第19話 王宮に侵入します4

   ※※※


 ユシアンは、夜道を徒歩で進んでいた。


「それにしても信じられない……」


 今し方聞いてきた話は、どうも何かがおかしいような気がするのだ。


「しかしなぁ」


 同じ話を聞いたばかりのクリストも、一緒に並んで歩きながらふっとため息をつく。

 そのまま無言で自宅の近くへ近づく。

 けれどユシアンは、足を問えた。この話をリサに伝えるべきではないかと思った。他の貧民街の人々に言うのは明日でもいい。


「僕、リサの所に寄っていくよ。明日は忙しいし、今のうちに危ないって知らせておかないと」


 そう言うと、クリストはにやりと口元に笑みを浮かべた。


「オットーは俺たちにとっても恩人だからな。本人はいなくなってしまったが、娘のリサにその分まで恩を返さないとな。そういえば先日のドレス姿、娘らしくなったもんだな。くれぐれも夜中の訪問だからとタガが外れるようなことはするなよ、ユシアン」


「あ、あるわけないだろ叔父さん!」


 からかわれたユシアンは、逃げるようにその場を去る。

 自分の頬が熱くなっているのは自覚していた。だから少し遠回りをして、頭の中が落ち着くのを待ってからリサの家に向かう。


 彼女の住む漆喰もはがれた家は、薄く開いた窓からかすかに光が漏れていた。もう夜遅い時間だったが、リサは起きているようだ。

 ユシアンは戸口に立ち、扉をノックした。


 しかし応えはない。

 もう眠ったのだろうか。踵を返しかけたとき、ゆっくりと扉が開かれた。


「あれ、ユシアン?」


 そう尋ねてくる彼女は、どこか顔色が冴えないようだった。

 小さなランプ一つしかないため、暗いからだろうか。

 眠る前ですらなかったのか、いまにも外套を羽織り、探索に出かけられそうなズボンとジャケット姿だ。ただ、髪だけが綺麗な布で結い上げられている。そのせいだろうか、いつもより大人びた雰囲気を感じた。


「ちょっと気になる話を持ってきたんだ。少し聞いてくれるかい?」


 とりあえず話を切り出すと、リサはうなずいて中に入れてくれた。

 いつものテーブルに座り、聞きかじった話なのだと前置きしてユシアンは話し始めた。


 どうやら王家をよく思っていない人々がいて、近々なにか暴動を起こすかもしれない事。その暴動に古王国の魔法の発掘品を使うという話があって、収集をしているクリストやユシアンの耳に入った事。


「噂だから実際に起きるかどうかわからない。けど、数日気を付けた方がいい」


 聞き終えたリサは小さくうなずき「ありがとう」と礼を述べた。

 その様子がおかしかった。

 いつもなら、古王国の遺物に関する話ならば飛びついてくるはずのリサが、心ここにあらずといった様子で、反応が鈍い。


「どこか具合でも悪いのかい?」


 顔色が悪いと思ったのは見間違いではなかったのかと尋ねると、リサは小さく笑った。


「うん、なんだかそうかも。頭が痛いような気がするからもう休もうと思って」


「体には気を付けて、リサ。具合が悪くなるようだったら、叔父さんに言って医者を呼ばせるから」


 するとリサは心底驚いたようだ。


「えっ! 医者って、そんなことクリストさんにさせられないよ!」


 高いのに……と小さく付け加えたところから、お金のことを気にしているのだろう。

 貧民街育ちでお金のことには厳しいリサだが、養父の愛情に満たされていたおかげで彼女は真っ直ぐに育った。

 だから自分より裕福なクリストの世話になるためユシアン達に取り入ろうというような、せこい考えを持つことはない。


 それは彼女の美点の一つだが、クリストもユシアンも、もう少しリサに頼ってほしいと考えている。

 クリストは友人の娘を、自分の子のようにかわいがっているため。ユシアンは……それとは少々意味が違うのだが。


「どちらにせよ、明日様子を見に来るよ。それじゃあ」


「うん、ありがとう」


 はにかむような笑みを見せるリサに手を振り、ユシアンは彼女の家を出た。

 しばらくは家に戻るために歩き続けていたが、ふと思いついて引き返した。


(明後日が一番危ないって言うべきかもしれない)


 自分たちの目的が成就されるまで、リサにはユシアン達が赤色の鍵だということは伏せて置きたかった。だから曖昧にぼかしてしまったが、明後日もし彼女が巻き込まれそうな王城に近い場所にいては危険だ。

 地下に潜るのも止めて置くべきだろう。


 本当ならこんな事は、明日リサの様子を見に行った時でも良かったのだが、先程のリサの様子も気になっていたことから、ユシアンは引き返すことにしたのだ。

 が、彼女の家が見えてきたところで足を止める。


 家からリサが出てきたのだ。月光石をまだ入れていないランプを持って。

 上に羽織った外套は、いつも彼女が探索の時に着ているものだ。


「こんな時間に……?」


 訝しんだユシアンは、深夜に一人で外へ出た彼女を心配し、後をつけることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る