第三十話~触手パラダイスからやってきました~

 それは、俺が久しぶりにお菓子を作ろうとして、クッキーの生地を作っていた時のことだった。


「ねえダーリン、これ見てっ!」


 サクレが満面の笑みを浮かべながら俺に近寄って来て、手に持っていたものを見せつけて来た。まるでボールを持って帰ってきた犬みてぇだなと思いながら、サクレが持ってきたものに目を向ける。

 中央には可愛らしい女の子、ちょっとはかなげな表情をしている。なんていうか、こう、守ってあげたい、そう感じさせるキャラクターだ。その女の子のデザインに合わせたであろうイケメンが二人、女の子を挟むように両脇に仁王立ちしていた。

 片方は赤髪で筋肉質、なんていうか、主人公の存在感が薄すぎるバスケ漫画に登場する、赤髪のダンク野郎を彷彿とさせる。

 そして、反対側にいるのは、青髪のイケメンで、眼鏡をかけて、ザ・優等生という恰好をしていた。

 女の子の後ろ側にも、イケメンが3人ほどアップで描かれており、どっからどう見ても乙女ゲームだろうなと思った。

 …………タイトルを見るまでは。


「お前、これなんだよ……」


「え、ダーリン、これ見てわからないのっ! 最近とても人気があるらしく、とっても面白いものよ」


「お前、一度タイトル言ってみろよ」


「えっと、性ヌルヌル学園パラダイス、ドキッ、触手だらけの学園生活、って書いているけど、それが?」


「それがじゃねぇよっ!」


 え、何、性ヌルヌル学園って、すごくいかがわしい感じしかしないんだけど。

 これ、絶対に十八禁のゲームだよな。しかもタイトルが男性向けなんだが。

 パッケージとタイトルに差があり過ぎでしょうっ。どう見ても、これは詐欺ゲームだと感じたし、実際そうだろうと思った。


「ダーリンもまだまだね」


「てめぇ、喧嘩売ってんのか。クッキー作ってやんないぞ」


「そ、それだけは勘弁を……、お願い、クッキーを食べたいのっ!」


「っち、とりあえず、そのゲームの話はまた後な。先にこっちを仕上げるから」


「うん、ダーリンをいつまでも待っているよっ」


 なんか言葉が重く感じた。それは置いておいて、俺はクッキー作りに集中する。

 と言っても、生地が出来ているので、あとは型抜きしてオーブンで焼くだけだ。このなんでもありの空間は、思うだけでオーブンが出てきちゃうから、やっぱりすごい。あの台所に召喚されちゃう小説の主人公が、自分の台所に「……好き」と言っていたが、あの気持ちがすごく分かる。


 クッキーを作り上げ、ついでにフォートナム&メイソンというイギリス王室から王室御用達の店舗と認定されているブランドの紅茶を用意した。ちなみにアールグレイだ。

 紅茶のいい香りと焼きたてクッキーの甘い香りが胃を刺激させる。

 なんだろう、これだけでとてもおいしそうだ。それをサクレが待っている机までもっていき、机の上に並べた。

 机の上には、俺が持ってきたクッキーと高級紅茶、そしてサクレが持っていた危ないゲームが置いてある。もう、これが目に入るだけで、忘れていた現実に呼び戻された気分だよ。


「クッキーもお茶の準備も完了したわけだし、食べながらこれの話題をしましょうっ」


 笑顔で危ないタイトルのゲームを見せびらかす女神様。女神様とはいったい何なのだろうか。


「最近このゲームがすごく人気なのよ」


「そりゃ、一部の大きなお友達には需要があるかもしれないけど、それって十八禁のやばいゲームだろう。全年齢以外は嫌だよ俺。お茶がまずくなるじゃん」


「ぶふっ! ダーリンってば何言ってるのっ」


 せっかくの高級紅茶を噴き出しやがって。やっぱダメダメだな、この女神。略して駄女神じゃん……。


「ダーリンがすごくひどいことを考えていると言うことはわかったわ」


「…………んで、いきなり噴き出したわけを訊こうじゃないか」


 ここにいる間はただで手に入れることが出来るのだが、値段が値段なだけに、庶民な俺はいきなり噴き出してせっかく用意したものを無駄にされたことがちょっとだけ気に食わなかった。

 あれ、200gの缶一つで4000円もするんだぞ。詰め替え用でも3000円は軽く超える。そんな紅茶を噴き出されたら、なぁ。


「ダーリンの目が冷たい。でもダーリンだって悪いんだよ。このゲームがいかがわしいもの見たいに言うから」


「実際そうだろう」


「だから違うって、これ、全年齢対象版なのっ。しかもおっきなお友達って何、これは見た目通り、女性向けの恋愛シミュレーションゲーム、つまり乙女ゲームよっ」


 息を切らしながら、言いたいことを言い切ったサクレを、俺は冷めた目で見つめた。

 だって、性でヌルヌルな学園だよ。絶対にあっち系じゃん。それが全年齢対象って……、そんな世界滅んでしまえ。


「はぁ、ちゃんと説明しなかった私も悪かったよ」


「説明って、何をするのさ」


「ダーリンはクリ恋って知ってる?」


「えっと……あぁ、クリ恋ね」


 あれはやったことないけど知っている。インパクトの強い乙女ゲームだったせいか、動画サイトで実況プレイ動画がたくさん上がっていた。だって、ヒロインは凄くかわいい女の子なのに、友人キャラを含む、ほかのキャラクターたちが皆クリーチャーなんだもの。

