龍使いの少女 リサ 外伝

アハレイト・カーク

ケイ 革命惨歌

「それじゃあ、行ってくるよ」

「ええ。どうかご無事で……」

 佳は戦場に赴く夫の姿を不意に思い出した。兵役を終え前線から退いていた彼は、1年前の竜王崩御に合わせて起こった反乱に参加。革命軍に加わり戦闘に赴くこととなったのである。

 レザル竜王国の中心に位置し、王国経済の中心として発展した街、偈屡模丫ゲルモア。それが彼女の生まれ育った街であった。

 夫との子を授かってからは、夫の勧めで彼の実家のある王国南部の弖梦礼須テムレス村に疎開し、夫の両親と共に過ごしていた。

 しかし、佳はすぐにでもこの村を飛び出して偈屡模丫に帰りたかった。王国軍はすでに偈屡模丫近郊まで侵攻してきており、父親を含む貴族たちの間で、竜王国側か革命軍に着くべきかで議論が行われていた。街の危機を一人後方から眺めているわけにはいかない。ケイ・ノースロップは大きくなったお腹を撫でながら帰郷を望むのであった。


      *   *   *


 竜王、最上恭助ムォルガーミル・キョルスクの崩御。その重大ニュースは瞬く間に竜王国中に広がった。民たちは嘆き悲しみ、殉死者も後を絶たなかった。

 一方で、レザル竜王国と戦争状態にあった東西に存在する隣国、カーベル永世王国とアドラント連邦共和国はこの隙を突こうと前線に兵力を集中してきた。さらに竜王国内においても竜王の支配を望まない叛徒たちが竜王国南部を中心に蜂起。西部戦線で武勇を馳せていた龍騎兵、礼央レオ・ギブソンに率いられた自称革命軍は、南部地域の諸大名を次々と打ち取り、王国南部を事実上支配した。しかし、竜王国は新たな天竜王、羽原政道ファーバラ・ムァーサミチを即位させ、混乱の安定を図る。革命軍に対して軍は精鋭である佐武蓮章スァルターク・リェーンショーン率いる土流牟トルム軍団を投入し反撃を開始したのだった。


      *   *   *


「小隊長! これ以上持ちこたえるのは無理です。後退しましょう」

部下である襟乙戸エリオット・ベイル軍曹が切羽詰まった声で叫んだ。

「分かった。小隊各員、防衛線を一つ下げろ」

 小隊長である巣貞文スティーブン・ノースロップは部下に命令を出すとともに、中隊本部と友人でもある他の小隊長、駄仁井ダニー・ポッターに伝令を出した。

『竜王軍の奴ら、絵酢出牟エスデム軍団を下げて土流牟軍団を投入してきやがったな。戦術も兵力も桁違いだ。これ以上は進ませてはくれないどころか、どこまで防衛できるか、といったところだな……』

 などと考えていると、駄仁井からの伝令兵がやってきて、文を伝える。

「『こちらも現在苦戦中。周りは焼け野原、空は飛龍の群れ。生きた心地がしない』とのことです。それでは私はこれで」

 そう言って伝令兵は馬に乗って駆けだすが、急降下してきた空飛ぶ蛇のような龍が彼を馬ごと掴んで連れ去った。

 小隊兵士の一部は飛び去ろうとする龍に対して、手に持ったマスケット銃で弾丸を打ち込むが易々と鱗に弾き返されてしまった。歩兵が持つマスケット銃は、あくまで竜王国軍に所属する人間によって編成された戦列歩兵に対して攻撃するための兵器であり、竜や彼らによって使役された龍に対しては無力であった。そんな彼ら歩兵に与えられた竜にも有効な兵器、それは……。

 巣貞文の部隊の後方にある砲兵陣地から砲撃音が数回鳴り響いた。後方に配備されている対竜対空砲「撃竜砲」である。

 撃竜砲から放たれた数発の砲弾のうち一発が、先ほどの龍に直撃し、龍と捕まっていた伝令兵と馬は地面へと落下した。

 歩兵が扱える対竜兵器は二種類あり、砲兵が装備するこの、大砲の砲弾を小型化し連射性能を強化。同時に対空仕様にした「撃竜砲」。もう一つが狙撃兵に配備されている「対竜多薬室狙撃銃(通称:一発屋ワンヒットシューター)」であり、これは弾丸を多数の薬室を用いて高初速で打ち出し竜の鱗を貫く兵器である。しかし、弾丸及び火薬の再装填は非常に時間がかかり、大量の火薬の爆発を伴うため銃身の劣化が激しく、数発しか打つことが出来ない代物である。

