第3話 最強は言わせたい

レオンのやつ、私にエロい目を向けるだけで何もしてこないじゃないか。

どうなっている!

私はいつでも準備万端でウェルカムバッチコイな状態だというのに。


こうなれば多少強引にでも・・・・。


私はそれなりに力を込めた手を前に突き出す。

空中をまさぐる様にして目的の物を捕まえると、それを握りしめ、引っこ抜いた。


「うむ、取れ立て新鮮な概念は活きが良いな!」


私の手にあるのは“概念”である。

ちょっと力を入れて世界から奪い取ったのだ。


「よし・・・・・アイツの言いそうな言葉は・・・『痛い痛い』とか『ゆっくりさせてくれ』とか、大穴を狙って『お茶』なんかもいいな・・・・まあそこらへんか・・・・・であれば痛いは・・・・・孕ませてやる、に変更して・・・・・ゆっくりは・・・・・子作りにでもしておくか・・・『お茶』は・・・セックスでいいか・・・・あとは・・・『おい!』と『待って』とかよく言うから・・・・・・『抱いて!』に変えておくか・・・・・・・くっくっく、今夜が楽しみだな、レオンよ」


冷蔵庫の中身をお茶以外全て隠し、準備を整えた私は部屋に戻った。


◇◇◇


今日は朝の襲撃がなかった。

朝一で殴られるのは毎日だが、たまに寝ている時に世界崩壊級の攻撃が飛び出してくることがある。

だが、幸いなことに今日はその日ではなかったらしく、比較的安全な朝を迎えることができた。

まあこれから結局ぶん殴られるわけだが。


「レオンか、さっそく朝の確認をするぞ、外に出ろ」


「はぁ・・・・わかったよ、さっさと済ませよう」


「む・・・・・」


何故か素直に従ったら眉を顰められた。

それにしても珍しいな、外にわざわざ移動するなんて。

いつもは問答無用の準備無しで殴ってくるのに。


その後普通に意識を飛ばし、次に目が覚めたのは一時間後だった。

そこから料理を作り始め、スプーンとフォークを握ってゆらゆらしているクリスタの前に、スフレの様にして作ったオムレツと、小皿に入れたサラダ、程よく焼き目の付けたトーストと、クリームリーズを出した。


俺もすぐにエプロンを外し、席に着くと、クリスタはすぐにむしゃむしゃと食べ始めた。

彼女は果物を斬ることくらいしかできない。

しかもそれを料理と呼ぶ。

だから俺がこうして飯を作る羽目になっている。


「のおおおっ!なんだこのふわふわ!」


「卵白をメレンゲにしてから卵黄と合わせて焼いたんだよ」


皿を持ち上げ、それを前後に揺らして遊び始めたクリスタ。

その姿がどこかおかしくて少し笑ってしまった。


「む、なんだ」


「いや、ギャップあるよなーって」


「よくわからん」


そう言ってトーストをかじるクリスタ。


「ところで今日は貴様はどうするのだ?」


何か期待したような目で俺を見てくるクリスタ。

スフレオムレツを見た時の数倍目をキラキラさせている。


これは・・・・・何かあるのか?


「どうしようかな、まだ決めてないな」


「・・・そうか、であればのんびりする感じか?」


少し間が開いた返事だな・・・・やっぱりなんかあるのか?


「まだわかんないな、クリスタはどうなんだ?」


「・・・・・・・・私は別にいつも通りだ」



クリスタの主な仕事は、他の世界の危機を未然に防ぐことだ。

強力な邪神が復活しそうだったら先にぶっ殺したり、最強無敵の転生者が世界を支配しようとすればぶっ殺したり。

要するにいろんな世界でいろんなやつをぶっ殺してるわけだ。


「いつもどおりか、まあたまには家でのんびり休めよ」


「そうだな、私も最近はあまり子づ————」


何かを言いかけ、一瞬で自分の口を手で塞いだクリスタ。

こづ?こづってなんだ?


「どうした?大丈夫か?」


「あ、あぁ、大丈夫だ、問題ない」


額に少し汗を滲ませたクリスタが口元から手を離した。

咽たのか?少しパンを焼きすぎたか?


