驚の27 恋人同士ではないけれど


「ほらよ、半チャンラーメン揚げ餃子」

「サンキュー」

「ありがとう」

 言葉のあの笑顔に大将が赤くなった。

「なに赤くなってるんだよ?」

「うるせぇ!くそぅ何でミントにこんな可愛い彼女がいるんだ?世の中間違ってる!」

「なぁ?それ言い過ぎだと思わないか?仮にも教え子だぞ」

「知らん!」

「楽しい方ですね」

 言葉が大将にそう言って微笑む。

「言葉、もうやめてやってくれ。仕事にならなくなりそうだ」


 赤い顔のまま大将はぶつぶつと文句を言いながらカウンターに戻っていった。

「さてと、冷めないうちに食べようか」

「そうね」


 俺と言葉はラーメンを食べ始める。


「美味しい……」

「だろ?」

「ええ」

 言葉がまたカウンターの大将に笑いかける。

 大将は照れたのかソッポを向いている。


 そんな大将を横目で見てから俺も再度食べ始める。

 隣では言葉は気に入ったのか黙々と食べている。


 狭い店内は俺たちが入って来た扉とは逆方向にも扉がありそちらからも客がやってくる。


「ねぇミント、向こうの扉はどこに続いてるの?」

「ああ、向こうはな……帰りは向こうから帰るか?」

 せっかくなので言葉に提案してみる。


「向こうもびっくり出来るような場所なの?」

「強いて言うなら向こうのほうがびっくり出来そうかもな」

 俺は扉の先を思い出して笑ってしまう。


「おい!ミント!食い終わったらさっさと帰れよ!順番待ちがまだまだいるんだからな!」

「わかってるよ。ごっそうさん」

「ありがとう。美味しかったわ」

 大将に支払いをして俺たちは来た方向とは違う扉に手をかける。


「また来いよ!」

「今度はもうちょっと空いてる時間にするな」


 ガチャと扉を開けて向こうに出る。

「足元気を付けろよ」

「きゃっ、ちょっとミント!」

 出た場所のあまりの意外さに言葉は珍しく声を上げて俺の腕に抱きつく。

「ははは、な?びっくりしただろ?」

「…驚くってことが何となくわかった気がするわ」


 俺たちが出た場所は鉄骨で組まれた足場の上。

 ここは雑居ビルの裏手に建設中の陸橋の中なのだ。

 建設中といっても俺がこの店に初めて来た2年前からずっと建設中だから本当に建設してるのかわからない。


 言葉の手をしっかりと握って鉄骨の足場を降りていく。

 途中、何人かとすれ違ったが皆あの店に行くのだろう。


「はいよ、到着だ」

「どうしてあんなとこに扉なんか作ったのかしら?」

 言葉は遥か頭上の扉を見上げ、ポツリともらした。

「さぁ?元は窓らしいぞ」


 先程の路地裏と同様に薄暗い通路を歩いていく。


「なんかこういうのって面白くないか?」

「面白いかはわからないけど新鮮ではあるわね」

「それでな、この通路を抜けるとだ…」


 通路を歩いた先には緑色の非常扉。

 それを開けるとガヤガヤと賑やかな声が聞こえてくる。

「見覚えのあるだろ?ここ」

 扉を出て階段の横を通って通りに出る。

「駅の地下?」

「そ、駅地下の食料品売場の隣」

 この馬鹿みたいな行き方を考えたヤツは本当に笑える。

 元は駅の高架下建設にからんであの雑居ビルも取り壊す予定だったらしいけど結局手つかずになりこんなことになったらしい。


「さて、ちょっとコーヒーでも飲んで帰るか?お前は紅茶だけど」

「そうね」

 俺たちは近くの喫茶店で軽くお茶をすることにする。

 こうしてちょっと遅くまで出歩けるのも夏休みならではだよな。


「ミントといると飽きないわね」

「楽しいを教えてやるって約束だからな」

「そうだったわね」

「なんだ?忘れてたのか?」

「忘れていないわよ。ただ…」

「ただ?」

「なんでもないわ」

 言葉はそうはぐらかして紅茶に口をつけた。

 いちいちそんな仕草も絵になる。


「どうかした?」

「いいや、別になんでもない」

 言葉の真似をして返事をする。

 しばらく俺たちは無言で微かに聞こえる店内の音楽に耳を傾けてコーヒーを飲んでいた。


「さて、そろそろ帰るか?」

「…そうね」

「ん?なんだ?」

「今からミントの家に行ってもいいかしら?」

「別にかまわないがもう結構な時間だぞ」

「時間なら大丈夫だから」

「そうか?ならちょっと来るか?」

「ええ、ありがとう」


 会計を済ませ俺たちはうちに向けてのんびりと歩いていく。

「このくらいの時間になると夜風が涼しく感じるな」

「朝と夜はちょっと寒いこともあるものね」

 側から見れば仲の良い恋人同士に見えるくらい言葉は俺の側に寄り添って俺たちは家への道を歩いていった。



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