犠牲と活用

 ディアナは、王都に来る前の生活資金についてだけキーツに伝えることにした。


「実を言うと、私は、アルス様の支援ではなく、母方のノーデンからの支援のみで育ってきて、前の王様が亡くなって、そのときに初めて王都からやってきた貴族たちに、王族だと知らされたんだ」


 ディアナの言葉に、キーツは眉をひそめた。


「それは……妙ですね」


 やっぱりおかしいんだ。

 ディアナは確信した。森の中のあの生活は、楽しかったから深く考えることはなかったけれど、今考えると色々とおかしな点があったような気がする。

 おかしい、といえば王都に来る前からママの態度はおかしかった、とディアナは思い出した。

 レーンばかりひいきして、ディアナはいないものとして扱うこと。

 ディアナが虫取りばかりして女の子らしくしない、ママの気に食わない育てづらい子だからそうなのだろう、と思っていた。

 しかし、それならば育てづらいなりに、家庭教師を雇ってディアナを一人前のレディーにすることもできただろう。

 だが、ママはそうしなかった。

 ディアナをいないものとして扱うどころか、レーンの代用品として差し出したのだ。

 ディアナをいないものとして扱っていて、だから王都ではディアナを知る人がいなかったからこそ、ディアナがレーンの代役をしていても気づかれない、ということを考えると、初めからママはディアナをレーンの代わりとして……そんなことは、ない。きっと。

 暗い想像を振り払い、ディアナはキーツに頭を下げる。


「だから、それについて調べる必要がありそうなんだ。頼めるか?」


「顔をお上げください……そこまでされてはしかたがありません。皇太子様の家族関係は無理ですが、貴族のことならなんとかなるでしょう。お任せください」


「ありがとう」


 一歩一歩、ディアナに戻るための道を進む。

 でもそれは皇太子レーンとして様々なことをすることでもあって、その功績が大きくなればなるほど、【ディアナ】ではないディアナが増えていって、本当にいつの日か自分が【ディアナ】と呼ばれる日が来るのか、それが心配になってくる。

 自分からディアナの名前を奪った貴族たちには、目に物を見せてやる。


「話を戻しますが、絹や化粧水作りは順調ですが、一つ問題点が」


「問題点?」


まゆを取った後のカイコのさなぎの量が、想像以上に多く……廃棄するにしても場所代がかかるほどになっているのです」


 ディアナは頭を殴られたように感じた。

 虫は、大人になって生きるためにさなぎになり、まゆをつくる。

 蚕も同じだ。

 だけど、私のもとにいる蚕は、まゆになったら煮られて、中身は捨てられて、糸は人間のために使われる。

 羽を開くこともなく。

 まるでわたしだ。

 ディアナという中身じゃなくて、レーンと同じ見た目が大人の世界に必要だから、見た目だけを使われているのだ。

 ディアナが自分らしく翼を広げることなど、大人しくし続けるならできないのだ。

 飼われて煮られた、煮汁と繭は活用されるのに捨てられる蚕のさなぎのように。

 世界を保つのにもディアナが犠牲にならないといけなかった。

 なら、世界を変えるにはどれほどの蚕の犠牲が必要なのだろうか。

 変わった世界でも、絹を作り続ける限り、犠牲になる蚕の山が天へと伸びるばかりなのだ。


「そう、か」


「娼婦たちの中には、茹でたさなぎを食べるものもいますが、あのような気味の悪いものは普通人の食料にはなりませんから、ただ捨てるしかないでしょう」


『実際、養蚕華やかなりし頃の製糸場では女工さんがそうやって蛹を口にしてた、って聞いたことあるけど……本当にやったのね、ヒルダ……』


 セリカはおそれいった、という風につぶやく。


「というわけで、皇太子様からは援助をいただきたく思います」


 どうしたらいいんだろう。ディアナは頭をひねる。確かに、さなぎを捨てるなら燃やすだろうから、薪が必要だ。

 売り上げが入ってきているとはいえ、今は余計なお金を使うべきではない気がする。


「なにか、活用する方法は……」


『蚕のさなぎは鶏の餌、釣り餌、食用、肥料と多岐に渡って使えるわよ? 使い尽くせるわ』


 ディアナのひとりごとに、あっさりとセリカが答えた。


「ありがとう……虫のさなぎだから、鶏の餌として売れないのか?」


「ありがとう?」


 キーツが怪訝そうな表情をした。


「あっ、いい閃きを神様がくださったから感謝しただけ! キーツ、どう思う?」


「確かに、不作で鶏の餌にする穀物が足りないと聞いたことがありますから、貴族向けに養鶏をしている私の知り合いに掛け合ってみましょう」


 ディアナのごまかしを追求することなく、キーツは新たな商売に夢中になっていた。

 よかった。まだ、セリカのことはバレてない。ディアナはほっとした。

 しばらくさなぎについての打ち合わせをした後、キーツはそういえば、と話題を変えた。


「蚕の品種改良も進んで、新たに娼婦たちを身請けして量産体制を整えているのですが、新人たちの指導が追いつかず、糸の品質が下がり気味でございます。皇太子様に、何かいい考えはございますか?」


 ディアナは中空のセリカと目を見合わせた。

 一難去ってまた一難。どうしたらいいんだろう。

 何か教えて、セリカ!

 ディアナの願いが通じたのか、セリカはにっこりと笑った。

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