絶対同盟

 小鳥のさえずり、広がる花畑。

 山頂からの景色に、終わりの見えない海。

 星空に、子供の心。

 磨くと光る石に、乙宮春香。

「綺麗なもの……綺麗なもの……」

 とにかく綺麗なものを思い浮かべる。青春の汗に、青春の思い出。青春の記憶に青春のメモリー…………



「だああああ! ダメだぁぁぁぁ!」



 目を開けると、暗い空間にロウソクの火が一本だけ灯っていた。その側で男たちが鶏の仮面を被って立っている。

「みんな、落ち着いてくれ! 誤解だ! あのツインテは中学の時の後輩ってだけで……」

 俺はその空間の中心で、どこから持ってきたのか木の十字架に吊るされていた。

「などと言っていますが、いかがいたしましょう佐藤さん」

 その佐藤くんと思われるひょっとこのお面をつけた人は、ロウソクの前に立つと冷静な口調で言った。

「死刑……と言いたいところだが、安川も元クラスメイト。少しは刑を楽にしてやろう」

「いや、今も立派なクラスメイトだからね⁉︎ 佐藤くん!」

「ええい! 勝手に喋るな! カメムシ臭いわ!」

 佐藤くんの合図で数人が俺の体を押さえつけ、口にガムテープを貼る。これではみんなの誤解を解くことができない。

「……まあいい。判決、死刑!」

「むううううううううううう!」

 早いよ! 判決を言うまでの溜めが無さすぎるよ! あと佐藤くんそんなキャラだっけ⁉︎

 しかも、お面集団がメリケンサックをゆっくり装着し始めてるし、これ絶対に撲殺だよ! 楽に死ねないやつだよ!

「何やってんの……アンタたち……」

 薄暗かった空間に光が差し込む。仮面の集団がこれでもかというくらいに慌てている。その姿はかなり情けない。

「誰かと思えば、マスターでしたか……」

「誰がマスターよ……で、何してるの? 教室の隅で暗幕なんか下ろしちゃって」

 佐藤くんがマスターと呼んでいるのは、この異様な光景に大した動揺を見せない、怪物メンタルの由乃だった。

「いえ……安川が我々を裏切りましたので制裁を」

「裏切りって?」

 由乃の問いに佐藤くんはお面を外して、熱く語り出した。

「安川は……めちゃくちゃ可愛いツインテ後輩と関係を持っていたのです……! めちゃくちゃ可愛い女子というだけでも許せないのに……その上、ツインテに後輩とは! 貴様ッ! 前世でどれだけの徳を積んだんだ!」

「んんむむんん、ンンンンむむむむむむむむむむむ(少なくとも、仲間を磔にして死刑にしようとはしてない)」

 周りのお面集団も佐藤くんの熱弁に頷いている。中には仮面を外して涙を拭くやつまでいた。もうどうなってるんだ、この集団。

「どうですマスター。理解してくれましたか。そうだ、せっかくですからマスター自らの手で安川を……」

 佐藤くんは自分のメリケンサックを由乃にそっと渡した。

「だから……なんで私がマスターなの?」

 由乃の肩がブルブルと震えている。佐藤くん以外の仮面たちも空気を感じ取って、由乃とは違う意味で震えている。

「そりゃあ! 自分より弱い人間の告白は受け付けないなんて、実質、恋愛をしない宣言ですから。我々、『絶対意地でも絶対恋愛反対同盟』のマスターはあなたしかいないと満場一致で……」

