第45話

「ずいぶん成長したもんだなあ」


 首元の鱗を忌々しげに爪でひっかきながらアスモウラは一人呟く。

 人間臭さの薄い潔癖さの目立つ比鹿島病院の一室。

 ドアに零細哀果とのプレートが差し込まれた部屋で、アスモウラはベッドに横たわる部屋主を見下ろしていた。


「どうなることかと思ったが、結局はハッピーエンドってことか」


 10年ぶりに見た哀果は、時折身体をよじるように身じろぎをしている、目を覚ますのも時間の問題だろう。


「実の弟のための人格にあそこまでのリソース割くなんて、馬鹿だろ」


 なんにせよ、リミリーの消滅により哀斗の願いは完全に終了した。

 その証拠にアスモウラの体内へ流れ込んできていた寿命は半分になっている。

 願いを叶えるための全てのヒロイン候補が居なくなったというのに、寿命を貪るというのはいくら悪魔であるアスモウラといえど気分が悪い。

 特に、忘れていた気持ちを取り戻した今となっては……。


「何百年ぶりだろうな、こうして気持ちがまた昂ってんのは」


 悪魔になって数百年……いや、もしかしたら数千年もの間生きてきた。

 初めは、また人間に戻りたいと思っていた。

 だが、いつからだったかその思いは風化していた。

 数多もの人間達の身勝手で貪欲な願い。時には、他人を傷つけるためだけの鬼畜極まりないものもあった。

 そんな人間の醜い姿を見ていく中で、人間に対する憧れは霞んでいった。


「だが、テメエは違った」


 ただ一心に哀斗という弟の幸せだけを願っていた。ここまで純粋で、他人のためだけの願いというのは初めてだった。


「まあ、その本人があんなふざけた頭してるってのも結構面白かったしな」


 哀果の弟、哀斗は自分のためだけの願いだったにしろ、ギャルゲに主人公みたいになりたい、なんて口に出すようなキモいやつだとは驚きを通り越して、興味に繋がったものだ、とアスモウラは笑う。


「ありがとな、これでもう少し踏ん張れそうだ」


 礼は、眠ったままで済ませて、さっさと退場することとする。もう間もなく血相を変えた哀斗が訪れるだろう。


「弟の方は、オレのこと見ても良い顔しないだろうしな……」


 哀斗からしてみれば、哀果の昏睡状態の原因を担っている悪魔だ。

 アスモウラ自身に嫌気がさしてやったことだった――他人からすれば良い迷惑だろう。


「……だから、これはちょっとした迷惑料みたいなもんだ」


 哀果の頭に手を翳す。


「なんてことはねえ、ただあるべき場所に返すだけだ」


 言い訳のように呟き、掌に力を込める。


「気持ち悪い生暖かさ……人間くせえな」


 ま、それがいいんだけどよ、とアスモウラは苦笑した。




 

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