第10話 初めての(健全な)朝

 汐里は、いつもと違う枕の感触に、伸びをしながら枕を抱き寄せて顔を埋めた。


 なんか固い?

 しかも温かい?


 フンワリと自分以外の匂いまでして、そこで汐里はガバッと起き上がった。

 汐里は、座った状態で寝ている耀の膝枕で寝ていたのだ。しかも、枕だと思って抱き寄せたのは耀のウエストで、耀に抱きつくような体勢になっていたのだ。


「おはよう」


 耀が照れくさそうに笑っている。

 汐里は起きがけで思考が働かないのもあり、今の状況を理解できずに硬直していた。


「あのね、しおりんが途中で寝落ちしちゃって、俺も酔ってそのまま寝ちゃったみたいで、気がついたら二人で床に寝てたわけ」

「あ……、え……、あの……? 」

「アハハ、いつの間にかしおりんの枕になってたみたいで、足の感覚がないや。ヤバい、たてないかも」

「えっ? 大丈夫? 」

「ダメ! 触ったらヤバいから」


 耀の足を触ろうとして、耀は悶絶したように横に倒れた。

 お互いの格好から、昨日何もなかったことを確認し、汐里は心底ホッとする。

 十代の男の子に手を出したら、犯罪になってしまう。それに、もしそんなことになったら、せっかくの耀との関係も水の泡だ。


「ごめん! どうしよう? 」


 オロオロして耀を助け起こそうか、足をさすろうか悩んでいると、耀が自分で足をさすりながら汐里の動きを制した。


「あ、もうしばらくほっといて。少ししたら戻ると思うし。しおりん、今の間にシャワーでもしたら?昨日、そのまま寝ちゃったじゃん。今なら、覗ける状態にないから、安心して入っていいよ」

「いや、でも……」

「あれ?一日シャワー浴びなくても大丈夫な人? 」

「なわけないじゃん! 」

「それに、もししおりんのスッポンポンが見たかったら、爆睡してる間に脱がしてるよ」

「バカ! 」


 冗談っぽく言う耀に、年上にも関わらず非常識に眠りこけてしまった罪悪感が薄らいでいった。

 冗談で気まずさを取り除いてくれたんだろうなとわかり、汐里は耀の気づかいに気持ちがホッコリした。


「じゃあ、悪いけどシャワー浴びちゃおうかな」

「ごゆっくり~」


 汐里は耀に見えないように手早く支度をすると、ユニットバスへ向かった。

 いつもなら、部屋で全裸になって風呂に向かうが、耀がいるからそんな訳にもいかず、トイレの蓋に洋服とタオルを置き、狭いスペースで洋服を脱ぐ。


 シャワーを最速で浴びると、やはり狭いトイレ前で洋服を着て、歯ブラシまですませる。

 ユニットバスから出ると、耀がテーブルに散乱していた空き缶やお菓子の袋を片付けていた。


「ありがと。もし良かったらだけど、耀君もシャワーする? 」

「いいの? 」

「ああ、うん。私のTシャツでよければ貸すし。無地の白Tがあったかな。下着とか買ってこようか?コンビニに売ってるはず」

「マジで?ついでに歯ブラシも欲しい! 」

「はいはい。じゃ、買ってくるから、シャワーしてて。買ったら扉にぶら下げとくから、タオル一丁ではでてこないように」

「は~い! 」


 耀は、タオルと白Tを汐里から受けとると、迷うことなくユニットバスに入っていく。

 それを確認して、汐里は濡れた髪の毛のまま髪を一つに縛ると、アパート前のコンビニへ向かった。


 まだ朝が早いせいか、人通りも少なく、コンビニには店員以外いなかった。

 手早く歯ブラシと男性用下着を手に取り、髭剃りはどうしたものかと考える。

 耀は髭が薄いのか、無精髭は生えていなかった。髭を剃るには何かムースの様なものがいるのかもしれないし、髭くらいは帰ってから剃ってもらえばいいかと、髭剃りは買うのはやめた。

 ついでに、2Lのお茶と朝食にお握りを数個買った。


 部屋に戻ると、まだシャワーの音がし、耀は何やらご機嫌に英語の歌を口ずさんでいた。


「耀君、買ってきたからね」


 言っておいた通り、下着と歯ブラシを扉にかけておくと、手だけがニュッと出て来て、ビニール袋を中に引き入れた。

 汐里がドライヤーで髪を乾かしていると、頭からタオルをかけた耀が、さっぱりとした顔で風呂からでてきた。


「やっぱ、起きてすぐのシャワーは気持ちいいね」

「そうね。ほら、ドライヤー。乾かしなよ」

「いいよ。めんどいから。しおりんがやってくれるなら別だけど」

「じゃあ、ほら」


 ベッドに腰掛け床を指差すと、耀は言われた場所に正座する。


「また、足痺れるよ」

「そっか」


 耀は胡座をかき、汐里は手櫛で髪をすきながら耀にドライヤーをかける。


「ドライヤー、かけるのは嫌いだけど、かけてもらうのは好き」

「そう? 」


 耀の髪の毛は短いから、すぐに乾いてしまった。

 もうこうなると、耀が親戚の子供のように見えてしまう。あまりに無防備だし、異性としての危機感を全く感じない。


「下着とTシャツ、後で洗濯しとくから、タオルと一緒に洗濯籠に入れといてね」

「いいの? 」

「耀君が気にならないならだけどね」

「俺は全然!じゃあさ、俺の置きパンツにしてよ。歯ブラシも。また、泊まることがあるかもしれないし」


 耀は使っていたタオルと、Tシャツにくるんだ下着をまとめて洗濯籠に入れにいった。


「えっ?うーん、まあいいか。もし万が一、そういうことがあった時用のね」

「チェッ、万が一か。それに、女の子の独り暮らしだからさ、たまに男物のパンツ干した方がいいって言うじゃん。使っていいよ」

「まあ、それはそうかもね」

「あ、うちにもしおりんのパンツ置いとかないとじゃない? 」


 耀がニコやかに両手を汐里に差し出す。


「なんでよ?! 」

「万が一があるかもしれないし、ほら痴女よけになるかもしれないし」

「バカね」


 汐里は耀の手をピシャリと叩き、ふざけてないでご飯にしよと、買ってきたお握りをテーブルに出した。


「別に、夜中に眺めたりなんかしないのに」

「それ、変態だから」


 二人でクスクス笑い、並んで朝食をとった。


 午前中はまったりお茶を飲みながらDVDの残りを見て、なんとなく一緒に過ごしているのが当たり前みたいな、奇妙な感覚に襲われる。

 別に、手をつないだり、くっついている訳じゃないんだけれど、耀の冗談が混じった口説き文句や、女の子として意識してますアピールなど、仮想恋人を楽しんでいるような気分になる。


 決して本気にしてはいけない、二人だけのジョーク。


 こんな関係も楽しいよね。




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