再現されない権利:Tag

勇今砂英

第1話

 近頃じゃあテレビに映る芸能人もほとんどが生身かどうかもわからないのになっちまった。

 見た目だけじゃあ見分けられなくなっちまったもんだから、映像に映る人物にタグ付けされてる。死んだ人間を再現したもの、アバター、デザインされたAI人格。最近じゃあ特にアナウンサーや司会者なんてのは絶対に失敗しないAIが主流だ。生身の人間にも何種類かあって、女優なんかは何年経っても全く老けない。リアルタイムで写ってる女優の顔を加工してるか、若い顔を上書きしてるか。全身を書き換える場合もあるし、そうなるとアバターと大して変わらない。事務所や自宅からキャラクターのアバターを遠隔出演させるコメディアンもいるし、自分の肖像権を貸し出して自分は家でのんびり過ごしながら別の場所で自分の再現人格に演技をさせる俳優もいる。もう映像の世界には真実なんて存在しない。

 さて、じゃあリアルなら全て本物かって聞かれたら、はっきり言ってイエスとは言えなくなった。僕らの体は母から授けられた生身の肉体だとは限らないからな。つくりものの体につくりものの脳が埋まってる。外見だけじゃあ生身なのかロボットなのかも判別できないんだ。

 だから、作り物の脳で見る場合は現実世界でもタグが見えるようになってる。でもさ、これって滑稽じゃないか、だって作り物の目を通してでしか、作り物かどうかを確かめられないんだからさ。それって本当に正しい情報なのか?つまり、この世には見た目で判別できることなんてのは存在しないのさ。

 にもかかわらずだぜ、未だにほとんどの人間は見た目に頼ってんのさ。つまりタグだよ。会う人間会う人間にタグがついてないかいちいち気にするようになったのさ。こいつは生身?それともサイボーグ?ARのアバター?そんな具合にさ。まあ深い仲ならタグ無しが普通だし、公の場にタグ付きで現れるのはよっぽどの事が無いとマナー違反ってのがこの国の不文律だけど。

 学校なんかではアバターでの登校が認められてる。最初こそ不登校児に限られてたんだが、今じゃほとんどがリモート登校さ。生身で学校にくるやつなんていなくなった。ただ高価な電子頭脳が支給されてる教師だけが未だに汗水垂らして教壇に立ってるってのが笑えるがな。

 まあだからかな、生身の価値は高騰してる。生身であることは信用されるための第一条件、こと政治家なんかにとっちゃあ通行手形みたいなとこがあるのさ。特に重要な会議や会談は生身で会いに行くことが重要視される。わざわざ会いに行くことで誠意を見せられるし、何かあった時には即深刻な国際問題に発展しうる。ここは昔から変わらない。センシティブな時こそ生身が重要性を増すんだ。

 まあだからこそ、生身でありながら偽物、つまりそっくりさんが重宝されたりもする。今だに影武者が重宝されてんのはそうした事情からさ。遺伝子は直接接触しないと採取できないし、遺伝子情報も高度のプライバシー情報として管制が敷かれているから容易に閲覧できないようになってる。影武者になるために教育を受けた人間が整形して政治家や金持ちになりすます、なんてのは今のご時世でもザラにあるんだ。

 話は最初に戻るけど、じゃあタグ付けさえされていればどんなコピーが自分の知らないところで公の場に出てきても文句は言えないのかっていうとそれは違う。タグ付けされた複製や模造品というのはあくまでオリジナルである本人が希望した場合にのみ合法とされている。タグ付けされるには本人の許可が必要なんだ。これはどの国でも再現の権利として法律に記載されていることだ。じゃあ死人はどうだ?というとこれは面白いことに国や地域によって差があるんだ。死んだ後にその人格を再現された人気俳優やロックスターなんてのは枚挙にいとまが無い。そういった公人的性格を持った人にだけ再現を許したり、死後数年後に投票によって再現していいかを決議するなんて国もある。それで俺たちの国はどうかっていうと、あらゆる国民は理由を問わず死後その人格を再現されることは違法である、ということになっている。

 あえて「なっている」という言い方をするのには理由があるんだが、ちょっとそれはここでは言えない。悪いな。それこそ生身で会ってくれるぐらいの人間にじゃないと、とてもじゃないが信用できなくて言えないんだ。そこは分かって欲しい。

 今この時代の世の中について、少しは分かったかな。もちろん今日の話だけじゃなくて、他にもいろいろとあんたの生きた時代とは世相は変わってきている。それについてはまた今度会った時に話そう。それじゃ、俺はここらでおいとまさせてもらうよ。


 そう言うと男は少しだけ残ったバーボンを飲み干して勘定を済まし、バーをあとにした。それを聞いていた僕は大変な時代に来てしまったと感じた。見ている世界が見ているままじゃないだなんて。第一このバーが見た目どおりのバーであるかどうかもわからないのか。目の前にいるバーテンダーにタグは見当たらないな。でもこの酒も本物だろうか?男の言った話が本当なら視覚だけじゃなくて触覚や味覚まであらゆるものが再現可能なんじゃないだろうか。薄気味悪い。このモヤモヤした気持ちは少なくとも本物だろうか。肉体があるからこそこういう物を感じられるんじゃないかな。そう思いたいところだ。

 少し身震いしたあと尿意を覚えた僕は店のトイレを借りた。あの男の顔が脳裏に浮かぶ。そう言えばあの男の顔にはタグがつけられていたな。そうか、彼も実際にあの場にいた人間ではないのだな。そう考えながら僕は小便を済ますと洗面で手を丁寧に洗った。ふと顔を見上げると鏡には何の面白みもない僕の顔が映る。僕は今までずっと気づいてなかったのか、それとも気づいててあえて無視してたのかはわからないが、やっぱりあるな、と思った。僕の顔には「再現人格」と書かれたタグがしっかりとつけられていた。

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