 このように運用に限定的な兵器しか持たない歩兵だけでは竜たちとの戦闘を有利に進めることは出来ず、龍騎兵による航空支援が必須であった。しかし現在、礼央率いる竜騎兵部隊は他の戦線からこちらに向かっている途中であり、空は龍たちに支配されていた。

 突然、目の前に暴風と共に竜が現れた。その姿は人のように四肢を持ち二足歩行する、翼を持ったトカゲのようで、今回現れた竜は薄い緑の鱗を持ち、その上から甲冑を身にまとった姿をしていた。

「ふん、対空砲か。無粋な真似をしおって。これだから己自身の力に頼ることの出来ない人間風情は……。我は土流牟軍団家臣、『疾風の』加賀山昌之クァルガヤーム・ムァルスァイーク。参る」

 そう言って加賀山と名乗った竜は砲兵陣地に吶喊していく。砲兵隊は撃竜砲で応戦するが、全て回避され接近を許してしまう。

「終わりだ」

 昌之が手にした刀を振り抜く。すると砲兵陣地は一瞬にして壊滅してしまった。そして、砲兵隊を葬った昌之は背後にいた巣貞文たち歩兵を、次はお前たちだと言わんばかりに睨み付ける。

 殺される。巣貞文がそう思ったとき、昌之のもとに彼の部下らしい竜が飛んできて何かを囁く。それを聞いた昌之は配下に命令を下す。

「皆の者、敵の龍騎兵どもが到着した。蓮章様の命により、奴らとは曙川ヴァルケガーム軍との合同で戦うことになっている。今は撤退し奴の軍と合流する」

 そう言って昌之たち竜王軍は撤退していき、巣貞文は今回の戦闘を生き残った。

「おい見ろ! 龍騎兵隊だ! 礼央中佐もいるぞ!」

 龍の上に跨る空飛ぶ騎士たち。人々にとってあこがれの存在である竜騎兵の姿を見つけ、兵たちの中からも歓声が上がる。彼らの航空支援無しでは戦闘に勝つことは出来ないこともあり、歩兵にとって龍騎兵はまさにヒーローであった。そして彼らを率いる隊長、礼央・ギブソン中佐は革命の象徴のように扱われていた。

 巣貞文も、彼らを見て、今日生き延びられたことへの安堵。そして、今日偈屡模丫を守り抜けたことへの安堵から、胸を撫で下ろした。


      *   *   *


「これ以上革命軍が竜王軍相手にこの街を守り切れる保証はない。今、竜王側に着けばまだ許されるはずです。この街を無駄な戦火に晒す必要もありません」

 偈屡模丫議会に所属する貴族のうち、龍王派のリーダー格の男、塁須ルイス・ニコルソンが議長である偈屡模丫総督、鹿亭素カーティス・ヒルトンに提言する。

 それに対して反竜王派のリーダー格にして佳の父親、列子田亜レスター・ノースロップが反論する。

「正式声明は出していないとしても、街の守護大名を殺した時点でこの街はもう完全に革命軍側に着いたと見なされているはずです。竜王側に着いたとしてまともな扱いを受けることは出来ないでしょう」

