第22話 お泊まり三

 美味しい美味しい夜飯を俺達は食べ終えた。

 飯の次は風呂だ。

 今、男性陣と女性陣でどちらが先に風呂に入るかをジャンケンで決めている。

 そして、勝ったのは······


「いい、覗かないでね!」


 女性陣だ。

 雨音あまね玲香れいかはすたすた、と廊下を歩いて行った。

 ······さて。まもると二人きりとか本当に暇だな。どうしようか······。


「なあ、守」


 退屈なので守と話すことにした。


「なんだ?」


 億劫おっくうそうに守は答えた。

 何だよ。そんなに俺と二人きり嫌なんかよ。


「退屈だしこのスライムで遊ぼうぜ」


 まさに俺が提案したことは子供っぽいこと。だが守は妙にその提案に乗ってくる。


「名案だな! 遊ぼう!」


 そしてスライムが入っているケースの蓋を開け、それを二等分した。

 そして何となくスライムを触っていると、


「手、汚れてきたな」

「ああ、そうだな」


 俺らは見つめ合い、


「「手洗いに行くか!」」


 と、口を揃えて言った。

 俺らはソファーから立ち上がり廊下をすたすた、と歩き手洗い場へと入っていく。

 今、一枚の浴室ドアを隔てた向こうには玲香と雨音の純粋な姿がある。

 やばい、これめちゃめちゃやばい。心臓の鼓動が速くなっていく。

 俺らは唾を飲んだ。

 そんな時だった。


「あれ、シャンプー切れてる。新しいのに替えないと」


 この声は雨音の声だ。

 待て今、雨音がドアを開けたら守が雨音の純粋な姿を捉えてしまうではないか。それはお兄ちゃんとして見逃せない。

 だがその前に今、ドアを開けられたら俺らはどうなるだろう。答えはただ一つ。間違いなく拒絶される。

 やばい、一気に好感度が下がってしまう!

 そんなことを考えていたらいつの間にかドアは開かれていった。

 ······あ、これ俺ら終わった。


「······」

「······」

「······」


 俺と雨音と守の間には沈黙が走る。雨音に動きがないのを不思議に思ったのか、玲香がこっちを向いた。


「雨音ちゃんどう······」


 俺と守の視界に映ったのは雨音と玲香の純粋な姿。

 辛うじて二人とも上半身にタオルを纏っていたので、大事な所は見えなかった。

 ······あ、これやばいかも。

 いや、だけど落ち着け俺。俺らはあくまでもスライムで遊んでて手を洗いに来ただけだ。何も悪くなんてないはずだ!

