第21話 お泊まり二

 夜になった。

 もうこんな時間か、と思いながら俺は台所へと向かう。


「手伝うよ!」


 そんな時、俺よりも早く台所へと立っている玲香れいかが言った。

 彼女は花柄のエプロンを見に纏っており、それが妙に様になっている。


「何作るの?」


 そんな玲香は俺に微笑みながら尋ねてきた。


「ハンバーグと麻婆豆腐にサラダとご飯かな」


 今日は腕を振るうのだ。だから助けがあるのは心強いけど、玲香に料理が出来るか不安だ。


「オッケー!」


 しかし、玲香の返事は自信で満ちておりやる気満々だ。本当に大丈夫なのか。

 玲香はキッチンカウンターテーブルに載せられているタマネギをまず手に取りそのまままな板に載せる。

 そして包丁を手に取りそれをみじん切りに切っていく。

 俺はその包丁の手さばきについ感嘆の声を漏らしてしまった。

 素早く機械みたいな動きで繊細。

 これは料理できる系女子だ! 俺はそのまま玲香の料理に目を凝らすだけ、まだ何もしていない。

 なのに、玲香はものすごい速さでハンバーグを作っていく。

 そして、


「とりあえずハンバーグ完成!」


 あっという間に四人分のハンバーグを完成させてしまった。なんという俺よりも料理出来るなんて······悔しいな。

 そして、雨音あまねはハンバーグの匂いを嗅ぎつけたのか台所へと入って来て、


「すぎょーい!」


 と、さっきの俺と同じく感嘆の声を漏らした。

 だよな、そうなるよな。

 いつも雨音の飯を作っているのは俺。その長所を生かして雨音からの好感度も上げようと思っていた。

 ――なのに、玲香は俺よりも料理が上手い。

 俺が得るはずだった料理を通しての雨音からの好感度を玲香にられた気がして悔しい。


「これ玲香さんが作ったの!? めちゃめちゃ美味しそう」

「そうかな、ありがとね雨音ちゃん」


 雨音は玲香の料理の力をさらに褒めた。俺の時はこんな褒め方はしなかった。せめて味を吟味ぎんみして「おいしい」と、感想を言うのが雨音だ。なのに、見た目から「おいしそう」とか、言っている。

 そのせいか俺の悔しさはさらに広がっていく。

 くそー、料理もっと上手くなって玲香に追いつかないと。

 玲香のせいで俺の任務は一つ増えた。


「んじゃあ、麻婆豆腐とかも作ってくか」


 俺がそう言うと玲香は、


「うん!」


 と、元気に頷いた。

 ここで玲香と俺の料理の力の差は何なのか見極めてやる。


 ······そんなことを思っていたがやはり玲香の料理の力には全く歯が立たなかった。

 麻婆豆腐、サラダはほぼ玲香が作ったようなもんだ。

 俺が唯一したことは米をいだことだけ······お手伝いの立場はどこにいったんだよ。これじゃあ俺がお手伝いさんじゃねえかよ。

 そんなことを心の中で愚痴っているが、今日の夜飯を雨音が輝かしい目で見ているのでそんな気も失せてくる。

 まあ、雨音により美味しいものを食べさせられるなら······まあいいか。


「「「「いただきます!」」」」


 そして四人、夜飯を食べ始めた。

 俺はまずハンバーグを一口。

 ――って何これ! 美味すぎるんだけど。

 俺は驚愕した。玲香恐ろしすぎる。こんな美味しいハンバーグ初めてだぞ。どうやったんだまじで。

 どうやら、美味しいと感じたのは俺だけじゃないらしく雨音の顔は周りがキラキラと輝いているような幸せに満ちていた。


「このハンバーグ最高! 玲香さん夜ご飯毎日作ってくれませんか? これが毎日食べられたら私は幸せです!」


 ここで、俺は玲香に確実に負けた。

 雨音の言っていることを悲観的に考えると、「晴斗はるとが作るご飯よりも玲香さんが作るご飯の方が断然と美味しいので今度からは玲香さんが作ってください」と、言っているようなもんだ。

