄に当たる人間の日記でした。

 日記には、フィリアが居なくなってからの事が書かれていたのです。

 フィリアへの許し、一時的で深い憎しみや悲しみ、そしてたった一人の家族に対する愛情と後悔を。


 ピシリッ


 何処かで、密かに硝子ガラスひびが入った様な音が響きました。

 中身を読んだ少女は声を静かにあげて泣いてしまいました。

 熊のぬいぐるみテディベアが青年の祖父の残した物だと知り、沢山の涙を流しました。

 何度も謝りながら、大好きだよ、と。

 寂しかった、会いたいと言いながら。




 パリンッ


 パラパラ…………


 とうとう、硝子ガラスが砕ける様な音と共に星が散りばめられていた夜空が欠けて破片が湖に落ちていきました。

 欠けた先から差し込む日差しが、青年と少女を照らしています。

 青年の膝上で泣き疲れて少女が眠っていました。

 湖から数匹ずつ、青い蝶が慰める様に少女に群がります。

 そうして、湖から来て少女に触れては帰って行く蝶達。

 それを横目に青年は、空を見つめ、感動と共に少女の頭を撫で、指で髪を梳いていました。




 夜空に次々とひびが入り、ボロボロと破片が湖に落ちて青空が顔を出していました。

 夜空が完全に青空に変わった頃。

 ふと、全ての青い蝶が離れました。

 少女が目覚めたのです。

 青年は少女に声を掛けます。


 「おはよう、ミルフィリア」


 青年は変わらず、少女を精霊としてでは無く、人間として認識していました。

 それが、青年の少女に対する印象だからです。


 少女はまるで青年の声は聞こえていないかの様、ぼんやりと青年を見つめていました。


 そして、ふと湖の上にいる青い蝶を見つめたのです。

 青年も少女の視線の先を追います。

 すると、湖の上に居た数匹の蝶が青い輝きと共に、姿を持ちました。



 長過ぎた青みのかかった白銀の髪は湖に届いていました。

 湖の底にまで届いていそうな髪は湖に波紋を広げていました。

 同色の瞳は悲しげに少女を見つめ、それでいてどこか鋭い印象を受ける様でした。

 薄い唇が微笑みの形を取っていなければ、冷たい印象も抱いてしまっていた事でしょう。

 華奢な腕や腰が強調される黒いドレスが白い陶器の様な肌が映える様で、ますます生者では持ちえない艶と美しさを纏っていました。


 湖の上に浮いた形で、少女を少しだけ大人にしたような外見の女性がそこに、居ました。

 女性は、少女に優しく微笑みかけていました。


 少女は目を見開き、涙を滲ませていました。


 そして――――……



 「ありがとう

 それじゃあ、後はお願い」


 少女は日記を持ったままの青年の手を取り、立ち上がりました。

 少女は周囲を少し見渡して、白いテーブルを見つけると、熊のぬいぐるみテディベアをテーブルの上に置きました。

 そうして、少女は青年の手を引いて、迷いの森を一緒に抜けたのです。





 少女の身体からは少しずつ、少しずつ蝶が空に向かって飛び立っていた。



 いつの間にか、少女に引かれていた手を引くようになっても、青年は少女の手を離さなかった。

 そして少女の手の感覚がいつの間にか無くなっていても青年は振り返らなかった。

 傍に、蝶がずっと居てくれたから。

 そして、青年の家の前に着く頃。

 少女の形は残って居なかった。

 最後まで付いてきていた蝶も、青年が家に着いたよ、と振り返ると青年の鼻に止まる。

 しばらくすると、青空に向かって飛び立って行った。


 ありがとう


 青年は、ほろりと涙を零した。

 玄関に向き直り、ただいまと告げ扉を開く。

 居間には、疲れきった様にソファで眠る青年の母が居た。



 部屋に戻り、青年は祖父の日記を最後まで読んだ。

 最後のページには、こう書かれていた。





 妹に会いたい。





 Fin








 本編、ノーマルエンド (イージーモード)


