第3話

 「ここは、どこだ?」

 私の目の前を人が縦横無尽に通り過ぎていく。

 目の前には昼間からチカチカした掲示板、見たこともないほど大きな薬局のチェーン店、そして家の何倍もあろうかという巨大なテレビ。

 「ふわぁ、ビルにテレビついてるよ」

 思わず息を飲む。

 「人が多くてざわざわしてる、人を見るだけで疲れるし…。というか、なんで私は迷ったかなぁ」


 つい数分前、私は人の波に押し流されながら、なかば受動的に改札を出た。

 人に附いて行けば外へ出られると思い、すぐ前に居た、いかにも東京慣れしてそうな青年に附いて行ったが、まさか出口が7個もあるとは。

 その青年はジーンズのポケットからワイヤレスイヤホンを取り出しながら、真昼間の人ごみへと霧のごとく消えてしまった。

 「1番出口から徒歩800メートルだったのになぁ」

 その距離は駅から遠いのか近いのかよくわからなかったが、私はこれからその距離以上歩かなければならないということは容易に想像がついた。

 私の後ろには6番出口、と書かれた看板。そのプレートは薄情にも無言で私を見下ろす。

 これが東京の洗礼なのか。



 「オッケーグーグル、小春不動産の場所を教えて」

 私は人目を気にせずグーグル先生に頼った。カーナビ的な機能を期待した。

 しかし、差し出されたのは茨城県の僻地。ここは大都会、東京だ。

 「グーグル先生ぃ…」

 私は最終手段、グーグルマップを起動した。センター地理40点、普段地図が読めない泣く子も黙る方向音痴の私にとって、マップは宿敵。しかし今回ばかりは頼るしかない。

 仕方なく住所を打ち込む。もう自分で地図を解読して進むしかない。


 「小春堂…。書店??」

 その住所に表示されたのは不動産屋ではなく、昔ながらの小さな本屋だった。

 「まぁ、いいや。行ってみよう」

 私は再びスーツケースを引きずり、人をかき分けて進んだ。ガラガラという音は私にしか聞こえていないのだろうか。周りの人々はその音に無関心で、いつしかスーツケースの音は人ごみの雑踏にかき消されていた。


 都会は車も人も多い。

 地元とは比べ物にならない程の交通量、視界の隅に映ったバスの時刻表は数字でびっしりと埋め尽くされていた。

 歩道にもかかわらず人をかき分け、猛スピードで後ろから抜かす自転車。何度か転びそうになった。

 そして、一人一人は他人であるのに同じ場所に集められている人の集団。たくさんの人がいるのに、みな周囲には無関心だ。信号待ちで同じ角度に首を傾け、スマホに目を落とす人々には少し不気味さを覚えた。


 地元を“とかいなか”と言って申し訳なくなるくらい東京は都会だった。

 主張が激しい電光掲示板、視界に飛び込む大きな広告、カラフルな人の群れ。

 周囲の談笑、密集した店から漏れる派手な音楽、不規則にけたたましく鳴るクラクション。

 正直、めまいがするほど情報量が多い。目からも耳からも自動受信するものが多すぎる。


 私はテレビや本で見た東京を今、肌で感じている。背中に受けた都会の風はなんだか私を焦らせる。夢見た東京ライフは思っていたよりも大変そうだ。

 世界中どこにでも繋がっているはずの青い空は、私を見下ろす巨大なビルのせいでいつもよりずっと遠くに感じる。

 手を伸ばしても届かないところに青々とした空は広がっていた。

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