 そりゃインパクトあるよ。


「知っているみたいね。つまりそういうことよ」


「どういうことだかわかんねぇよ」


「あの作品が出て以降、人外と恋するシミュレーションゲームが増えたわ。クロチーターのイケメン騎士とラブラブになるような作品とか、ね」


 ね、って言われてもわかんない。大体俺、男だもん。何がうれしくて男にキャッキャうふふされるゲームをやらねばならんのだ。まあ、実際は乙女ゲームのプレイ率高かったけどな。


「あの作品の派生で生まれたのが、このヌル学よっ」


「ぬるがく」


「そう、触手と戯れる女性向け恋愛シミュレーションゲーム。しかも初回盤で、タイトルの『聖』という文字が間違って『性』となって発売されてしまった、数量限定のレアゲームなのよっ」


 そこ間違えるって会社としてどうなのよ、なんて思ったが、今更何も言えないだろう。

 俺はサクレからゲームを渡してもらい、パッケージをよく見る。すると端っこに小さく『全年齢対象版』の文字が見えた。分かりずら過ぎるだろう、コレ。


「んで、サクレ、お前はどうしたいわけ?」


「えっと、まずは、この主人公がどのようなエンディングを迎えるか訊いてくれる?」


「まあ、それなら」


「よしっ。まず一つ目のエンディングね」


 サクレはそう言いながら、俺からゲームを奪い取り、赤髪のイケメンを指差した。


「まずこの男の子なんだけど、こうなります」


 いつの間にか手に持っていたスマートフォン。そこに映し出されているのは、イソギンチャクのように太目な触手がいくつも絡み合って人の姿をしている、そんな恐怖の象徴ともいえる触手人間だった。

 このイケメンな男の子がコレっ! 詐欺過ぎるだろう。


「まずはこのキャラクターのエンディングから語るね。主人公の女の子が、『やっと元の世界に帰れるっ』と小走りしながら光に手を差し伸べていたの。そしたらいきなり後ろからね、赤い触手が伸びてきて主人公を引きずり込む。そして永遠に触手の国で暮らしましたとさ、ハッピーエンド」


「違うっ! それハッピーエンド違うっ!」


 製作者は何を考えてそれをハッピーエンドにしたの! ちょっと歪んだ性格というか感性を持ちすぎでしょう。


「んで、次はこのインテリね」


 俺のツッコミを無視して、サクレが話を進める。


「主人公が光の穴を見上げているところから始まるの。瞳から涙を流しながら、穴を見つめていると、触手が彼女の視界を遮ります。彼女は身動き一つ取れません。主人公の女の子は、青髪の触手とずっと一緒に暮らしました、ハッピーエンド」


「だから違うっ! ハッピーエンド違うっ」


 主人公視点で考えたらハッピーじゃないよねっ! なんでそれに気が付かないんだよ、この馬鹿女神。


「あー、ダーリンがまたひどいこと考えたっ!」


「どうでもいいだろ、馬鹿駄女神」


「なんかひどいこと言われたっ! 本当は問いただしたい気分もあるのだが、今回はこのゲームの紹介が本題じゃないのよ」


「じゃあ先に本題を話せ」


「しょうがないわね、という訳で、この子を紹介します」


 サクレは突然隣に手のひらを向ける。サクレの隣にいたのは、どっかで見たことあるような女の子の姿だった。

 というか、今まで話していた、ヌル学のヒロインだった。

 まあ、こんなことだろうと思っていたさ。


「どうも、これの主人公です」


「お勤めご苦労様です」


「もう、本当ですよっ! あいつら、絡まるだけ絡んで、私を返してくれないの。ずっと家族に会いたいって言ってるのに、あいつらには話が伝わらないのよっ!」


「と、とりあえず落ち着け」


 俺がこの子を慰めている間、サクレは何かを悩んでいた。馬鹿駄女神が悩むって、明日は雨でも降るのだろうか。ここ、なんでも出せるけど家は出せないからな……。


「サクレ、何に悩んでいるんだよ」


「世界には、触手が多すぎるのよっ! 彼女のために、触手のない世界に転生させてあげたいけど、どの世界にも触手は必ずいちゃうのよっ!」


「いや、地球とか触手いないし」


「………え? イソギンチャクとかも触手じゃないの。あとクラゲのあれとかも、全部触手でしょう」


「まあ、あれが触手だとして、ゲームのような展開になるとは限らないだろう。そいつら、海にしかいないんだから」


「まあ確かに、そうだけど……ま、いっか」


 泣きべそをかく、ヌル学の主人公。唐突に体が光に包まれても、周りの状況に気が付かない。

 ヌル学の主人公女子は、サクレが適当な感じに転生させた。その行き先が長野らしい。

 大丈夫、その世界には触手はいないから、まあなんというか、頑張ってほしい。


「ふう、精一杯悩んでいたけど、ダーリンに質問するのが一番ねっ!」


「お前女神だろう。それぐらい決めろよ」


 というか、補佐役に判断を任せるって、女神としてそれどうなのよ。あとで仕事についていろいろと事情徴収する必要がありそうだ。


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