憧れ

 どこでどう接したのか、ある時から息子は「宇宙飛行士になりたい」と話していました。悪性リンパ腫が見つかる前の事です。なりたいものはたくさんあって、幾つも上げていたのですが、宇宙に行きたい、行ける人になりたい、という想いは強かったようで、例えば保育園で描いてきた絵は、宇宙遊泳する自分の絵だったりして、これはどうやら一過性のものではないな、とわたしも思っていました。


 6歳で悪性リンパ腫が見つかり、下肢の自由を喪失しました。闘病とリハビリに追われる日々の中で、将来の夢を語り合う時間はなく、それ以前に、そもそも息子に将来はあるのか、明日命があるのか、という状況まで追い込まれた訳ですから、そんな息子の夢の事は、すっかり忘れていました。


 リハビリテーション専門の病院に入院する事が決まった頃、ちょうど保育園の卒園式に参加させて頂いた後でしたが、その保育園でお世話になった保育士の先生から、たくさんの本を頂きました。その内容が、全て宇宙関係のもので、先生の息子さんから、との事でした。息子が保育園でも宇宙への夢を語っていた事を覚えていて下さり、偶々ロケット工学の道を目指しているという先生の息子さんが、同じ方向性の夢を持つ息子のために、自分が読んで感銘を受けた宇宙関連の書籍を下さったのでした。それで、わたしも思い出したのです。およそ4ヶ月かそれ以上の間、すっかり忘れていた息子の夢。


 わたしは息子に頂いた書籍を渡しました。年齢的に考えて、ちょっと難しいかもしれない、という程度の内容でしたが、息子は入院中に読むから、と病院に持っていきました。それからというもの、週末に外泊で迎えに行く度、積み上がっている読み終わった本。正直なところ、本当に読んだのか? と疑うほどの速さなので、息子に内容を聞くと、すらすらと答えます。後でわたしも読んでみたのですが、息子が話した通りの内容で、どうやら本当に興味があり、夢としての熱量も、病気の前後でまるで変わっていない様子でした。それどころか、


「車椅子の宇宙飛行士、おれが初めてかな」


と言い放つ息子。相変わらずの自信であり、『前例がない? やったぜ、一番乗り確定じゃん! おれが初めてになるぜ!』という元々の性格を、病気によって変えられてしまう事は、なかったのです。自分はどこまででも行ける。宇宙の果てまででも、行けない場所、出来ない事などあるはずがない。その為に、リハビリテーションという努力が必要で、勉学に勤しむ必要があるとしても、それは甘んじて受ける。そうした全てを理解した、6歳としては、あまりにもはっきりと、根拠を持った自信のように、わたしには見えました。


 そんなことをしている日々の中で、ある日、息子に更なる刺激になる人との出会いがありました。現役のJAXA職員の方との対面です。これも偶々、妻の同級生が職員であり、実際にオペレーションにも携わっている、とのお話で、息子は名刺を戴いていました。この出会いは大きな刺激になったようで、いまでも息子が目指す夢のひとつになっているようです。

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