第五話 昔々、滅びゆく世界のお話

昔々、滅びゆく何処かの世界の話。


人間として最後の一人になった少女は、ある日一匹の竜と友達になりました。


誰もが消えたその世界で、少女は竜の話し相手になっていたのです。


竜は彼女が笑って話す姿が大好きでした。


その竜は大きな翼と、大きな角が特徴的でした。


さらに竜は特殊な声を上げることで、不思議な力を使うことができました。


モノを創ったり、炎や水を生み出したり、風を起こしたり。


少女は滅びゆく世界を、その竜の背中に乗って旅をしました。


雪の国。


砂漠の国。


動物の国。


その他にも、あらゆる世界を見ていきました。


そのうち少女は、竜の力を分け与えることを思いつきました。


不思議な竜の力を分け与えれば、滅びゆく世界を止めることができるのではないか、と。


竜は少女の言うことならば、少女の思いつきならばと力を与えます。


そして、竜はそれで満足でした。


自分の力を使って、世界を救えると考えて。


しかし、世界の滅びはそれ以上に深刻だった。


少女は嘆きました。


竜はみんなに力を与えて、疲れてしまっていました。


私のせいで竜は力を失い、さらに世界も滅んでしまう、と。


悲しむ少女に、竜は手を差し伸べた。


竜は、少女の涙を見たくなかったのです。


竜は、少女が笑って話す姿を見るのが大好きだったのですから。


最後の力を振り絞り、竜は最後に歌を歌いました。


竜の力によって力を持ったその歌は、力を与えた人々全てに響き渡りました。


そしてそれを介して、竜の力は世界の全てに響き渡り、世界は滅びの道から脱することができました。


しかし、少女の涙は止まりませんでした。


なぜなら、その代わりに竜は全ての力を失い、消えてしまったのですから────。



◆ ◇ ◆



「……何だか、悲しいお話ですね」


それが、本を閉じたミウにグラーシェが最初にかけた言葉だった。


「でも、良い話じゃない? それに、絵もすごく綺麗だし」


その絵を描いているのは、ドラコニオ王国でもかなり有名な絵本作家。


色とりどりの絵具で彩色するセンスと、想像を現実に浮かび上がらせるかのような写実性が、ミウの心を踊らせた。


目には見えない音の世界を、目に見える形に置き換える。


幼き日のミウも、その絵で映し出される音の数々に魅了されたのである。


「やっぱり大好きだなあ、この本」


ミウの実家にも同じ本があるとは思うが、流石に所蔵されているものとは違いボロボロになっている。


けれどそれは、ミウが幼い頃に何回も何回も読み返したことの裏付けでもある。


「それに、この話ってまるで本当の歴史みたいじゃない?」

「歴史……ですか?」

「うん。きっとこのお話の竜っていうのは、角笛を使わなくても角音が使えるんだよ」


ミウは竜が特殊な声をあげるページを開く。


その絵では、竜の声が虹色の音符で表現されており、様々な力を扱えることが表現されていた。


「歌うみたいに色んな角音を使えるんだろうなあ。それで、滅びそうな世界を本当に救ってくれて、今の私達がいる! ……みたいな」

「ふふっ、ミウってばおかしなこと言いますね」

「夢があるって言ってよ」


笑うグラーシェに、ぷう、と頬を膨らませて言い返すミウ。


「どこの国の歴史書にも、その昔に世界が滅びそうになったなんて記述はありません。それは絵本の中の空想です」


そう、彼女は何にでも理屈っぽいのだ。


良く言えばそうだが、悪く言えば夢がない。


「も〜、そう考えたら面白いじゃん! そう思いませんか、先輩!」


ミウは冗談の通じないグラーシェから顔を背け、さっきから言葉を発しないスィーヤに話を振る。


そして彼女の方に振り向いた時、ミウは思わず固まってしまった。





────ぼうっとしていた彼女の頰から、一筋の涙がこぼれていたから。





「……せ、先輩? そんなに泣けましたか?」

「え? あ……う、うん。良い話だね、これ」


慌てて涙をぬぐい、糸目のまま笑みを浮かべてそう答えるスィーヤ。


答えの内容が噛み合ってない、とは少し言いにくい雰囲気だった。


「そう思ってもらえたなら嬉しいです」

「それに、ミウの言うことも夢があって面白いじゃないか」

「え?」


首をかしげるグラーシェに、スィーヤはニヤリと口の端を釣り上げて笑う。