「すまん俺がパンを焼き過ぎてぼそぼそになってたみたいだな、直ぐに作り直すから待っててくれ」


「い、いやそう言う訳では・・・」


まぁ、金の面とかこいつに全部世話になってるわけだし、これくらいは優しくしても文句は出ないだろ。

そう思って立ち上がってクリスタの皿を手にもってキッチンに行こうとしたら・・・・・。


「抱いて!ブハッ!!!!」


クリスタが何か言った瞬間自分の顔面に拳を叩き込んで吹っ飛んでいった。


「え、ナニコレ・・・・・どういうこと?」


状況も何もわからないままだったけど、その後クリスタはそのまま仕事に行ったらしい。

俺も久しぶりにギルドで金でも稼ごうかな。

このまま全部世話になるのもあれだし



久しぶりに冒険者時代の装備を身にまとった俺は家を出てギルドに向かっていった。


◇◇◇


「いらっしゃいませ」


不愛想にそう挨拶をしても、冒険者という生き物は太々しい態度で話しかけてくる。

ハッキリ言ってこういった野蛮な連中は嫌いだ。

粗野で横暴で横柄で、自分が凄い何かだと勘違いしている。

就活の滑り止め感覚で内定を貰った時から来る事はないと思ってたけど、まさかインフルエンザになった後食中毒になるとは思っても見なかった。

あれで完全に心折れたし。


「なあ姉ちゃん、今日は何時で上がれるんだよ」


そう言って絡んでくる冒険者。

ウザい、マジでウザい。


「分かりません、皆様の頑張りに応じて事務仕事も増えますから」


適当にそう返してやれば、眉をぴくぴくと痙攣させ、不機嫌な顔をした冒険者の男。

受付の仕事をしているとこういう事は日常茶飯事だ。

ギルドの就業時間内であればギルドが守ってくれるけど、それが終わると基本的に自己責任。

そこで食事に行った冒険者と何かあっても、ギルドはそれには不干渉。

体の良い責任逃れにしか思えない。


「てめぇ俺を誰だと思ってんだ」


凄んだ顔でそう言ってきた男。

正直記憶にない。

誰だお前はレベルの男だ。


ここ最近で一番記憶に残ってるのは・・・・あぁ、一人いた。

へんてこな格好で、カッコつけたフツメンの男が。


『ただのレオンハルトだ』


知らんわ。

ただのレオンハルトだか、ただ事じゃないレオンハルトだか知らないけどとりあえず変な奴だった。


「聞いてんのかよ!」


そう言って男の太い腕が伸びてくる。

ここで何かあればこの男はギルドから追放になる。

少し我慢するだけでこの男と金輪際関わらないというのは魅力的だ。

黙って攻撃されよう。


そう思った時、その太い腕を掴んだ男がいた。


「んだよお前」


「あぁ、俺か?俺は・・・・・ただのレオンハルトさ」



—————ぶふっ!


あ、あぶない・・・心の中では吹き出してしまったけど、体面は苦笑いした程度だ。

あのフツメンまだあんなこと言ってたんだ・・・・まぁ助けてくれようとした態度だけは評価するけど、でも・・・・こいつも所詮冒険者だから何を見返りに求めてくるかわからないし。


「レオンハルト?知らねえ・・・・・・なぁ!!!」


掴まれた腕を振り払うと同時に、逆の腕が振り下ろされた。

あちゃー、これはもろに入ったわ・・・・・。


「・・・・・効かねえよ」


うっうそ!?顔面よ!?顔面であの男の拳を受け止めて平気なわけ!?

もしかしてこの人って相当高名な冒険者が別名で・・・・・


あぁ、だから“ただの”だったのか・・・・・そいうことか!


「へっ!やせ我慢も何時まで続くかな!」


「ギルド内での暴力沙汰は厳しく取り締まられるらしいぞ」


「知ったことかよ!その前にテメエを喋れなくしてやりゃ問題ねえだろ!!!」


連続して打ち出される拳。

見た感じだけど、この男もそれなりに強い事はわかる。

でも、それでも、何なのよただのレオンハルト!


