第13話蛇の目

 黒白蛇同こくびゃくじゃどう


 客間で一人、足音が遠退くのを耳で聞く。

 武雷は忍で有名……まさか、客の相手を忍にさせるとはなァ。

 警戒されている、ってことやな。

 と、影を纏って忍が現れた。

「お待たせして申し訳ない。」

 そして流れるように、茶を目の前へ置いた。

 忍の淹れた茶といいそこにまた置かれた茶菓子といい、流石に信用はできへん。

「おおきに。で、君…忍隊でいうとどこら辺?」

「忍隊の長をしております。」

 丁寧に、そう答えた。

 その目…噂で聞く日ノ本一の戦忍や。

 赤き瞳と漆黒の瞳は瞬きをして、小首を傾げた。

「主にはしっかとお伝え致します。さて、ご用件は?」

「ふぅん。君、この戦勝てると思うてんの?」

「さぁて、どうでしょうね?」

 嗚呼、同類や。

 そう感じた。

 そこらの忍と同じにしたらアカン。

 答える気ぃまったくあらへんもん、この子。

 厄介、言うんわかる。

 さっさと始末せな。

 主の言う通りやった。

「面白い冗談ですね。それとも…本気でいらっしゃる?」

「冗談…やて?」

「始末しよう、なんてお考えのことですよ。甘いんですよ、御客様。」

 ニタァと笑うてそう言うた。

 バレとる。

 こら、アカンやつやな。

「仮にそうだとしてやで?なんでわかるん?」

「なんででしょうねぇ?主に話を通したのも、御客様のお相手を主ではなく私にしたのも、私です。刀也様と会話なさっている様子を伺っておりましたが、最初から狙っていたのでしょう?」

「おっかないなァ…。」

 迂闊に動けへん。

 下手を売ったら、これに殺されてまう。

 何処から見とったかもわからんかった。

 そこらの忍やったら、わかっとった。

「主は、それでええの?」

「大事な主様を御客様に傷付けられてはなりませんからねぇ?下手すれば、私が御客様を殺しかねない。」

 クツクツと笑う。

 墨幸大将も、これに言われたらそうさせざるを得んわな。

 刀を鞘から抜いて忍を斬りつける。

 が、それはその二本の指で挟め止められた。

 力を込めても、進まない刃先。

 その先は忍の首。

「なかなかやるやないの。」

「何処を狙ってくるか、わかりやすいお方様だこと。」

「……へぇ?」

 挑発されとる。

 全部、読まれとるんや。

「御客様は、目が正直に狙う所を見るのですね。その目、通常であれば何処を見ているのかまったくわからないでしょう。それに頼り過ぎ…といったところか。御客様に、私は殺せません。さぁ、刃を鞘へ。」

 刀を引けば、すんなりとその指を離した。

「その通りや。ホンマに、わかるんやな。」

「ええ。そちらの状況も、御客様自身のことも、何から何まで把握しておりますから。忠告致します。あまり我らを馬鹿にしない方がいい。こちとらはいつでもお命を頂戴しに忍び参るよ。我らにとって不都合ならば、たとえ御客様であっても殺す。」

 殺気を込めた低い声が這ってくる。

 その目だけで殺されそうなほど、恐ろしい。

「嗚呼、安心してください。死体はバラバラにして木箱に詰めて送り帰してあげますから。」

 脅し、以外のなにものでもあらへんわ。

「考えとくわ。」

「是非、そうしてください。こちとらはいつでもお待ちしております。」

 それが、殺せる時を待っているのか、それとも何か好都合な反応がくることを…なのか。

 ただの脅しならええんやけどなァ…本気の目ぇしてはる。

 数分の後、去った。

 その背中を見送り、溜め息をつく。

 案外、すんなりといったな…と感じながら。

「そう警戒せずとも。」

 振り返り、刀也に声を投げる。

「彼奴は賢い。」

「ええ。そのようで。あのお方様は考えを改めますよ。」

 その言葉に安堵の息をこぼした。

「共食いというのは、どうも気分の悪いものですからね。」

「共食い?」

「喰われる側であるという自覚ができたならば、もう何も手を施す必要はありません。蛇は、丸呑みにしてしまいますからね。」

 影忍は陰りのある笑みを浮かべてそう言うと、影のなかへと消えていった。

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武雷伝 影宮 @yagami_kagemiya

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