副作用と髄注

 デカドロン

 プレドニン

 リツキサン(リツキシマブ)

 オンコビン

 メソトレキセート

 エンドキサン

 ドキソルビシン

 IT(髄注)


 以上の抗がん剤を、治療の1コース目に使用しています。


 1コース目、と言うのは、前項でも少し書きましたが、抗がん剤治療は、ずっと治療薬を投与し続ける訳には行きません。強すぎる副作用による体力の低下、臓器能力の低下、免疫力の低下を考慮し、一定まで投与を続けた後、その回復期間を設けなければ、かえって身体を危険な状態まで追い込みかねないのです。息子の場合では、投与と回復を一鎖として、約4ヶ月で全4コースの治療プランが作られました。


 各薬剤にはそれぞれ、頭痛や嘔吐、発熱等に始まり、心不全や心筋障害、糖尿病といった、注意しなければそれ自体が十分主病と成りうる副作用が明記してありました。また、そもそも化学療法には共通して、急性腎不全や粘膜障害という副作用もありました。粘膜障害、と説明されて、初め、どんなことが起こるのか、全く想像出来なかったのですが、例えば唾液であるとか、腸液であるとか、そうした人体の中にある全ての粘液が、生成されにくくなる、という事で、口内炎であったり、肛門の痛みや、排泄障害であったりと、軽度な物から、かなり重度に成りうる物まで、様々な副作用が予測されていました。


 これは比較的有名な副作用ですが、やはり頭髪も抜けて行きました。いま、これを書きながら、医師から受けた説明を確認してみると、どうやらメソトレキセートという治療薬の副作用の様です。メソトレキセートは、がん治療薬として比較的ポピュラーな薬剤の様なので、恐らく様々な治療のシーンで使われていて「抗がん剤治療をすると、頭髪が抜ける」イメージが付いた原因になっているのかも知れません。


 個人差があるのかも知れませんが、息子はごっそりと、数日で全て無くなる事はなく、少しずつ、枕に付いた抜け毛が増えて行き、それを我々が、掃除で使うハンディタイプの粘着ローラーで取る日々が続きました。これを取るときが、何とも言えない気分になる訳ですが、息子本人はというと、親のわたしとは少し違った感想を持っていたようでした。


 それについて、わたしと息子の間で、こんなエピソードがあります。ある日、息子が自分の頭を撫でながら、鏡を貸してくれ、と言いました。当然、自分の頭髪が減ってきている事は気付いているはずで、やはり気になるのかな、目の当たりにしたら暗い気持ちになるんじゃあないかな、と思い、手鏡を貸す事を躊躇しました。しかし、いずれは向き合う事であるし、本人の意志で判断した方がいいだろう、と思い、手鏡を貸すと、息子は鏡に写った自分の顔をまじまじと見て、頭を撫でつつ、一言、


「おれって、坊主も似合うなあ」


と言いました。強がりなのか、もしかしたら周囲に気を使ってなのかも知れません。しかし、息子は笑いながらそんな事をしれっと言ったのでした。後になって、これももしかしたら小児特有なのかなあ、と思いました。子どもは周囲の気配に敏感です。あまりに周囲がマイナスの感情を晒していれば、感情を読み取って不安に思うか、それとも心配をさせないようにするか、兎に角、某かのをアクションを起こすのだろうと思います。本来であれば、治療にのみ専念してくれればいいのに。マイナスの感情を易々と晒す事がないようにしなければ、と思った出来事でもありました。


 副作用の為に、様々な身体の不調が起こり、やはりどの投薬も、非常に辛い物なのだ、と思いましたが、息子が特に、あれは嫌だな、と言った治療がありました。それが薬のリストの一番下にあった『髄注』という治療でした。


 抗がん剤を脊髄腔に注入する治療で、なぜそんな必要があるのかと言えば、頭の中にも抗がん剤の効果を届かせたいから、という説明を受けました。脊髄を通して、頭蓋の中に直接投薬するイメージでしょうか。これ、つまり、背骨に直に注射をする訳なんですが、どうやら、かなり痛みが伴う様でした。様でした、というのは、この施術時は、我々は同席出来ず、個室の外で待つ様に言われるので、直接、どのように行われているのかを目にしていない事と、そもそも息子は背中の大半の感覚が曖昧である為、息子の言葉に依るところが大きいからなのですが、背中、背骨の感覚の大半が曖昧でありながらも、しっかり『痛い』と分かる程痛い、と息子は言うのです。


「あれは痛い。信じられない」


そんな風に言っていました。とはいえ、勿論治療の一環ですので、行わない訳には行かず、初回以降「髄注がある」とわかる日には、とんでもなく暗い顔をしていた事を思い出します。CVカテーテルを使った治療で、注射の回数が劇的に減少していたにも関わらず、治療後の息子が異常な位の注射嫌いになったのは、おそらくこの治療に一因があるのだろうな、と思っています。

 

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