第9話 汐里の部屋での耀

 あまりに静かに眠りについたため、最初耀は全く気がついていなかった。


「しおりん、飲まないの?ねえ、しおりん? 」


 ビールのお代わりを冷蔵庫に取りに行こうとして、耀は初めて汐里が爆睡していることに気がついた。


「寝ちゃったのか……。」


 耀はフワリと笑うと、さてどうしたものかと考えた。

 ベッドに寝かせてあげるのがいいんだろうけど、いくら汐里が軽くても、軽々と持ち上げられるほど筋肉に自信はない。

 とりあえず、ビールをもう一本持ってくるついでにトイレを借り、三本目のビールを開けた。


 汐里を最初に飲みに誘った時、真面目な返答が返ってきたから、耀は飲めることを伝えていなかったが、お酒はかなり強い方だ。ビール三本くらいじゃ、ほろ酔いにもならない。


 髪の毛もいつもと違うな。


 仕事中はいつも一つに無造作に縛っているし、行き帰りは髪は下ろしているものの、どちらかというと無頓着な汐里だ。こんなに器用に編み込みをしているのを見たことがなかった。


 香水といい、髪の毛といい、合コンのために手間をかけたのなら、無性に腹立たしい。

 もし自分がデートに誘ったら、同じようにお洒落をしてくれるだろうか?


 そこまで考えて、耀は頭を振った。

 最初に会った時、全く相手にもされず、ただのチャラい若者として疎まれていたのが、偶然にも汐里のピンチに居合わすことができ、部屋の行き来ができるくらいまで親しくなれた。それどころか、一緒にいて眠りこけるほど、自分のことを信頼してくれている。

 いや、男として見てないだけか?


 慌ててマイナス思考は排除する。


 元がマイナスから始まってるんだ。やっと0地点。焦ったらまたマイナスに逆戻りだ。


 耀は汐里の髪の毛をとめていたゴムを外し、髪を手でといた。

 一度も染めたりパーマをあてたりしたことのない髪の毛は、まるで子供の髪の毛のようにしなやかで滑らかだった。


 最初に会った時、このストレートの艶髪に目がいった。そして、キーボードをうつ細い指に。眼鏡の下で伏せられた睫毛が自分の方を向いた時、あまり化粧をしていないナチュラルな目元に惹かれた。

 凄い可愛いとか、凄い綺麗だというわけではなかったが、自然な感じが耀の興味をひいたのだ。

 なんとなくいいな、もっと知りたいなと思い飲みに誘ったのだが、あえなく撃沈。

 偶然TSUTAYAで会った時も、普通ならアニメ好きとか、オタク扱いされるから隠すだろうに、ごく普通にしていた汐里をいいなと思った。アニメに興味があったわけじゃなかったけど、話しがしたくて話しを合わせたのだ。

 そうしたら、一緒にアニメ観賞までできちゃったから、それから深夜アニメをチェックするようになって、何気に今でははまってしまったりして……。汐里のおかげで、新しい趣味までできた。


 そんな気負うことのない、隠したり飾ったりしない汐里に、耀は惹かれたのだ。


 でも、それを言うのは今ではないし、一時的な欲情でチャラにできるほど、汐里の存在は軽いものではなくなっていた。


「嬉しいんだけどさ、少しは意識して欲しいな」


 耀はビールを飲みほすと、部屋の電気を消して豆電気のみにした。真っ暗にしてしまうと、汐里の様子が見えないからだ。

 目の前に、自分の好きな子が無防備に眠りこけている。スレンダーな身体は肉欲的とは言い難いが、その細くのびる足だけでも、十代男子には十分に魅力的だった。


 手をのばしたら、その肌に触れたら、きっと歯止めがきかなくなるだろう。

 耀は、汐里の真横に座ると、今までよりも距離を縮める。


 このぐらいはいいよな?


 汐里の頭を自分の方にもたれかからせると、その細い肩に腕を回し、汐里の体温を感じながら目を閉じた。



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