もうただ事じゃないレオンハルトじゃない!

あれだけの攻撃を受けてピクリとも動かないなんて・・・・それにダメージを受けた様子さえ見られない・・・・ま、まさかレオンハルトって二つ名持ちなのかも・・・。


「気は済んだか?」


数分間の殴打に耐えきり、涼しい顔でそう言ったレオンハルト。

どうしよう・・・もしこの男が高位の冒険者だったら・・・・今回の騒動が私の不誠実な態度にあるってバレちゃうかもしれない・・・・何としても口止めしないと・・・・。


私に絡んできた男はすぐにギルドの警備兵に捕まって奥の部屋に運ばれていった。

そして私とレオンハルトの間には気まずい空気が少し流れる。


「あ、ありがとうございます」


「別にいいさ、普段もっととんでもない奴の相手をしているんだ、あの程度の攻撃慣れ過ぎてるよ」


や、やっぱりそうだわ・・・あの男がまるで虫けらに見える様な化け物といつも戦ってるなんて高位の冒険者しかありえないっ!

すぐにいつもの不愛想な態度ではなく、入社当初のピカピカ営業スマイルを浮かべる。


「レオンハルト様はどういったご用件でしたか?」


「あぁ、依頼を、と思ったんだけど、今ので少し気疲れしたからなぁ、少し休憩してから考えるよ」


少し砕けた口調になったレオンハルトがそう言った。

私はギルドの受付嬢マニュアルに書いてある通りの返事をするために口を開いた。


「畏まりました、では“子作りごゆっくり”していってください・・・・・・・・ん?」


あ、あれ?今私何を・・・・

前を見るとレオンハルトが口を大きく開けてこっちを見ている。

え?え?私今何言ったの?


では、ごゆっくりしていってください、ってマニュアル通りに言ったはずよね!?


ササッっと私から離れたレオンハルトをついつい止めてしまう。


抱いてまって!・・・え?私何言って・・・・」


抱いて?え?な、なんでそんなこと・・・

も、もしかして、助けられて私・・・・こいつのこと・・・・・だからそんな言葉が勝手に出ちゃうの・・・・・?


「お、おまえ・・・・どうしたんだよ・・・急に・・・痴女か・・・?」


「だ、誰が痴女よっ!」


ついそう言って手元にあるペンをレオンハルトに投げつけてしまった。

カッとなってやったけど、高位の冒険者ならこの程度痛くもかゆくもないはずよね。

空中を舞うそのペン先がレオンハルトの額にプスって感じでぶつかって・・・・・


「・・・・地味に“孕ませてやる痛い”・・・・な、なんで!?」


じじじっ地味に孕ませるって・・・・どどどどういう事!?

い、一体どんなプレイなのよ・・・・。


「これはおかしい・・・どうなってやがる・・・・」


何かを考えこみ始めたレオンハルト。

なんでだろ、前見た時はただのあほなフツメンくらいにしか記憶してなかったのに、今は・・・・・・あ、普通にフツメンだったわ・・・・。

だけど何故かドキドキしてる・・・・・私どうしちゃったの?


「れ、レオンハルト様・・・・」


「あぁ、あんたも気が付いたか、俺も今思ってたんだけどさ—————」


「仕事が終わったらどこかの喫茶店で“子作りゆっくりセックスお茶”でもしませんか?」


自分がもう何を言ってるのかわからない・・・・・。

気が付けば彼を仕事終わりにお茶に誘ってた。

仕事時間外ではなにをされても文句は言えない、だからこれは凄くリスクがあるのに・・・・でも・・・・・・ってあれ?


気が付いたら血相変えてレオンハルトが走り去っていくのが見えた。


ふふふ、照れちゃって可愛いところもあるのね。


◇◇◇







「どうしてだ・・・・・レオンが部屋に引きこもって出てこないし一言も口をきいてくれないではないか!!!!!!!!!!!」



来年の出生率が歴史上類を見ないV字回復を見せたのは最早言うまでもない。





「痴女こわい・・・・」





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