第24話 最終回・年度末

 3月8日。大阪府庁で、年度末恒例の「生活保護担当課長会議」が開催された。会議終了後、福祉総務課の中島課長の元を訪ねた。


 「森山君。次年度のことなんだけれどね…南大阪町は君の身分移管を希望していたんだけれども、いろいろと難しい問題もあってねぇ…。ただ、南大阪町は引かんのよ…一歩も。でも、現状も一定理解できる。生活保護課長の後釜が育っていないようだし…。そこで、総務部の人事との話では、人事交流のルールはとりあえず置いといて、町へのスーパーバイズということで、君にもう1年残ってもらおうかということになっている。君はどうだろうか?」


 「中島課長。もしそれが認められるのならば、私は南大阪町に残りたいと思います。確実にノウハウを積み上げてきてはいますが、完全に軌道に乗せるには3年は必要です。かといって、私自身正直、身分移管に同意するだけの勇気は…。まだ大阪府の広域行政でやりたいこともいくつかありますし…」


 「森山君。君はたぶんそう言うと思っていた。総務部には私の方からそう伝えておく。申し訳ないけれど、引き続きよろしく頼むわ」


 次年度の私の残留が、あっさり決まった。


 翌朝、今度は梶本民生部長から呼び出しがかかった。田代町長がお呼びだとのことである。


 「森山課長。昨日大阪府の衣川総務部長からご報告を受けました。もう1年残っていただけるとのことで、非常にうれしく思っています。引き続きよろしくお願いします。でも私としては、やはりあなたに南大阪町の職員になってもらいたい。来年度も引き続き可能性を探りますから、そのつもりでいてください」


 「町長、ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です。先のことはわかりませんが、とりあえず来年度1年間、私の後継者が育つように努力していきます」


 その後民生部長室に戻り、梶本民生部長から、次年度の生活保護課の体制について内々示があった。


 「森山課長。生活保護課は次年度も、同じメンバーで頑張ってもらおうと思っています。で、あなたに少しお願いがありましてね…。私は今月末で定年退職します。後任者はいるんですが、あなたには、『理事』という立場で新民生部長のフォローをお願いしたいんです」


 「では、生活保護課長はどうなるんですか?」


 「『理事兼生活保護課長』ということでどうでしょうか? あくまでもメインは生活保護課で、必要に応じて部全体のサポートもしてもらうということで…」


 「部長、私なんかが…いいんでしょうか?」


 「あなたの力を民生部全体にお貸しください。よろしくお願いします」


 「部長、ありがとうございます。謹んでお引き受けいたします」


 何やら大層な話になってきたが、生活保護課のメンバーもそのままで3年目を迎えられるのは安心である。昨年同様、3月25日の内示日までは一切口外できない。


 課内では、どこか張り詰めた空気が漂っていた。皆口数も少ない。最繁忙期であることを考えても、いつもの生活保護課とは違う…。たまたま帰り道が一緒になった古田さんにそれとなしに問うと…


 「皆、課長がおられない4月以降のことを不安に感じているんだと思います。課長、本当に大阪府に戻られるんですか? 今の役場の中に、課長の後釜なんかいないですよ」


 古田さんは、真剣な顔をしてそう答えた。


 そして、あっという間に3月25日の内示日を迎えた。午後1時、私の前の内線電話が鳴った。梶本民生部長からである。席を立ち、民生部長室へ向かう。皆の視線が痛い…というか、広瀬さんと玉城さんが、今にも泣きだしそうな顔をしている。


 「森山課長。次年度は『理事兼生活保護課長』ということで、南大阪町の福祉行政全体に力をお貸しください。よろしくお願いいたします」


 「梶本部長。長年のお勤めご苦労様でした。そして2年間お世話になりました。謹んでお受けいたします」


 10分後、私は自分の席に戻った。誰も何も言わない。神妙な空気が張り詰めている。

 

 「皆さん、ちょっと集まってもらってもいいですか?」


 私は課員全員を、自分の席の前に集めた。


 「皆さんにご報告があります。私は次年度も、南大阪町に残ることになりました。ただし、民生部理事と生活保護課長の兼務になります。これまでのように、身軽に皆さんと一緒にケースのことで動けるかどうかはわかりませんが、引き続きよろしくお願いいたします」


 皆呆気に取られている。そして次の瞬間、大きな拍手が沸き起こった。


 「森山課長、ありがとうございます! よかった…」


 広瀬さんが感極まって泣き出した。玉城さんは呆気に取られたまま…畠山主査、岩本主査、阿部主査、北山さん、古田さんは満面の笑顔である。


 午後3時、私の前の内線電話は鳴らなかった。次年度も同じメンバーで迎えることができる。終業後、私は売店で飲み物を買ってきて皆に差し入れた。


 「カンパーイ!」


 「歩く生活保護手帳万歳!」


 横から阿部主査が茶々を入れる。


 「阿部主査。それもう止めようよ、恥ずかしいから…。っていうか、来年度はあなたにその名前譲りますから、覚悟しておいてくださいよ!」


 「えーっ! 無理! 無理!」


 一同大爆笑である。そこにはいつもの生活保護課の空気感が戻っていた。


 2019年4月1日。また新たな年度が始まった。南大阪町では、理事になれば個室が与えられるそうであるが、私自身の希望で、2年間いたカウンター全体を見渡せる席に残った。

 

 「皆さん、今年は南大阪町生活保護課3年目になります。町民の利益を最優先に考え、全力を尽くしましょう。今年も1年よろしくお願いします!」


 皆から大きな拍手が沸き起こった。


 今年度はどんなドラマが待っているのだろうか…? そして今年度は、私にとっても大きな決断の年になりそうである。職業人として、求められる場所で求められる仕事が出来るのは、素直にうれしい。


 「住民の顔が見える、町行政もいいかなぁ…」


 私はそんなことを、少しずつ思い始めていた。 (完)

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生活保護課長・森山直樹2 泉北亭南風 @sembokuteinampu

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