「ううむ。どちらの意見も理にはかなっておるのだ。もう少し考えさせてくれはしないか。今日の議会はこれにて終了とさせてもらう」

「「待ってください! 総督!」」

 二人を含む議会のメンバーほとんどが抗議の声を上げるが、総督は聞く耳を持たず、この日の議会は何の進展もないのであった。

 列子田亜は居た堪れない気持ちになりながら使用人を連れて邸宅へ帰ろうとしていると、ここに居る筈のない娘の姿を見た。

「佳! なぜここに居る!」

 驚きと怒りの混じった声で列子田亜は叫ぶ。すると佳が列子田亜に気が付く。

「お父様。やっぱり私、故郷を見捨てて逃げることなんて出来ませんわ。私はこの街で生まれ育った。最後もこの街で迎えたいのよ」

「何を言っている! お前が死んで悲しむのは私だけではない。巣貞文君だってそうだし、向こうでお前の世話をしてくれた彼の親御さんだって……。第一、お前子供が……」

 その瞬間、大きな爆発音とともに街の鐘が鳴らされた。敵襲の合図であった。街は一瞬にしてパニック状態になる。そんな中、街の上空には二体の竜がいた。一体の竜は豪華な鎧で身を包んだ、体格の良いオスの竜。土流牟軍団の総大将、『塵滅の』佐武蓮章。もう一体は蓮章の娘にして、花を模したピンク色の鎧を着込む武将、『繚乱の』佐武咲(スァルターク・スァールキ)であった。

「偈屡模丫市民の諸君。君たちは我々竜王国を裏切り、革命軍と名乗る者たちに付いた。よって新竜王の名の下において裁きを下す」

 そう言って蓮章は手や口から火球を打ち出し、偈屡模丫の街とその住民を燃やし始めた。

「お父様、本当にこの街を燃やしても大丈夫なのでしょうか? 王国経済の中心なのでしょう?」

「ああ。この街は元より人間の貴族が中心となって治める自由都市だ。守護大名は置かれたものの、その権力は制限されており、竜王様の支配が及ばない街の一つだった。だからこそ、この街は竜王様にとって不要な存在だったのだ。それに新たに経済の中心となる都市が作られることが決まっているからな」

 火球を打ち出し続ける蓮章に対して咲が不安げに問い掛けるが、蓮章は淡々と答えた。

「……」

 咲は父親から帰ってきた答えに満足がいかないまま、地表付近に降りて逃げ惑う人々を薙刀で掃討し始めた。


      *   *   *


 前線から撤退中だった巣貞文たち、第八歩兵連隊の兵士にもそれは見えた。爆音とともに炎に染まる偈屡模丫。

 龍騎兵部隊は撤退した敵部隊を追撃していった。その隙を突かれたということなのだろうか。

そんなことを考えていると街の方へと向かっている馬車は速度を上げた。連隊本部が街の防衛命令を下したためのようだ。

だが、巣貞文は街よりも心配なことがあった。先ほどの戦闘が終わった後、実家から届いた手紙。そこには、佳が家を飛び出して偈屡模丫に向かったということが書かれていた。

もしも、佳が街にいたのなら……。最悪の事態を想像する巣貞文をよそに馬車は燃える偈屡模丫の街に向かっていた。


      *   *   *


「儚いものだな」

 佐武蓮章は廃墟と化した偈屡模丫の街を見下ろして呟いた。

「北西から連隊規模の敵歩兵が接近中です。どうしましょう?」

 人の返り血によってピンク色の鎧が赤に染まった咲が尋ねかけてくる。

「放っておいても大丈夫だろう。奴らにくれてやるのは、街が消滅したという事実だけで十分だ」

 そう言って蓮章は、敵龍騎兵と戦闘中の加賀山たち配下のいる北側に向かって飛んでいく。咲もそれを追って偈屡模丫を後にしたのだった。


      *   *   *


 偈屡模丫に到着した第八歩兵連隊の兵士たちが見たのはまさに地獄のような凄惨な光景であった。建物は全て崩れ落ち、大勢いた街の人々は瓦礫に押し潰されたもの、刃物で切り裂かれて真っ二つになったもの、黒焦げになった焼死体などに変わり果てていた。

 連隊は生き残りを探すために街中に探索部隊を出した。巣貞文率いる小隊はノースロップ邸周辺を捜索することにしたが、貴族の豪邸が立ち並ぶ元の姿はもはやなく、いまや他の民家と等しく燃える瓦礫が散らばるだけの場所であった。

 彼女がいるならこのあたりだろうと思い探索を始めたが総督を含め生存者を発見出来なかった。

 巣貞文はこの街に彼女がまだ着いていないことを神に祈りながら死体を確認することにした。何体もの死体を確認しているとそれは見つかった。黒く炭化した死体には、僅かに着ていたであろう豪華な服の断片が残っており、その焼死体が高貴な身分であったことを物語っていた。そして見覚えのある顔立ち。その焼死体は巣貞文の義父である列子田亜であった。

