第15話

 ――ミュンヒハウゼンの秘宝、見つかる。


 その情報が世界システムを伝播する。しかして誰もその情報には気が付かない。オルゴールを用いた世界機関通信網。

 鉄道に続くこの世界を縮めるものを監視する者、あるいはそれを閲覧する者がいながらその情報は暗がりの中へと消えていく定めにあった。


 ハワード・カートナーが見つけた情報。ミュンヒハウゼンの秘宝については、絶対に表舞台にあがることはない。

 今も、アンテルシア大機関の地下深く。数十フィート以上も地下深く。世界を駆動させるとでも言わんばかりに鋼鉄の竜の如き機関群によって監視され支配されている世界基幹情報網に流れる情報など、鋼鉄の竜が身じろぎするだけで世界から零れ落ちていく。


 だが、そう。


「…………」


 この場において、それを監視する者。この場の支配者足りえる者にとっては、その限りではないことを知っている。

 企業複合体を構成する数多の意識の内、遥か以前のものらが情報規制によってもたらされた安寧に酔いしれている中で、監視者は思考していた。


「…………」


 沈黙の中、己の頭脳の歯車を回転させ、己の歯車式頭脳を変質させていく。それは、監視者に与えられた権能の一つであった。

 記憶の整理、あるいは思考のアップデートなどにおいて使用されるそれは、今は別の目的に使用されていた。


 視る者が視れば、それは機関情報網の変化と同期した変容であるとわかっただろうが、ここに監視者以外には何もいない。

 生きている者は何人たりともいやしないのだ。


「…………深度一から深度三までの情報を封鎖。それに伴い、深度Bの情報連結。機能拡張とともに、思考回路γに接続、アップデート」


 それは己の機能を拡張する。今あるものを切り離しながら。新たな機能を付け加えていく。


「次の幻想を捜索。獣は、いずれ真実に辿り着くでしょう」


 機械的な音声でしゃべっていた監視者が、その一瞬だけ、流暢にしゃべった。だが、だれもそれを聞く者はいない。

 ただ、機関は駆動し始めた――。


 ●


 アンテルシア大学。大都市アンテルシアにおける最大の学術大学。

 碩学たちの城。高層複合建築によって建てられたこの建物はどこか箱のようにも見える。

 ゆえに叡智の箱とも人は呼ぶ。


 ここには、偉大なりし女王陛下が治める豪華絢爛たるアンテルシアにおいて、最も優れた頭脳を誇る碩学たちが集められている。

 ここにあるのは一流と最先端のものだけだ。人も、機関も、あるいはそれ以外すらも。


 碩学がより良い研究を行うことが出来る場所。それがここであり、碩学の卵たちが通い知識を学ぶ場所でもある。

 そこをエレナ・ブラヴァツキーは歩いていた。いつもお供としてついてきている福沢はいない。


 彼はこのような学術施設とは無縁であるからだ。なにより安全が確保されているというのが一番だろう。

 碩学こそこの世界を進める者たち。ゆえに、丁重に保護されている。そのため、ここは王宮の次に安全な場所とされているのだ。


「ええと、確か、研究棟の三階でしたっけ」


 彼女は、ハワードの研究室に向っていた。その理由はもちろん、面白い話を持っていくためだ。

 彼女はすべてが知りたい。それゆえに、謎を調べる者を探していた。お眼鏡に敵う者が中々いなかったが、ついに出会えた。それがハワードであった。


「ミュンヒハウゼンの秘宝を見つけられたのなら、こちらも見つけてくださいますよね。世界の謎を解いて、解いて、解いて説いて問いて行けば、いずれこの世界そのものの謎にまで手が届くでしょう。あらゆることをつまびらかに。ふふ、良くってよ」


 そう謎を解くための人材。それがハワードだった。考古学者にして獣の一匹とあれば、申し分などありはしない。


「ハワード博士!」


 ついに見つけたハワードの研究室。ノックから返事を待たずに扉を開く。

 小さな研究室である。学生はいない。在籍していないわけはなく、今はフィールドワークに出かけているようであった。

 ハワードは、奥のデスクにいた。近づくまでもなく、入ってきたエレナに彼も気が付く。


「あんたは」

「エレナです。お久しぶり、というわけではありませんが、ご健勝のことなによりです。ミュンヒハウゼンの秘宝も無事に見つけられたご様子」

「耳が早いな。誰にも言っていないはずだが?」

「ふふ、貴方のところの学生に話を聞いたのです。快く教えてくれましたよ」

「あいつらめ。それで? いったいどのようなご用件で?」


 ハワードとしては、帰ってほしいというところであった。

 ミシェーラと同じで、この女もまた盛大に厄介ごとを持ってくるっタイプ。率先して付き合いたいと思える相手ではない。


 しかし、邪見に扱う訳にもいかないのが困ったところだ。一度彼女の計らいで船を借りた。その貸しがあるので、この一回に限っては話を快く聞かなくてはいけない。


「実はですね。あなたに探してほしいものがあるのです」

「なんです?」

「宝剣です。偉大なりしアーサー王が遺した最後の剣を探していただけますか?」


 それは新たな厄介ごとの種である。しかし、アーサー王の宝剣は、まぎれもなくこの世界に残る幻想の一つ。


 探すと決めたもの。追えと言われたもの。

 だからこそ――。


「ええ、良いでしょう」


 ハワード・カートナーは、その依頼を快諾する。次なる幻想を探し、その果てにこの世界の秘密を知るために――。

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蒸気幻想奇譚アンテルシア 梶倉テイク @takekiguouren

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