第32話 ◇後日談

 後日。

 とある峠の麓にて、日向、佐久、風華、生加奈、凛花が初めて自転車で勢揃いしていました。ロードバイクで勢揃いと言いたいところですが、やはり生加奈はマウンテンバイクです。

 ここに来るまでも一人だけ太いタイヤでゴロゴロと音を立てながら、存在感をアピールして走っていました。

 そんな生加奈が、まるで弱々しいお婆ちゃんのように腰に手を当て、プルプル震えながら、言いだしました。

「あーあ、あたしゃ峠は無理だよ。マウンテンバイクじゃロードにゃ勝てねぇ。置いていってくんなしぃ」

「いっちゃん…なんですかその口調……?というか、この間は大丈夫だったんだから登れますよ!」

「いやぁ……この間は日向と二人だから大丈夫だったんだけど、今回は馬鹿みたいに張り切ってアホみたいに平地飛ばしてる奴がいるから疲れちゃって……」

 生加奈が目を一定方向に動かし、ある一人に照準を合わせます。

 赤のヘルメットに、赤雷が描かれたジャージ。チーム〈路流風〉のサイクルウェアで、全身赤のロードバイクを跨いでいるアホは、生加奈の視線に気がつき、ギクリとします。

「い、いやっだって!浅神さんと走るの今日が初めてだったから、なんか盛り上がっちゃって!……そ、それに!平地のこと言うならスピード上げてたのは私だけじゃないよ!」

 自分だけの責任ではないと、視線を前方にいる人物に誘導する佐久。ですが、

「えぇ?私は佐久に合わせただけよ?佐久と同じ……いえ、それ以上の速度を出せば私はアナタに近づける。つまりは佐久が悪いの」

 ふふんっと鼻を鳴らし、佐久と同じウェアに身を包む凛花が小悪魔っぽく怪しく光る目で、佐久を見つめます。責任というボールは、投げたら投げたで、見事に一瞬で弾き返されてしまいました。

「うぐっ、味方なし?いやでも浅神さんなら分かってくれるよね⁉」

 必死な目を日向に向ける佐久。その姿はまるで捨てられた子犬のようです。守ってあげたくなるような姿、けれど素直な日向は、正直な感想を述べます。

「ちょっとスタートダッシュが速かったですかね……お二人共」

「うぐっ……」

 やはり味方はいない、と。

 佐久はショックに思わず胸を押さえました。

 一方、同等にスタートダッシュを指摘された凛花はというと、

「ふふふ、それは作戦よ日向。アナタはスタートダッシュにより体力を削られていた……この時のためにね!」

 自信満々に胸を張って日向を指差しました。凛花は今日もなにやら作戦を練っていたようです。

「おやおや?何か企んでるのかしら、凛花ちゃん?」

 四人のやりとりをボトルを飲み、休みながらずっと横から聞いていた風華が、遂に割って入りました。凛花のもくろみは大体予想できているのか、黒い笑顔を浮かべ、その言葉を楽しそうに待ちます。

「ええ!あるわよ!今日の峠は登りと下りを合わせて丁度50㎞あるわ。信号も一つしかないから勝負にはもってこい!さあ皆んな、休憩は終わり……——レースの始まりよ!」

 堂々と野良レースの開幕宣言をする凛花。その視線、そして熱は、日向の方に向けられていきます。

 やる気満々で準備万端の凛花ですが、日向の方はそんな気分ではないようで、

「えぇ……今日はサイクリングじゃなかったんですか?レースって……」

「それはアナタを呼び出す口実よ、日向。アナタに負けたあのレース以降、私はパパから走り方を学び、進化したわ!その力を今、発揮するってわけ」

「そ、それなら私抜きでやってくれたら……」

「ダメよ。一度負けたアナタにはどんな場面であれ絶対に勝ちたい!……それに、私は忘れてないわよ。日向が来なくて、負けたのに一番てっぺんに登る羽目になった、あの屈辱の表彰式を……」

「うぅっ……」

 それを持ち出されると、流石に弱いです。あれば確かにどう考えても表彰前に逃げ出した日向に100%罪があります。有罪……ギルティです。

 日向はため息を吐き、ヘルメットを整えました。そして覚悟を決めて渋々、

「分かりました……参加します」

 そう答えました。

「よぅし!そう来なくっちゃあ!生加奈も、マウンテンでも参加ね?てか、マウンテンて山なんだから、クライムは得意でしょう?」

 冗談を飛ばし、生加奈にウィンクする凛花。

 これが日向や佐久に向けられたものであれば、「そういう意味のマウンテンじゃない!」とツッコむのですが、生加奈はどうやらネジが一本外れてるようで、

「よしっ!そうだなっ!私が最速だぁぁぁ‼︎」

 そう叫んで、駆け出していきました。

「あ!フライング!……って、あれ?」

 そういえば先程凛花は、コースの説明と共に、レースの始まりと言っていました。ということはつまり?

 日向が凛花の顔を見ると、凛花はその唇を歪ませ、ビンディングシューズをカチャリとペダルに装着しました。どうやら予感は当たっていたようです。

「レースはもう始まってるわよ!登って下って、またここに最初に戻ってきた人の勝ち!最下位はジュース奢り……ってことだから!先に行くわねっ!」

 駆け出す凛花と、そのスタートを予想していたのか、それに付いていく風華。

 走りだし、進みながら日向に手を振って、坂道を勢いよく登っていきます。それにしても、スタートした瞬間に罰要素を追加するとは、中々酷いです。

 そして遂には、日向と共に残っていた佐久すらも日向の後ろからスタートし、日向を追い越しました。横を通る時に、

「悪いけど私、登りは苦手なんだ。ダウンヒルでも浅神さんには勝てそうにないし、悪いけど先行くね!」

 そう言いつつも、中々の加速力で一気に日向を置き去りにする佐久。

 本当に登り苦手なんだろうか?そもそも基準が違うのでは?と、一人ぽつーんと残された日向は思いました。

「っと、いけないいけない!私もいかなきゃ!借金あるのに、ジュースなんて奢ってられない!」

 頭を振り、ボーッとする脳を起こして、日向はハンドルをギュッと握りました。

 皆んな同様に、ビンディングシューズで足も固定し、戦闘準備完了。

 右足から踏み込み、左のビンディングも済ませてから一段ギアを上げると、

「さあて……行きましょう‼︎」

 その声を遥か彼方の山々にまで響かせて。

 皆んなを追いかけ、追いついて……そして追い抜かしてやるために!


 まだ見ぬ道を、日向は今日も駆け抜けるのでした。


                        THE・END

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