 これはショック。お兄ちゃんショックだぞ。


「ごめんね。それはちょっと厳しいかな。まあ、雨音ちゃんには晴斗っていう料理出来る人がいるからそれで我慢してね」


 いや待て。何だよ、我慢してね、って。その上から目線、玲香は完璧に勝ち誇った顔をしている。

 一方、雨音は本当に残念そうな顔をしている。

 何。俺何もしてないのになんでこんなショック受けなきゃいけないの。


「まあ、晴斗のご飯も美味しいので······我慢します」


 褒められているのか否か······分かんない! というかその本当に残念そうな顔いい加減やめてくれないかな。お兄ちゃんショックのあまりで倒れそう。


「分かった」


 ここで俺は一つ宣言することにした。


「俺が玲香を超すぐらい美味しい飯を作ってやる!」


 席から立ち上がり雨音に向けて俺は言った。

 だが、正直超せる自信全くない。なのに悔しさのあまり言ってしまった。

 未来の自分に今の自分が恨まれませんように、そう願った。


「お前、本気で言ってるのか?」


 ここでしばらく口を閉じていたまもるが口を開けた。どうやら俺のことを心配してくれているそうだ。


「ああ、本気だ」


 だが、俺は玲香に闘いの意志を見せる。

 だが、本気という意志があっても勝てる自信は全くない。てか、負ける気しかしない。だけどチャレンジしてみることに意味があるから俺はチャレンジする。


「分かった」


 俺の決闘の申し出を玲香は受けてくれた。


「だけど」


 そこで、玲香は力強く言った。


「この勝負は何か賭けよう」


 なんと、玲香の奴賭けを提案してきやがった。

 だけど、それでも俺は臆してはいけない。


「何を賭けるんだ?」


 顎に指を当てながら玲香はしばらく考える。そして、


「んじゃあ、雨音ちゃんを――」

「ごめんなさい! それだけは無理です。もう決闘はやめましょう!」


 変な敬語を使い土下座をした。

 雨音を賭けるだと? そんなの俺が負ける確率の方が断然と高いからリスクが高すぎんだろ。絶対やらない。

 これで仮に俺がその賭けを受け入れたら雨音を玲香に渡すのと同じ行為となる。そんなの無理! 出来るわけないだろうが。

 だから、自分で提案しときながら俺はその提案を自分で断った。


「分かった分かった。土下座なんてやめなよ。元々私は晴斗と料理で決闘なんてしたくない。だから私もやらない!」


 俺は頭を段々と上げていく。

 いや、なら初めに断れよ。何でわざわざ賭け事入れてくるんだよ。俺が断るのを知っときながら玲香はこんなもったいぶった言葉を浴びせてきたのか。

 性格わりいな。


「てか、晴斗キモ。何でそんな土下座なんてするの。シスコンすぎてヤバい」


 雨音がそう言った。

 確かに自分でも大それたことをしたとは思っている。だけど、この土下座は雨音に対しての愛の形だ。分かってくれ。


「雨音ちゃんもこんなお兄ちゃんを持って大変だね」


 守が言った。

「こんなお兄ちゃん」とは失礼な。立派なお兄ちゃんだろ、俺は。


「本当に大変ですよ。晴斗ってまさか学校でもこの気持ち悪いオーラ出してるんですか?」


 それに対して守は言おうか、否か、逡巡しゅんじゅんを見せた後に言葉を放った。


「学校では雨音ちゃんの話がほとんどだよ」


 ······言いやがった。こいつ言いやがった。もうこれ百パーセントキモがられるパターンじゃん。

 案の定、雨音は身をよじるようにして蔑んだ視線でこっちを見てくる。

 それは本当に引いているオーラ満載だ。


「······道理で友達が少ないんですね。なるほどなるほど」

「いやいや、そこで納得すんなよ」


 友達は二人もいるから十分だわ。

 そこで守と玲香が何故か笑い出した。

 やっぱりこれもどこか懐かしい。

 俺はこの賑やかな団欒がずーーっと続いたらいいな、と思った。

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