 佐藤くんは由乃の様子に気付かず、意気揚々とマスターの誕生話をする。

 いや、その前に『絶対意地でも絶対恋愛反対同盟』ってダサすぎるだろ……絶対って二回言ってるし。

「……はぁ」

 話を聞いた由乃は大きなため息を吐くと、佐藤くんがつけていたひょっとこのお面を掴んだ。

「……勝手にマスターにするんじゃないわよ!」

 そう言って、お面をぐしゃぐしゃに握り潰した由乃は、佐藤くんに頭突きを食らわせた。たった一本のロウソクの火が消え、男たちが悲鳴を上げる。

 そこからは……もう語ることもない。

 男たちは全滅し、教室の隅に張られた暗幕が由乃によって取り払われる。

「むむむむむん(ありがとう! 由乃!)」

「まぁ、最近溜まってたし、丁度良かったわ」

 由乃が手を払っていると、いつものメンバーがぞろぞろとやってきた。

「やっと終わったか。今回は結構大掛かりだったな」

 真人が積まれた男たちを見て言った。

「オチは同じだがな! ガッハッハッハッハ!」

「な、なんだぁ? そのえらい豪快な笑い方は……」

 愉快そうに笑うワンコにつかちゃんが戸惑いながら尋ねた。

「うむ、俺は右腕に合わせた精神の持ち主になろうと思ってな! だから、こうやって豪快な人間になっておるのだ! ガッハッハッハッハ!」

「それは良いんだけどよ……その『ガッハッハッハッハ!』っていうの、うるせえからやめてくれ……」

「あい分かった! ワァッハッハッハッハ!」

「笑い方の問題じゃねえんだよ!」

 呑気に話しているが、目の前で友が身動き一つ取れずに縛られていることを思い出して欲しい。真人に関しては、こっちをずっと見ているのに少しも動こうとしない。

 というか、瞬きもしない。

「ここまでとは……さすが由乃だ……」

 純は純で由乃の強さに惚れ惚れしてるし……。俺を助けてくれる人はいないのか!

「…………はい」

 その時、まるで俺の願いが届いたかのように、俺の体が十字架から解放される。

「え?」

 十字架からひざまずくようにして着地した俺の目の前に、乙宮がいた。

 乙宮の手には、俺を十字架に縛っていたであろう縄が握られていた。

「あ、ありがとう! なんとか助かったよ!」

 由乃と乙宮にお礼を言うが、なぜか乙宮は俺から目線を動かさない。

「え、えっと……」

 どうすればいいのか分からず困っていると、乙宮はボソっとつぶやいた。

「……教えて」

「……え?」

「あの子とどういう関係なのか教えて」

 乙宮は瞬き一つせず、すごい圧力で俺の方を見てくる。

 な、なんだ……この由乃に負けないほどの迫力は……!

「あ、ああ……あいつは本当に中学の後輩ってだけだよ。別に付き合ってたってわけでも、幼馴染とかでもないし。それにあのツインテはつかちゃんも知ってるよ」

 これがさっさと言えれば良かったんだけど、何せ女絡みになるとこのクラスの男子は相手の話を聞かない。

「まぁまぁもういではないか! ブェッファッファッファッファ!」

「だから、それがうるさいんだよ! この野郎っ!」

 まだやってたよ! いい加減どっちか引けよ!



「え? 相星のやつ来てたのか?」

 つかちゃんは登校途中にいつものドジで川に飛び込んでしまい、少し遅れてきたので、今朝のことを説明した。

「そうなんだよ……そんで勘違いされてこの有様……」

 俺はボロボロになった自分の体を見て、疲れた口調で言った。

「それにしても意外だな。いくらこのクラスのやつらが女に厳しいとはいえ、あの女が入学してから今まで、一度も会っていなかったというのは」

「それは僕も気になっていた。あの様子だとかなり旭のことを慕っているようだったが……」

 それを聞いた俺は大きくため息を吐いた。

「会っていなかったどころか会わないようにしてたんだよ……。あいつは中学の頃から俺のことからかって喜んでるんだよ……」

 思い出したくもない記憶が蘇る。中学の時の恐ろしい記憶が……。

「そうか? 俺はあいつが旭のことをからかってるとは思わないけどな」

 つかちゃんの言葉に俺は立ち上がって反論した。

「いや、からかってるだろ! 俺があいつに一日何回、告白されたと思う⁉︎ 平均十回! 十回だぞ⁉︎ トイレ出た瞬間の告白とか訳が分からないぞ!」

 ああ今でも鮮明に覚えている……。告白が挨拶と化した日常……それでも一瞬ドキッとしてしまう悔しさ……。

「何が嫌って、そんだけ告白しといてバレンタインは義理チョコすら無かったことだよ! 義理くらいならあるかなー? ってちょっと期待しちゃったのが恥ずかしいくらいいつも通りだったよ! 俺のソワソワを返せよ!」

「ソワソワを返したところで何も無いけどな」

 だから、この学校にあのツインテ後輩が入学してきたと分かった瞬間に俺の情報を全て誤情報にすり替えたのに……。

「中学ならからかわれるだけで済んだけど、ここは違う。からかわれた後に、いわれのない罪で命を狙われるんだよ……。中学のようにやられてたら、さすがに身が持たない」

「それは謂れのない罪で命を狙ってくるのをどうにかした方がいいんじゃないか……?」

「とにかく、あのツインテとは何も無い!」

 俺ははっきりと言い切る。これが男子たちに伝わればどんなに楽か……。というか『絶対何ちゃら絶対同盟』のやつらは俺の後輩にあのツインテがいるってだけで、攻撃してきそうだな……。