「考えてもごらんよ。君の言うことには一つ穴がある。歴史書なんてのは王様みたいな偉い人がいくらでも書き換えられるものさ」

「うっ……」

「国ぐるみで事実を隠してるとしたら? それに、歴史書の記述よりもっと昔にそんなことがあったら?」

「そ、そんなのわかりっこないじゃないですか」


ムッとしてそう言い返すグラーシェ。


言われると、スィーヤはさらに笑う。


「そうだね、確かに僕たちにはわかりっこない。だから、そんなことを考えるのは馬鹿らしいんだよ。夢は夢のままが一番さ」


くすくす、と笑うスィーヤに、ミウはん? と考え込む。


「……先輩、今上手くはぐらかしましたね?」

「あれ、バレたか」


にぃ、と笑ってそう返すミウに、スィーヤは答える。


「まあでも、今は多くの国が国交を結び、歴史書もそれぞれの国の歴史を擦り合わせたものを採用しているからね。グラーシェの言うことは間違ってないよ」

「そ、そうですよね!」

「ただ、ミウの言うことにも夢があるし、一概に否定する必要もないんじゃないかな」


なんだか上手く丸め込まれちゃったな、とミウが思っていると、ふとグラーシェと目線があった。


彼女も同じ風に考えていたようで、ミウと同じ表情をしていた。


なんだかそれが妙に可笑しくて、気付けば二人で笑ってしまっていた。


「あははっ、先輩って口が上手いですね!」

「そうですよ。私たち、なんだか可笑しくなっちゃいました」

「それはなにより。楽しいのが一番だからね」


おどけながらおじきをして見せるスィーヤ。


「学院とは良く学び、良く遊び、そして良い交友関係を結ぶ場だ。どれが一つ欠けてもいけないよ、覚えておくといい」

「はーい」


そう言う彼女に、元気良く答えるミウ。


ふと、ミウは思ったことを呟く。


「スィーヤ先輩って、なんだか先生みたいですね」

「え? そうかい?」


スィーヤ・ゴロネィトン。


面倒見が良いと言えばいいのか、彼女には人を諌め、諭し、導く力があるように思える。


一つ上の先輩というだけの理由だけではまとめられないような、何かすら感じる。


もっとこう、心の欠片が惹かれるような。


ミウの言葉に、グラーシェも同調する。


「私もそう思います。なんだか、私たちの中身まで見透かされてるような気さえして……」

「はは、流石にそこまでではないよ。まあでも、噂話とか人脈には自信があるけれどね」


そういえば、ミウの事を知られていたのも最底辺の実技成績である事を噂されていたからだっけ、とミウは思い返す。


第二学年であるというだけではない何かが、彼女を彼女たらしめているのかも。


「人脈……ですか」

「おや、何か引っかかることでも?」

「あ、いえ。私には無いものですから……すごいなあ、と思いまして」


少し陰りを持った表情で笑いながらそう言うグラーシェ。


顔は笑っていても、どこか含みを感じてしまう。


「グラーシェ……?」

「……! い、いえなんでもないんです。ミウ、もう次の授業まで時間が無いです。そろそろ行きましょう?」

「う、うん。それじゃあスィーヤ先輩、もう行きますね」


妙に焦った風で催促するグラーシェに押され、ミウは席を立つ。


「うん。本は戻しておくよ」

「ありがとうございます! また今度!」


ひらひらと手を振るスィーヤに頭を下げて、グラーシェと一緒に図書館を出るミウ。


焦ったグラーシェの表情からは、なんだか授業に遅れるという要因以外の何かを感じる。


人脈というものを持っていない、という話だったけれど。


(……友達関係に敏感……なのかな)


ミウが思い悩んでいると、すっと手を差し伸べてくれた事は嬉しい。


けど、どこか感情が揺れ動いているような。


その話題を避けているような気さえしてくる。


そんな時、ふと彼女の過去の様子を思い出す。


(そういえば、あの時……)


ミウがハンナと揉めていた時、グラーシェからの言葉が心の助けになってくれた。




けれど、それは自分の経験・・・・・に基づくものだと、そんなことを言っていたような気がする。




(……グラーシェ……)


────なにか、力になれないだろうか。


自分の手を引く彼女を見やりながら、ミウは無力感と共にそう考え込み始めた。

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