 湖のほとり、そこで青年と少女の二人は向かい合って座っていました。

 青年は少し言いづらそうに、けれどしっかりと少女の瞳を見つめて告げました。


「僕はミルフィリアの親戚、みたいなんだ」


「え?」


 少女を一度目の衝撃が襲います。

 青年の言葉は、少女には受け入れ難く、理解が追い付きそうにありません。


「実は僕の祖父に当たる人の名前が、フィオって名前みたい、なんだ」


「え?」


 二度目の衝撃が少女の脳を揺らします。

 頭痛がする程です。


 会いたい、会いたいとは少女も願っていましたが、心の準備もままならない状態でいきなり言われた言葉でもあった為に、少女は混乱してしまいます。

 それでも、青年の言葉は続きます。


「僕も一度会った事があったらしいんだけど、物心がつく前だったみたいで

 祖父は僕らにも知らないし、開けられない南京錠付きの日記を残してたんだ」


 青年の言葉を聞いている途中で既に涙が滲んでしまいます。

 少女の視界は既にぼやけていました。


 青年は自分の手元にあった日記を見せました。

 それは青年の祖父、少女からしたら兄に当たる人間の日記でした。

 少女が南京錠に触れると、それは砂の様に崩れ、簡単に開きました。

 日記には、フィリアが居なくなってからの事が書かれていたのです。

 フィリアへの許し、一時的で深い憎しみや悲しみ、そしてたった一人の家族に対する愛情と後悔を。


 ピシリッ


 何処かで、密かに硝子ガラスひびが入った様な音が響きました。

 中身を読んだ少女は声を静かにあげて泣いてしまいました。

 熊のぬいぐるみテディベアが青年の祖父の残した物だと知り、沢山の涙を流しました。

 何度も謝りながら、大好きだよ、と。

 寂しかった、会いたいと言いながら。


「お兄ちゃん……」


 少女は青年の胸に縋り付き、兄の名前を呼び続け、すすり泣きました。


 湖から数匹ずつ、青い蝶が慰める様に少女に群がります。

 そうして、湖から来て少女に触れては帰って行く蝶達。


 夜空に次々とひびが入り、ボロボロと破片が湖に落ちて青空が顔を出していました。


 夜空が完全に青空に変わった頃。


 ふと、全ての青い蝶が離れました。

 青年の腕の中の少女が目覚めたのです。

 青年は少女に声を掛けます。


「おはよう、ミルフィリア」


 青年は変わらず、少女を精霊としてでは無く、人間として認識していました。

 それが、青年の少女に対する印象だからです。

 少女はまるで青年の声は聞こえていないかの様に、ぼんやりと青年を見つめました。





 湖の底、白い街や教会では衝撃が走っていました。

 教会の十字架や、ステンドグラス、女神像、街の白い壁にスタンドライト等が割れたり落ちたりと、文字通りの衝撃に襲われていました。


 青い蝶が教会で眠る一人の女性の元へ、少女の記憶を運びます。


 フィリアの兄に似た青年。

 青年が手渡した古い南京錠付きの分厚い本。

 青年の腕の中ですすり泣く少女。

 欠けていく空。

 連動する様に、地震と共に崩れていく白い街。


 ぼんやりと月の光を落とす湖面は波紋を広げ続けていました。


 そして、白い街や教会は消え、完全に静かになった頃。

 女性は湖面に手を伸ばします。


「おはよう、ミルフィリア」


 女性は青年の声が聞こえていました。

 声に、応えます。


『うん、おはようお兄ちゃん』





 少女は、ふと湖の上にいる青い蝶を見つめました。

 青年も少女の視線の先を追います。

 すると、湖の上に居た数匹の蝶が青い輝きと共に、姿を持ちました。



 長過ぎた青みのかかった白銀の髪は湖に届いていました。

 湖の底にまで届いていそうな髪は湖に波紋を広げていました。

 同色の瞳は悲しげに少女を見つめ、それでいてどこか鋭い印象を受ける様でした。

 薄い唇が微笑みの形を取っていなければ、冷たい印象も抱いてしまっていた事でしょう。


 華奢な腕や腰が強調される黒いドレスが白い陶器の様な肌が映える様で、ますます生者では持ちえない艶と美しさを纏っていました。


 湖の上に浮いた形で、少女を少しだけ大人にしたような外見の女性がそこに、居ました。

 女性は、少女に泣きそうに微笑みかけていました。



『ごめんなさい、背負わせてしまって

 そろそろ自由になって

 私も、私の役割を果たすわ』



 少女は目を見開き、涙を滲ませました。


 そして――――……



「ありがとう

 それじゃあ、後はお願い」


 少女はこちらをチラリと見て微笑みました。

 やがて少女の身体は淡く輝き、青年と共に消えました。




 さて、少女と別れて残った女性はと言うと……


 『私の存在が気になりますか?

 ふふ、それはまた別の話で語られる事でしょう


 さて、本日も迷い人がいらっしゃいましたね


 精霊の森へようこそ


 貴方に湖の加護と蝶の導きがあらんことを願います』


 美しい青空の下、精霊は波紋を広げ続ける湖の上でふわりと浮かび、ドレスの裾を持ち上げてゆるりとお辞儀をする。

 その様が美しく、それでいて幻想的で見た者を魅了するのだとか。




 Fin



 ミルフィリアの贖罪は続く。

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