おわりに代えて

 こうして、悪性リンパ腫の化学療法治療に約4か月、その後、下肢麻痺に対するリハビリテーションに約4か月、計8か月の時間をかけて、息子は日常に帰ってきました。勿論、悪性リンパ腫は経過観察の状態で、今後11歳までの5年間に再発が起こらないとも限らない状態ですし、下肢麻痺については生涯に渡って、劇的な改善は見込めないとされているもので、決して軽んじる事の出来る状況とは言い難いのですが、それでも、当たり前の日々を、当たり前に過ごす毎日を送る事が出来るまでになりました。


 語り残した事、語る事が出来ない事がまだ多くありますが、わたしが記す息子の闘病の記録としては、ここまでに止めたいと思います。この先は、息子本人が、自分の意志で、自分の経験を人前に立って語りたい日が来たときに、自分の言葉で伝えてくれたら、と考えています。勿論、そう思わなくてもいいのですが、もし、そんな日が来たときに、わたしがまとめたこの文章が、何かの役に立つことがあるかもしれません。


 最後に、息子が復学後、すぐにあった保護者会で、保護者の皆様の前で話をする機会を頂いた為に作った原稿の、固有名詞を除いたものを掲載して、おわりにしたいと思います。最後までお読み頂いた方々に、何かを考える機会になったり、同じような状況に置かれてしまった時、この文章が、何かの役に立つ事があれば幸いと思います。ありがとうございました。




『まず初めに、歩行困難をはじめとした諸々の障がいを持つ息子を、温かく迎え入れてくださったお子様、そしてそのご両親様に御礼申し上げます。ありがとうございます。


 我々保護者といたしましては、息子の諸々について、特に隠し立てするようなところもないのかな、と考えております。そこで、少し、息子の発病からこれまでについて、この機会にお伝えさせていただきたく思います。


 息子は昨年十月、歩行困難の症状が現れました。いくつかの病院にかかりましたが、原因がわからず、最終的に専門病院で『悪性リンパ腫』の診断を受けました。なじみのない病名かもしれません。『血液のガン』などとも呼ばれていますので、そちらの方が分かりやすいかもしれません。

 救急救命外来で受診をしましたが、その時点で既に命の危険があり、すぐさま化学療法(抗がん剤治療)を行いました。その甲斐あって、現在ガンの危険は遠のいた状況にあります。しかし当初あったガンを原因とした歩行困難を含む下半身、正確には胸から下の感覚鈍化、麻痺のような症状は、おそらく生涯にわたって残存するものと言われています。これが息子の現状です。


 我々は、誤った情報が流布することを恐れます。そこでお伝えしておきたいことが二つございます。


 一、『悪性リンパ腫』は伝染病ではありません。


『悪性リンパ腫』は風邪などのように伝播する病気ではありません。遺伝子系の病ですので、こうしてこの小学校に、一般の生徒として復学させていただいた経緯があります。その点、不安に思われるお子様があれば、どうぞお話してあげてください。


 二、『悪性リンパ腫』による下半身の麻痺が起こす問題。


 これはかなり多岐に渡っています。同級生のお子様、保護者様にお伝えしておきたい内容としては、排泄系が自分の意思では管理できないこと、体温の調節が困難なことの二つが挙げられます。

 この辺りの詳しい説明は割愛いたしますが、もし気になる方があれば、どんなご質問でもお答えしたいと考えております。特にお子様から保護者様方々へ、『○○くんは何でああいう様子なんだろう』『どうしてこうなんだろう』という質問が出ることもあるだろうと思います。その際にはぜひ、わたしたちや、先生方にも情報提供をさせていただいておりますので、問い合わせていただければ幸いです。


 息子の症状に関して、どんな情報でも公開させていただきたいと考えている事については、私どもに、少しだけ考えがあります。


 世の中はいま、多様性を認める流れが出来つつあります。息子のような障がいを持つ方々が、多く社会進出を果たして行く時代に、いま以上に、我々の子どもたちが成長した世の中はなっている事と思います。息子と触れ合うことで、多くの児童さんが、そうした多様性を認める寛容さを学ぶことが出来るのであれば、誤解なくわかり合えるのだというモデルケースを体験出来るのであれば、我々にとっても、同級生保護者様方々にとっても、とても素晴らしいことではないか、と考えています。我々は息子に、この街において、障がいを持つ児童の灯火のような役目を果たしてほしいと考えています。それは酷なことかもしれませんが、息子の後に続く人々が、少しでも生きやすい、学びやすい学校であり、街であるものが作られることに貢献してほしいと考えています。


 我々は息子について悲観していません。病気がわかった時、治療で寝たきりだった時は、絶望の淵にいましたが、いまは違います。本人も、我々も、希望をもってここにいます。必ず何かを為せる子なのだと信じています。


 少し長くなりましたが、改めてこうしてこの小学校の一員としてスタートさせていただけたことを感謝いたします。人と違うところがいくつかありますが、基本的にはゲームが大好きで、お調子者の六歳の男の子です。学校でも、学校以外でも、見かけていただいた際には、遠慮なく声をかけていただき、悪いところがあれば叱っていただければ幸いと思います。皆様のお力添えで息子が、そして皆様のお子様が、真っ直ぐ成長していくことが出来るよう祈念いたしまして、本日の感謝の言葉とさせていただきます。皆様、本当にありがとうございました。また、今後とも、どうぞよろしくお願い致します。』

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