 冥福を祈ってから、その近くでうつぶせの状態で腹部が瓦礫に潰された女性の死体を恐る恐る確認する。顔を持ち上げその容貌を確認した巣貞文は崩れ落ちた。その死体こそが、彼の探していた最愛の妻、佳・ノースロップであった。

 部下のベイル軍曹が駆け寄ってきて巣貞文を慰めた。

 結局、偈屡模丫の市民は街をたまたま出ていた僅かな者を除いて、全てが死亡していた。また、街の再建は不可能なほどに破壊されており、偈屡模丫は地図上からも抹消されることになった。


      *   *   *


数日後、失意に暮れる巣貞文は休暇を取り、実家のある弖梦礼須村に帰っていた。

「父さん、母さん。ただいま……」

 実家の扉をノックして家に入る。するとそこにはテーブルを挟んで向かい合う父と母がいた。

「巣貞文!? 軍の方は良いのかい?」

 母親の辺縺ヘレン・リヴァモアは突然の訪問客の正体に驚いたように声を上げた。

「ああ、休暇を貰ったんだ。それよりも偈屡模丫の街が、佳が……」

 巣貞文は涙を堪えることは出来なかった。

「佳ちゃんがどうしたんだ? 見つかったのか?」

 息子の只ならぬ様子に父親である賽羅須サイラス・リヴァモアは息子の下に駆け寄った。

「死んだんだ。偈屡模丫の街ごと……。義父さんも一緒に……」

 佳が生まれてすぐ彼女の母は亡くなり、それ以来父親である列子田亜に育てられてきた。だが、竜王軍時代に街の警護としてやってきた巣貞文に一目ぼれした彼女は、兵役が終わった後に結婚する約束をした。その後、約束が果たされ結婚することになった時、身分差のあった巣貞文を自分の養子に迎え入れた上に、二人の結婚を列子田亜はまるで自分のことのように喜んでくれた。そして二人は子を授かった。でも、子を孕んだ彼女は……。

「そんな……」

 息子からの衝撃の報告に辺縺は泣き崩れた。

「そうか……。彼女からお前が返ってきたら自分の部屋にある手紙を読ませてくれという伝言を受けている。読んできたらどうだ」

 話せそうにない辺縺に代わって賽羅須が話を続ける。巣貞文は頷き、彼女の部屋へと向かい、机の上に置いてあった封筒を見つけ、中の手紙を開いた。

『愛しの巣貞文へ

 あなたが今これを読んでいるということは、私は死んでしまったということでしょうか。もしそうなのだとしたら私は後悔していません。偈屡模丫で死ねたのならば。お母様と同じ地で死ねたのならばそれは本望なのです。

 しかしそれでもあなたには深い悲しみや迷惑を掛けてしまうことでしょう。私が勝手に一目ぼれして、勝手に死んだとあっては、あなたは怒るかもしれません。

 ごめんなさいはいくら書いても足らないでしょう。許されるとも思っていません。

お詫びと言ってはなんですが、あなたに託したいものがあります。それはこの度生まれた私たちの娘です。あなたと共に考えた名前。秦志亜シンシアと名付けました。彼女は私と同じように生まれてすぐに母を亡くした娘です。それは彼女にとって辛いものとなるかもしれません。

そこで私からの最後のお願いです。彼女を、秦志亜を私の代わりに育てて、見守って、助けてあげてください。

私は天から、あなたと娘のことをずっと見守っています。こんな娘を置いて死んでしまうような私を好きになってくれたあなたに最上級の感謝を。愛しています。秦志亜によろしく。                             佳・ノースロップ』

居ても立ってもいられなくなった巣貞文は佳の部屋を飛び出て両親に問いかける。

「娘は、秦志亜はどこに居るんだ?」

 賽羅須が案内するように歩き出す。それに付いて行くと巣貞文の部屋があった所にベビーベッドが置かれていた。覗き込むと丁度目が覚めたらしい秦志亜が横になっていた。

 涙を拭った巣貞文は精一杯の笑顔を浮かべて娘に優しく語り掛ける。

「初めまして、秦志亜。僕は君のパパだよ」

「だー」

 秦志亜はまるで答えるように手を掲げて、笑みを浮かべながら声を上げたのだった。

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