楽の26 路地裏の隠れた名店



「…で、本当のとこはどうなんだ?」

「何のことかしら?」

「アリサにでも呼び出されたんだろ?」

「わかってるならわざわざ聞かなくてもいいんじゃない?」

「確認だよ、確認」

 帰り道、俺と言葉は何となく真っ直ぐに家に帰る気分じゃなかったので商店街近くをブラブラとしている。

 辺りも若干暗くなっているので言葉が無駄に目立つこともない。


「そうでないと引きこもりのお前があんなとこにいるわけないからな」

「引きこもりって…失礼ね?出無精くらいにしとかない?」

「おんなじだろ、自宅警備員よりはマシだろ」

 夏休み中でも相変わらず人通りはある程度多く、言葉はいつものように俺と手を繋いでいる。

「なぁ、地元でこれはマズくないか?」

 繋いだ手を挙げて聞いてみる。

「そう?今更感があると思うわよ」

「はは、それもそうか」


 学校では俺と言葉の関係を知っているのは今のところアリサだけだが、俺のバイト先やスーパーのおばちゃんとかは知っているもんな。


「それでどうするんだ?これから。今から晩飯作るのか?」

「そうね…たまには外で食べて帰らない?」

「だよな。時間的にもそっちのほうがいいよな」


 時計を見れば時刻は8時に差し掛かる手前。

 今から買い物をして帰っていたら結構な時間になってしまう。


「何か食いたいものあるか?」

「特にないからミントにまかせるわ」

「そうか?なら何にするかな…」

 どうせなら普段食べないものがいいよな。

 言葉が食べに行ったりしなさそうなところとか。


「ラーメンでもいいか?」

「ラーメン?」

「ああ、ちょっと面白い店があるんだ」

「ふぅん、興味はあるわね。美味しいんでしょ?」

「ああ、味は保証する」

「なら、いいわよ」

「よし。じゃあ行くか」

 俺と言葉は商店街から少し外れた路地に入っていく。


「ねぇ?こんなところにあるの?」

「おう、もうちょっと先だけどな」

 路地に入って薄暗い路地裏を進んでいく、当然ながら人通りは全くない。


「ここだ」

 路地裏の入り組んだ先、ただの雑居ビルの3階を指差して俺はドヤ顔で言葉に言った。

「ここって?何にもないじゃない」

「そう思うだろ?まぁついてこいよ」

 古臭く少しカビくささのある雑居ビルの階段を登っていく。

 昼間の街を歩けば誰もが振り返るような美少女である言葉にこれほど似つかわしくない場所もそうそうないだろう。


 3階にでて荷物が適当に置かれた通路の先にある扉の前で言葉に開けてみるように言った。


「ミントのことは信用してるけど本当にこんなところに店があるの?」

「まぁ入ってみればわかるから」

 扉の前に立ってドアノブを持つ言葉。


「あら?この匂い…」

「ほらほら、開けてみろって」


 ガチャ。


「え?ここ…」

 言葉が開けた扉の向こうはカウンターとテーブル席が少しだけあるラーメン屋だった。

 おまけに今の今まで誰1人として会わなかったにもかかわらず店内は満員で立って食べている客がいるくらいだった。


「へい!らっしゃい!ってミントかよ!」

「よう!久しぶり!空いて…ないわな?」

「悪りいな、ちょっと混んでてな!その辺で待っててくれや!」

「…だそうだ。裏で待っとくな!」

「おう!悪りい!」

 俺たちは来た扉から通路に戻る。


「な?ラーメン屋だっただろ?」

「ええ、ラーメン屋ね。ラーメン屋だわ」

「びっくりしたか?」

「私に驚く感情があれば驚いたと思うわね」

「それもそうか。びっくり出来たら良かったんだがな」

「それにしても、よくこんなところ知ってるわね?」

「ああ、あの大将が俺の中学の時の先生なんだ」

「学校の先生?」


 ガチャ。

 扉が開き男性が3人満足そうな顔で出てくる。

 彼らは言葉を見て驚いた表情をしたものの何か言うでもなく通路を歩いていった。


「こんなところに似つかわしくないからな、お前」

「そうかしら?」

「そうなんだよ。ちょっとは自覚しろよ?」

「わかってるわよ、それくらい」

「わかってたらいいけどな」

「一人でならまず来ないわよ。ミントが一緒だから来たのよ?」


 ガチャと扉が開いて今度は大将が顔を出す。

「ミント!席空いたぞ!」

「サンキュー。空いたって、入ろう」

「ええ」

 大将も先程の男性達と同じく言葉を見て驚いている。


「おい?ミント、お前この子は?」

「後にしてくれよ。腹減ってるんだ」

「あ、ああ、そうだな。よし!いつものでいいな?」

「言葉もいいか?」

「私はミントが選んでくれるものなら何でもいいわよ」

「だそうだ。いつもの2つで」

「…選んでくれるものなら何でもいい?だと?」

「そこに食いつくなよ!」

 チッと舌打ちして大将はカウンターに入っていく。

 やれやれ、困った人だな。


 席に座って言葉に大将のことを説明する。

 中学の先生といっても教育実習にきていた大学生で俺たちには年の離れた兄貴みたいな感じだった。

 てっきり学校の先生になるのかと思いきやまさかラーメン屋をするとは思ってもみなかった。


 開店の知らせがきて初めてここに来たときは驚いたものだ。

 味は抜群に美味かったせいで隠れた名店みたいな感じで口コミで広がり繁盛してる。


 俺の話を聞いた言葉は物珍し気に店内を見渡している。そしてそんな言葉を客達がうっとりと見ていた。




 ◇◇◇

 路地裏のラーメン屋は、私が学生時代に食べに通っていたラーメン屋さんがモデルになっています(〃ω〃)

 今はもうありませんが、こんなところに?って場所にあって初めて行ったときの驚きは今でもはっきりと覚えているくらいです。

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