気絶の秘密

「くぅぅぁぁぁ」

 大きく背伸びをする。今日はやけに疲れたな。

 特に用事もないので教室を出ようとすると、後ろから誰かに服を引っ張られる。

「ん。誰――」

 振り向くとそこには、学年一のなんとやら。乙宮 春香が俺の制服の裾を掴んで立っていた。俺、なんか恨まれるようなことしたっけ。あ、もしかして……告白……か? そんなわけないよな。さすがに。

「ど、どうしたんですか……」

 お、落ち着けぇぇ! 敬語になってる! 同級生に敬語になっちゃってるよ! くそ、俺にもラブコメ主人公の初期スキル。『鈍感』があれば……!

「これ……」

 乙宮の手元には種類の違う紙がたくさんあった。

「これは……」

「掲示物。先生から貼っておくよう頼まれたの……」

 紙の半分を俺に優しく手渡してくれる乙宮。なんで俺が……?

「なんで俺が……?」

「あなたが副委員長だから……」

「へ?」

 副委員長って俺が? そんなのいつ決まって……。

「ああ、俺が保健室にいた時に決めたのか」

 こくん、と頷く乙宮。なるほど、それで。

「先行っとくぞー」

 教室の出入り口でカバンを持った手を掲げる真人に「おお」と返す。

「あ! 赤原君! いや、赤原様! ちょっと帰りにマッグ寄ろうよ! ね! ね⁉︎」

「いや、今日は疲れたから、真っ直ぐ家へ……」

「ダメだ! それだけはダメだ! 頼む! 頼む!」

 後ろの方で純と真人の騒がしい会話が聞こえる。あいつら、いつからあんなに仲良くなったんだ?

「よし、さっさと終わらせて帰りますか」

 振り返ると、乙宮がいない。もうすでに、掲示物を貼ろうとしている。しかし、上の方は届かないのかイスの上に立って作業をしている。少しだけ危なっかしい。

「ああ、そこ俺がやるから乙宮は低いところをやってくれ」

 俺が提案すると、乙宮が分からないとばかりに首を傾げた。

「どうして、私の名前知ってるの?」

 その問いに俺は少しだけ困る。どうしてって、自己紹介してたじゃないか。まあ……自己紹介する前から名前、知ってたけど。もしかして、俺を試しているのか? 面白くボケて空気を和ませろと。男ならそれくらいできて当然だと、そういうことか? 

「え、えー、えー。アレだよ、アレ。相手の顔を見ると本名が分かるっていう例のデ○ノートみたいな感じで……」

 クソッタレ! やっちまったよ! 何わけの分からないことをいっているんだ! 普通に答えれば良かったんだよ! くそっ! 本番に弱いんだよ! 俺!

 乙宮は何事もなかったかのように作業を再開する。これ、絶対変なやつって思ってるよ! 関わらないでおこうって思ってるよ!

 あくまで平静を装う俺の顔から、不自然に感情が消えた瞬間だった。

 ここからは、お互いに無言での作業が続いた。やはり新クラス一日目というだけあって、少し気まずい。というか、学年一の美少女が学級委員長で俺が副委員長とか、ラノベみたいだな……。

「はあ、ごっつぁんは何してるんだ……」

 つい、口から漏れてしまった不満に、乙宮が作業をしながら答えた。

「詳しいことは分からないけど、しなくちゃならないことがあるって。夢がどうとか」

「ああ……」

 俺のせいだ、ごめん乙宮。全部、俺のせいだった。

「なんか……ごめん。乙宮」

「どうして謝るの?」

「いや、なんとなく……」

 言えるわけないよな。夢が大胸筋になりました、なんて。

「ふう、これで全部か」

 貼り終えた掲示物を少し離れて眺める。半時間かからなかったな。さ、帰ろう。

「んじゃあ、俺はこれで――」

「待って」

 カバンを持って足早に教室を去ろうとした俺を乙宮が引き止めた。乙宮に呼び止められるだけで、いちいちドキッとしてしまうのが少し悔しかった。

「ありがとう……」

 乙宮は俺の方を真っ直ぐ見つめてお礼を言った。なんて破壊力だ。

「いやいや、仕事なんだからお礼なんて言わなくていいよ。一応、副委員長だし、俺」

 お礼を言われて悪い気はしないが、なんだか気が引けてしまう。

「そう……」

「それじゃあ……また明日」

 何気ない、クラスメイトらしい会話を交えた俺が教室を出ようとしたとき、教室内で妙な音が聞こえた。ぐーっと、お腹が鳴ったみたいな、これは……。

「あ、思い出した」

 そういえば、乙宮が別人みたいになって……たしかそれで。

「そうだ、乙み――」

 本人に聞こうと振り返った途端、俺の顔面になにかがめり込んだ。痛みでは分からなかったが、心で理解できた。めり込んだのは拳。俺は殴られたんだ。それもかなりの力で。

「かッ……!」

 そのままの勢いで床に叩きつけられた俺は、すぐに起き上がろうとしたが動けなかった。はなっから体力など残っていなかったのだ。今日だけで何回、気絶したと思ってる。

 薄れゆく意識の中で、俺は最後の抵抗を見せる。

「へへ……。美人に殴られる……ゴフッ、なんてご褒美だ……」

 変異した乙宮が俺の足元までくる。ははは、こりゃあ、また気絶コースだ……。次までに気絶以外の展開を考えとけよ……。

 無慈悲な拳は無情にも俺の腹に振り落とされた。トホホ……次はいつ目覚めるんだか。


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