第四話 国に繁栄を

「コレラによる死者が、今日は千人になったそうです」


 姉上とティータイムのひと時を楽しんでいると、カイスは雰囲気を壊すかのように唐突に言い放った。


「───今は休憩時間だ。ゆっくりさせてくれ」

「お前は毎日いつも休憩しているでしょう。一体いつ仕事をしてるの?」


 姉上の言葉が心に突き刺さる。

 沈黙するのは、無能な自分を肯定しているようで嫌だった私は、辿々しく答えた。


「クリスマスとか復活祭とか復活祭とか、後は誕生日の時とか」

「なるほど、年に三回ほどしか仕事をなさらないのですね。王様も随分とお忙しいようで」


 姉上は紅茶を啜る。部屋に飾られた枯れる寸前の百合の芳香と、紅茶の柔らかな香りが混じり、酒ばかり飲んでいた舌に久しぶりに甘い味が広がった。


「嫌味ですか?」

「嫌味ですよ?」


 私たちはお互いを見つめ合ったまま、口を閉ざした。冷たい沈黙を破ったのはカイスだった。


「陛下、人には変化しなくてはならない時があります」


 神妙な顔持ちで私を見つめる。夏の眩しい朝日が、カイスの浅黒い肌を照らした。


「このままでは、陛下はいつまで経っても貴族と教会の傀儡です。国民たちが苦しんでいるというのに、陛下は何もなさらないのですか?」


 何もしたくない訳ではない。何かしなくては、とは思っている。だが何か行動を起こした所で、それが成功するとは思えない。

 物心ついた頃から、貴族たちの傀儡だ。お飾りの王様だ。

 私には、何かを大きなことを決定できる力はない。私では人々を救うことなど、できないのだ。

 唇を噛む。血の味が広がる。


「お前はもう十六歳よ? この国では、十五から成人として扱われる。貴族や教会の言いなりになる必要なんてないの。今こそ、我が物顔で玉座に踏ん反り返っている彼らを矯正し、この衰退した国を変える時よ」


 期待を込めた、キラキラと輝く瞳で姉上は私を見つめた。

 教会や貴族の言うことは聞かず、この国を繁栄させた先王父上の跡継ぎとして、立派に職務を全うして欲しいのだろう。


 だが結局、姉上もカイスも、教会や貴族たちのように、自分が思う通りに私を操りたいだけなのだ。私はどこにいても、都合の良い傀儡に過ぎず、誰かを変えることも、自分を変えることもできない。


「姉上は、私にどうして欲しいんですか?」


 ティーカップに注がれた、まだ口の付けられていない紅茶に反射する自分の姿を見つめた。興奮しているであろう、姉上を視野に入れないように。


「今のコレラの対策を建てているのは、病院の管理をしている教会よ。医者がやっている訳ではない」

「つまり?」

「医者に対策を建てさせなさい。金と権力にしか興味がないにではなくてね」

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