第二章

第17話 新たなる問題

 中間テストが返却された。

 同時に、数学と理科の点数があまりにも酷く、先生の期待を裏切ってしまったので、呼び出しを食らった。

 だが、俺は気にしない。もうテストは終わったんだ。勉強をしばらくしなくていいんだ。

 俺は凄まじい開放感に包まれていた。

 これでアニメ見まくってラノベも読みまくれる。

 俺の日常は戻ろうとしている。

 ――しかし、気になる点が一つあった。

 それは帰り道での公園の前での出来事。

 雨音あまねは今日は部活がないらしく、公園にいた。俺は声を掛けようとしたが、目の前の光景を見て、やめることにした。

 ――何やら雨音が友達と言い争いをしていたのだ。

 俺は陰にひっそりと隠れてその内容を盗み聞きした。

「なんで雨音言っちゃうの!」「いや、本当にごめん」「普通、教室であんな大声出さないでしょ!」「ちょっと驚いちゃって······」「それでも!」


 どうやら雨音が何かをやらかしたらしかった。

 この立場からいくと雨音が悪いのか? 恐らく、ここから推測するに教室で小声で会話していた所、雨音が大声を出してしまい、その秘密がクラス中に広がってしまった。そんな感じだと思う。

 ここはお兄ちゃんの力が必要だ。だが、雨音から友人関係について相談してくる可能性は低いので、自分からかなければならない。

 だから俺は今、雨音の居る部屋へと向かっている。


「入っていいか?」

「だめ」


 やはり機嫌はあまり良くないらしく、いつも以上に冷淡だ。


「頼む。俺にとっても雨音にとっても重大な話があるんだ」

「そうなの。なら明日にして」


 やはり今日部屋に入れさせてもらえるのは無理なのか······。ならば、俺は最低な方法を使わなければならない。


「五千円あげるから部屋に入れさせてくれ」

「······」


 そしてしばらくの沈黙を隔てて、


「そこまで入りたいなら······入れば」


 と、雨音は言った。

 良かった。何とか第一関門は突破だ。

 俺はドアノブに手を掛けそのまま押した。

 雨音はベットに座っている。その顔から寂寥感が見て取れる。

 俺はそんな雨音に単刀直入に訊くことにした


「雨音、友達と喧嘩でもしたか?」


 そしたら急に雨音の顔は強張った。なんで、お前がそれを知ってるんだよ、と言いたげな顔だ。


「したけど······」


 声弱くして雨音は言った。

 ここで嘘をかず、素直に本当のことを言ってくれるのはどこか雨音らしい。


「実は俺、今日の帰り道に雨音が友達と言い争いをしていたのを見たんだよ。それで心配になって――だから俺を頼ってくれ。仲直りさせてやるからさ」


 軽い笑みを浮かべながら俺は言ったが、雨音の表情は良くなるどころか悪くなる一方であった。


晴斗はるとが仲直りさせるなんて無理。私が悪いの。だから私だけで何とかやる」


 どうやら俺はあまり信用されていないらしい。確かに、俺が仲介したとしても変わらないことはあるかもしれない。だが、全てが変わらないとも限らない。少しでも手助け出来るのならやっぱり手助けしたい。

 だから俺は頼む。


「でも俺がいることによって何か変わるかもしれねえじゃねえか。だから俺を信用して頼ってくれ」


 これだけの台詞せりふで雨音が頼ってくれるわけがない。だから俺は同時に五千円札も差し出す。


「いや、いいよ。私の問題だしそんな晴斗に相談したところで結局は行動をるのは私だから私が上手くやらなきゃ意味がない」


 雨音は俺の手を押し退けた。それは五千円札は要らないことを意味している。

 どこか、雨音が言っていることは違う気がする。

 でもその間違いを正そうとしようとしても間違いの部分だけが何故だか見つからない。

 それでも――何か雨音の言っていることは違う気がする。


「じゃあせめてなんでそんな喧嘩になったのか教えてくれないか?」


 そしたら雨音の表情には雲がかった。

 言いたい、言いたくないという気持ちが混じりあったような中途半端な表情だ。


「分かった」


 そして雨音は悲しそうに言った。


「学校の休み時間に教室でテストについて話してたの。それで友達の雪華ゆきかは英語に自信が無かったらしくて、私だけがその点数を聞けた。だけど、私より二十点も良かったから思わず、雪華の点数を教室で言っちゃってそこから······」

「なるほど。要はテストが原因ってことか」


 雨音は弱々しく首肯した。

 テストは現実を突き詰めるだけでは飽き足らず、友情も崩壊すんのかよ。恐ろしいなテスト。


「はい、もう聞いたでしょ。だから出てって」


 雨音の声色は悲しそうなものから冷たいものへと変わった。

 だが、ここで俺が出ていけば相談を受けたことにはならない。故に五千円札が雨音に渡せないことになる。


「ここで俺が出てくと相談には乗ることが出来ない。だから雨音も五千円札を貰えないぞ?」

「そんなのいいから。今は私の問題。私だけでどうにかするからいい」


 俺が誘惑しようとしても雨音は全く乗り気じゃなかった。

 だけど意外。雨音は金にはうるさいのに五千円札を受け取ることより、自分だけで問題を解決することを優先した。

 そんなにそれって自分だけで解決しなきゃいけない問題なのか? そんな疑問は俺の心を埋め尽くした。

 だけど、雨音がこうも言っている。

 それに対して俺が口を挟んでも結果は変わらないし、嫌がられるだろう。


「分かった」


 だから俺は立って素直に雨音の部屋を後にした。

 だが、この瞬間にも俺の心は決まっていた。

 ――相談されなくとも行動することは出来る。

 だから俺にもまだ出来ることはある、と――。

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