第16話 勉強からの絆

 そして日曜日はやって来て、家のインターホンは鳴った。


雨音あまね、あの二人来たぞ」


 そう言って、晴斗はるとは表へと出る。


「上がって」


 晴斗の声はリビングにいる私の所まで届いた。それに続き、

「お邪魔します」

 という声も聞こえてきた。

 それは間違いなくまもるさんと玲香れいかさんのものだ

 どうやら三人は明日のテストに備えて勉強会を開くらしい。


「リビングに雨音がいるぞ」


 晴斗の声が聞こえてきた。そしたら、リビングの扉は開かれ、


「こんにちは。雨音ちゃん」


 と、玲香さん。


「こんちはー」


 と、守さんがそれぞれ私に対して挨拶をしてくれた。

 なので、私もテストの結果に話が発展しないように、挨拶をした。


「守さんと玲香さん、こんにちは」


 これならセーフ。どう頑張ってもこの台詞せりふからテストの結果には繋げることは出来ない······はず。


「もう、雨音ちゃん。可愛い! お兄ちゃんに変なこととかされてない?」


 だが、ある意味会話は変な方向へと発展していった。

 私は少しの悪戯を含めた返事をする。


「実は昨日の夜······晴斗が私に······」


 それを聞くに連れて、玲香さんと守さんの冷たい視線が晴斗の方へと向けられる。


「いや、何言ってんだよ! お兄ちゃんが疑われるだろ!」


 必死に無実を証明しようとする晴斗。私はその姿を見てつい笑ってしまった。


「晴斗おもしろ」

「何だよ。昨日の夜、雨音の方から俺を誘ってきたんだろ!」


 ――え? これは予想外の発言。やられたらやり返すということなのだろうか。

 この言葉を聞いて、玲香さんと守さんは困惑している。

 いや、こいつの言うこと信じなくていいですよ!

 二人の表情を見るに半信半疑。これは誤解を解かなければ。


「そんなの嘘に決まってます。まじ晴斗キモい!」

「雨音から話し始めたんだろ!」

「なんだと!」

「なんだよ!」


 私たちは顔を寄せて睨み合った。

 そしたら後ろから笑い声が聞こえてきた。私たちは睨み合うのをやめ、そっちに目を移す。

 笑っていたのは守さん。それと玲香さんであった。


「二人とも何気に仲いいじゃねえか」

「うんうん。晴斗嫌われてないんじゃない?」


 な、仲がいい? 私たちが? んなことあるわけがない。いつも晴斗は私に対して気持ち悪いぐらいくっついてくるが、私はそれを拒絶し、罵倒し、時には暴力までも振るうことがあった。