「いや、あのな旭……相星は……」

 つかちゃんが何か言いかけた時、ぶわっと風のようなものを感じた。

 そして、それが何か分かる前に声が聞こえた。

「せんっぱーいっ! 遊びに来ちゃいました!」

 明るい声を響かせ、満面の笑みで教室に入ってきたのは、例のツインテ後輩だった。

「おお! 本当に相星じゃねえか! 久しぶりだなぁ!」

「真琴先輩っ! 先輩も同じクラスだったんですか!」

 思わぬ再開に盛り上がる二人。

 ……俺もこういう風に、久しぶりに会う後輩と普通に盛り上がりたかったよ。

「つかちゃん、この子」

 ツインテの突然の登場に戸惑った様子の純に、ツインテ後輩はピシッと敬礼をして自己紹介を始めた。

「はいっ! 一年A組、相星あいほし小町こまちですっ! 嫌いな食べ物は特にありません! 好きな食べ物はオムライス、好きな人は安川旭先輩ですっ!」

 自己紹介を聞いたみんながギョッとした。

 しかし、当の本人はそんな様子など気にする素振りも見せず「決めてやったぜ」と言わんばかりのドヤ顔で敬礼を続けていた。

「話以上ね……これは」

「すごい破壊力だな……」

「まさか、このバカのことを好きという人間がいるなんて……」

「…………」

「ガッハッハッハッハ!」

 一人だけ驚く理由がおかしいし、なんか豪快に笑ってるやつもいるけど、多分、みんな驚いている。

 そりゃそうだよ。俺も今でこそ平常心を保っていられるが、最初は心臓飛び出したし、その場で踊っちゃったし。

「ははは、そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそんなことでで、お、おおおお俺が動揺するとでも?」

「動揺しすぎて、旭がゲームのバグみたいなっている……」

 俺は後輩の前にも関わらず、全力で悔しがった。

「くそっ! 中学の時はただ告白してくるだけだったのに! 自己紹介に混ぜてくるとか知らないっ。私、そんなの聞いてない! 何そのテクニック! そりゃドキッとするよ! ちくしょう! しかも久しぶりに見たからかめちゃくちゃ可愛く思うわ! あと、髪伸びたね!」

「心の声がこれでもかってくらいダダ漏れしてるな」

 まずい……俺がここまで動揺していては『絶対絶対同盟』に怪しまれる! くそっ! 俺、本当なら『絶対絶対同盟あっち』側なのに!

 く、こうなったら説教だ! 先生気分になって、平常心を取り戻してやる!



「か、可愛い……」



 ツインテ……小町は、照れたように頬を赤らめて俯いていた。

 …………。

「ど、どうしたんだ……旭! なぜ壁に頭突きをするんだ!」

「真壁……今はそっとしておいてやれ。あいつは今、自分と戦っているんだ」



「ふうー。スッキリした!」

 俺は頭突きをやめて、窓の外を眺めた。いやぁ、空が綺麗だなぁ。

「もう空が真っ赤に……」

「今は昼よ……それは安川の頭から流れてる血」

「あ、そっか。そうだよね」

「ダメだ旭の頭が正常に動いてない……」

 それより、さっきから小町と乙宮が尋常じゃない空気で向かい合っているのが気になるんだが……。

「……好きでもない人に告白するなんてよくないと思う」

「むむっ! 私がセンパイを好きじゃないなんて……何を根拠にそんなことを!」

 乙宮にしては自身のこもった表情で、俺を指差した。

「え?」

「あさ……安川くんが言ってた」

それを聞いた小町はものすんごい驚いちゃった。

「ええええ! なんでですかっ! なんでそんな風に思うんですかセンパイっ!」

 小町に詰め寄られた俺は目を逸らしながら言った。

「いや、むしろなんで、あれで好きだと思うんだよ……俺をからかって楽しんでただけじゃないか……って」

 小町は顔をぷーっと膨らませて、目に涙を溜めていた。

 あ、あれ……俺の予想と違……。

「分かりましたっ! ならここではっきりと言いますっ!」

そう言うと、小町は胸を押さえて、大きく深呼吸をした。

「――先輩」

 お、おい……待てっ! や、やめろ! そんな今更、正式に告白されたら俺、今度こそ頭を破壊しないといけな……。



「私と、結婚を前提にお付き合いしてください」



 …………。

 いや、



「……え? いや……え?」

 あれ? ここってボケるところじゃないの? いや、告白じゃないんかーい! ってみんなでつっこむところじゃないの?

小町も、ほら、いつも通り「やーいっ! センパイがドキドキしてるー!」ってからかってこないの?

「ええ……と。みんな、どうしようか……ってもういない!」

 昼休みももう終わりだというのに、教室に俺と小町以外誰もいない。まるで神隠しだ……じゃなくて!

「ええっと……ええええええええ⁉︎」

 俺は突如として選択を迫られたのだった。









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