 だから俺らは無罪。よし、筋は通っている。


「······よ、よう」


 それらを口実にすればいい、という妙な安心感によって俺は少し落ち着きを取り戻した。

 だが、守の顔は真っ赤。おい、やめろ。それだと俺らが覗きをしたみたいじゃないか。


「······ようじゃない!! 早く出てってもう最低!」


 そして、雨音によって勢いよく浴室ドアは閉じられた。

 最悪。好感度今のでマイナスいっちゃったよ。だからあの二人が風呂から出た後、説得させよう。うん、絶対説得させよう。

 俺らがここへと来た本意は覗きではないので手を洗う。

 その際に浴室ドアを隔てた向こう側からは、


「まじ、最悪!」

「本当にありえないよね!」


 とかいう女性陣の怒りの声が上がっていた。だけど、まあ気にしないでおく。

 そして俺らは手洗い場を出てリビングへと戻る。


「俺ら、すげえもん見ちまったな······」


 その道中で守は喜びと不安が混じりあった表情をしていた。


「ああ、本当に。だけど大丈夫だ。俺らは悪くない。あくまでも手を洗いにいっただけだ! 説明したら許してもらえる」

「······そうだといいよな······」



 だが、この考えは甘かった。

 俺らは今、風呂から出てきたパジャマ姿の雨音と玲香の前に土下座をさせられている。


「······ねえさっきの覗きってどうゆうこと?」


 雨音は俺と守に対して冷たい声色で言ってきた。


「······だからスライムで遊んでて汚れたから手を洗いに――」

「その歳で普通、スライムで遊ばないでしょ!」


 俺の言葉を遮って雨音は強く言った。

 やばい、俺がスライム遊びをしよう、と提案した本意がバレてる。


「守さんも······反省してくださいね?」


 いつもの守に対して向ける顔じゃない。怖い! 何、敬語がその怖さをさらに引き立てさせているんだけど。

 守も雨音の顔や態度、声色から恐怖を感じているらしく戦慄している。


「わ、分かりました!」


 そして何故か、先輩である守が雨音に敬語を使った。まあ、この状況だったら敬語使っちゃうよな。逆に使わなかったら相当な勇者だよな。

 そんな中、大きなため息が聞こえてきた。――玲香だ。


「ねえ、二人ともまじでありえないよ。気持ち悪いよ」


 こちらもまたいつもの玲香じゃない。俺らに醸しているいつもの明るいオーラはどこかに消え去り、怒りが原動力となっている暗いオーラが醸されている。

 こんな中、謝らないわけがない。


「「ごめんなさい!」」


 口を揃えると同時に俺らは土下座をした。だが、これで許されることじゃないことは分かっている。


「「もういい。二人ともさっさと風呂入ってこい」」


 低いトーンで二人は口を揃えて言った。

 一人だけでもこの声色は相当な恐怖を生むのに、二人になってしまったらその恐怖も二倍になる。

 だから今は命令に従っていないとまずい。

 俺と守は「お、おう」と、震え上がった声を発してから風呂場へと向かって行った。


 そんなシャワーの音が響いている風呂で俺らは今、許してもらえる策を練っている。


「······なあ、守どうする?」

「土下座を許してもらえるまでやりまくる」

「それだと俺らの額が割れちまう」

「んじゃあせめてもの代償で何でも俺らがあの二人のゆうことを聞く」

「――まあ、それが一番の償い方か」

「んじゃあこれでいってみるか?」

「ああ」


 案外あっという間に許してもらえる策を俺らは練り終わった。


 さて、ここからが勝負だ。あいつらがどんなお願いをしてきても俺らはそれを受け止めないといけない。ならば、覚悟はある程度必要だろう。

 既にパジャマ姿になっている俺と守はリビングの扉の前まで来てしまっていた。


「んじゃあ行くぞ」

「ああ」


 そして意を決して扉を開けた。相変わらずソファーには不機嫌な様子を醸している雨音と玲香の姿がある。


「なあ、二人とも俺らの行為を許してくれ」


 許してもらえないと思うがとりあえず頼んでみた。

 だが、その言葉に対して雨音と玲香の視線がきつくなっていく一方。それは間違いなく俺らを軽蔑している。


「馬鹿?」


 やはりダメであった。まあ、結果は知ってましたよ。なら、ここで俺らは最終作戦を実行する。

 それも名付けて『覗きの代償作戦』。さて、この作戦が成功して二人は許してくれるのだろうか。


「じゃあ、俺らが覗いた罰としてそれぞれに代償として言うことを聞いてやる」


 言ってしまった。「言うことを聞く」これは表面上だけではそんな大した意味には聞こえないかもしれない。だが、実際やばいことを頼まれてでもしたら、その表面上のものは一気に崩れ去る。

 なので、この言葉はある意味恐ろしいのだ。


「言ったわね?」


 怖い笑み。

 待って、これやっぱやばいお願い事とかされない? 俺怖い。雨音怖い!