 だから仲のいい兄妹と言えるはずがない······。


「仲のいい兄妹!? 俺たちそんな風に見えるのか。うー! やったな雨音!」

「やったな、じゃないし! 守さんと玲香さんも嘘を言うのはやめて下さい。私たちが仲のいい兄妹なわけがありません!」


 私はとりあえず否定した。

『まだ』仲のいい兄妹になんかなれていないから。

 ひたすら否定の意だけを表した。

 そしたら守さんと玲香さんは廊下からリビングへと足を踏み入れた。


「確かに今の雨音ちゃんの様子だと仲のいい兄妹ではないね。――だけどいつかは仲のいい兄妹になると私は思うよ」


 二文目、玲香さんは私の耳元に囁いた。恐らく、晴斗や守さんには聞こえていない。

 だけど、どうゆうことだろう。私たちがいつか仲のいい兄妹になれる? 何かの暗示なのだろうか。

 そんなことを考えていたら次は守さんが口を開いた。


「確かに雨音ちゃんは晴斗を嫌ってるかもね。だけど、それも晴斗からの愛だから嫌でも受け取らないと晴斗死んじゃうかもよー」


 いや、流石に死にはしないでしょ。仮に死んだのだとしたら私が殺人罪に問われそうだから絶対ゴメンだ。


「まあ、善処する予定ではあります······多分」


 力弱くしてそう言った。

 そしたら、その場をまとめるかのように玲香さんが口を開いた。


「まあ、とりあえず明日はテストだから私たち勉強してくるね! 一人が寂しくなったらいつでも晴斗の部屋に来ていいからね!」


 そして三人は玲香さんの発言を期に二階へと上がって行った。

 一人残された空虚なリビング。

 何故か上を見てぼーっとしてしまう。だけど何故だろう。このモヤモヤ。私の心から離れてくれない。


「暇だしテレビ見るか」


 私はそのモヤモヤを掻き消すためにテレビをつけた。



 ***



「今日も三時を迎えました」


 テレビ越しのニュースキャスターがそんなことを言っている。

 もうそんな時間か。

 玲香さんと守さんが家に来てから気づけば二時間。

 もうそろそろ、行かなければならない、守さんと玲香さんに謝りに······。

 別にこのままテストの結果を言わずして、その二人とも関わることは出来る。

 しかし、私の心はそれを許さない。

 この心のモヤモヤの一つの要因はそれだと思う。

 だから行かなければならない。

「あんだけ教えたのにそんな点数取ったの?」「え、俺たちの時間は無駄だったの?」とか、言われるかもしれない。

 正直、少し怖い。だけど、ここで逃げたらそれは背徳的な行動だと思う。だから私は謝る。謝らなければならない。

 覚悟を決めて階段を一段ずつ登っていく。

 一段、二段、三段、一歩、二歩、三歩、段々と晴斗の部屋に近づいてきている。

 そして――晴斗の部屋の前まで着いた。

 私は深呼吸をしてから――


「すみません」


 と、言って中に入った。

 奥から晴斗、守さん、玲香さんという順番で座って真面目に勉強している。

 ちなみに晴斗が守さんに勉強を教えているという不思議な状況にもなっている。


「なんだ、雨音?」


 晴斗が不思議そうな目でこっちを見て言った。

 私はそんな視線を無視し、一歩、二歩、晴斗の部屋に足を踏み入れていき守さんと玲香さんの前に立った。


「あの、すみませんでした!」


 そして、目を瞑りながら頭を下げた。

 私の身体は背徳感で支配されている。

 なんで、あんなにわかりやすい解説を受けてもこんな点数しか取れないのだろうか。なんで、私の脳には理系科目の部分だけすっぽり穴が空いているのだろうか。

 そんな自分に対する罪悪感と責任感もその背徳感の中に含まれていた。

 だからこの選択は正しいのだ。


「なになに? どうしちゃったの?」


 守さんが口を開き、それに続いて玲香さんと晴斗も、


「何かあった?」

「急にどうした雨音?」


 と、心配しながら言ってきた。

 ただ三人の頭は疑問符で支配されていることが分かった。

 誰もが急に謝ってきた理由を、理解していない。

 そうなるのは当然だろう。

 私は数学と理科の解答用紙を手に持ち、その理由について話す。


「私、テスト返ってきたんですけど数学と理科が悪くてこんな点数でした。折角、時間も割いて教えてくれたのにそれに応えられなくて······だから」

「雨音ちゃん――」


 そこで、凛とした声音がこの空間を響かせた。

 ――玲香さんだ。

 そして、彼女はその声音を保ち、続きを話した。


「そんなんいいのよ」


 そして、私の頭に手を載せる。


「努力しても必ず報われるわけじゃない。そんな時もある。だからそんな変な責任は持ったらだーめ。結果は結果だし、私たちは応えてね、なんて一言も言ってない。だから私たちに申し訳ないとかそんな気持ちは捨てていいの。次頑張ればいい」


 私の頭を玲香さんは軽く撫でる。

 そして、次には守さんも、


「そうだよ。別に俺たちも教えたくて教えたわけだしそれに対して変な責任感を持つのは違うよ。それに、時間を割いて教えたからこそ価値がある。俺たちが教えなかったらもっと悪い点数になってたかもしれないからその時間は無駄ではなかった。雨音ちゃんは必死に努力したんだよ」


 私は疑ってしまっていた。

 このことを二人に打ち明けたら怒りを買うのではないか、ということを。

 だが、それは独断と偏見でしかなかった。

 実際、二人ともすごく優しい人。

 私の責任感を消そうとしてくれて、説得してくれて、その発言一つ一つに温かさまでも感じられた。

 晴斗はいい友達を持った。

 本当にいい友達だ······。


「ありがとうございます······また今度も勉強を――」

「教えるよ」

「教えるぜ」


 私の言葉を遮り、玲香さんと守さんは言った。

 それが妙に感動的で、私の心は満足感と達成感で満たされていた。


「ありがとうございます!」


 そして、その感動から私はお礼を言った、玲香さんと守さんだけに。

 だからやはりここで納得のいかない表情をしているのは一人だけだ。


「あのさ、俺も一応勉強教えたんだけど······」


 兄である晴斗だ。だが、私は晴斗だけには謝罪もお礼も出来ない。兄妹でそうゆうことを言うのは少し照れくさいし、私のキャラに合わない。

 だから私は声音に感謝の気持ちを込めて短く言う。


「うん!」


 だが、やはり晴斗は納得のいかない表情をしている。


「なんで、俺には何も言ってくれないんだよ!?」


 晴斗を除いた三人は笑う。

 こんな空間がずっとずっと保たれるのならどれだけいいことか、それは私の心の奥底でうごめいている一つの望みでもある。

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