 そしたら案の定、


「んじゃあ『晴斗はるとは』シスコンやめて普通の兄になって」


 と、雨音は頼んできたのだ。

 他の誰かからしてみれば大した頼みじゃないと思うかもしれない。だが、俺にとってはめちゃめちゃ大きな頼みなのだ。

 そんなの受け入れられるわけないだろ。

 俺は念の為、保証用で『何でも』という言葉を入れていない。

 ならば、このお願いは拒否出来る。


「それは無理だな。別のお願いを頼む」


 俺が要求すると、雨音は不満そうな表情をした。


「んじゃあ、一万円ちょうだい」


 そしてそんな言葉を放ったのだ。

 一つの覗きに一万円の価値もあるのか、そりゃあすげえな。

 だが、そんな呑気なことは考えていられない。俺の財布の中身は一万五千円。その中の一万円を失うのなら財布には五千円しか残らない。

 ······まあ、いいや。一ヶ月は耐えよう。


「分かった。んじゃあさっきの事は何も無かったことでいいな」

「うん」


 よっしゃー! 交渉成立。俺は財布がある自室へとダッシュで向かい、財布を取ってリビングに戻る。


「はい、一万円」

「ありが······こほん。確かに受け取った」


 「ありがとう」と、言いたくないのか咳き込みをして、偉そうに言ってきた。

 それを尻目に守と玲香はまじまじ、とした視線で俺達を見据えている。

 まあ、そうなるよな。玲香からは明らかに軽蔑の視線が俺に走っている。それは「金利用するなんて最低」とでも言いたそうな目だ。

 一方、守の視線は驚愕が見て取れる。

 そこには「俺も雨音ちゃんに一万円あげないといけないのか」という心配が隠されている。

 俺は雨音から許しを貰った。次は守の出番だ。


「んじゃあ守さん」

「は、はい!」


 ぼーっとしていたのか守は驚きと恐怖が混じりあった声を出した。


「守さんは私にずーーっと――」


 ここで守は息を飲んだ。

 そして、


「――勉強を教えてください!」


 と、笑顔で雨音は言ったのだ。

 は? 待て待て待て待て。守も俺と同じ行為に及んだ奴だぞ? 何で俺の罰はあんなに重いものだったのに守はこんなに軽い罰なの!?

 否、寧ろ罰じゃない。その雨音の頼みはご褒美だ。

 守の奴······風呂覗いた代償がずーっと勉強を教えるってどういうことだよ。

 もう、そんなの代償でもねえよ。

 やはり守は驚いていた。そりゃあどんな頼みが来るのかびくびくして待っていたのだ。

 なのに、願いの内容がこんなにも軽いことだと言うことに一瞬、何をお願いされたかが分からなくなったのだろう。

 そして、守は三秒ほど考えると、唇が緩み喜色満面に溢れた。


「おう、全然全然オッケー! じゃんじゃんいていいからね!」


 ······こいつ······。

 守から恐怖の色は消え、安堵の色がうかがえた。

 だが、それに納得していないのは俺だけではない。玲香もだ。


「じゃあ守、私からのお願い。次の期末テストは国語と社会も念入りに勉強してきて。それと、勉強会も開くからラノベばっか読まずに私の教えをずーっと聞いていること。理解するまで帰らさないから。もし、赤点取ったら願い事もう一つ追加だからそれでいいね?」


 守の喜色満面はどこか遠くに消え去り、それと入れ替わりに悲哀な雰囲気が現れ出た。


「良くない!」


 そして、全力否定。

 ふん、ざまあみろ。さっき喜色満面を浮かべていた罰だ!


「拒否権は守にはないよ。覗きしたからこれくらいはして貰わないと。しかもこれは守のためだよ? 折角一つお願いを聞かせることが出来るのに、その願いが守のためになることなんて私の優しさに感謝するべき!」


 確かにそうだ。守は毎回毎回勉強をサボる。だから勉強をさせなければならない。そこで玲香は守に代償として勉強をさせる。

 めちゃめちゃいい考えだ。


「でも······!」

「でも、じゃない。私の頼みを素直に聞かないなら今すぐにでも勉強会をするよ?」

「······くっ。分かったよ。それでさっきの事を許してくれるんならもういいや」


 守は観念したらしく白旗を上げた。

 それに対して玲香はドヤ顔。

 しかし、そのドヤ顔もふと何かを思い出したらしく消えていった。

 そして、


「じゃあ次は晴斗にお願いを聞いてもらおうかな」


 さて、どんな願いが来るのか。俺は唾を飲み覚悟を決めた。


「明日の放課後、私部活ないからちょっと付き合って」


 玲香のお願いは普通だった。

 まあ、逆に普通じゃなかったら困るけどな。

 もちろん、このぐらいのお願いなら聞く。というか、代償としてじゃなくても普通にそう頼んでくれたら俺は付き合う。なのに何でわざわざ代償としてこのお願いをしたのだろうか。

 俺は少し考えたが、そんなのどうでもいいか、と思い、考えるのをやめた。


「オッケー! 付き合ってやるよ」

「その言い方だと男女の仲だと思われるからやめて」


 何故か、玲香からは冷たい視線。そんなに俺と付き合うこと嫌なのかよ。まあ、いいけど。この先、俺には『多分』好きな人なんて出来ない。作る必要は『多分』ない。俺には妹がいる。雨音がいる。

 だから『今は』それだけで十分なのだ。

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