なんのためのギミック⑥

 私は一人、商業ビルの屋上からこの世を眺めていた。

 つい先ほどに、あおいの仇をすべて討ち終わったところである。馬鹿な連中だった。どうして私の首枷がなくなった今、自分達だけは安全だと思い込むことができたのだろう。まだありすがいるからだろうか。それでもあおいを失った私には油断がない。きっちり落とし前はつけさせてもらった。直接的に関与していない大勢こそは見逃したが、主だった者たちにはそれ相応の恐怖を味わってもらった。意思に反して、自分の右腕が自らの眉間に銃口つきつける経験というのは、それはそれは恐ろしい体験であったことであろう。その引き金が引かれたのか否かは想像にお任せする。とにもかくにも私という存在が連中に制御出来るものではなくなったということはキッチリ伝わったはずだった。

 私はこの瞬間、まさしく人類の脅威と相成ったのである。

 まあ当の本人は、あまりやる気はないのであるが。

 これから、世の潮流というものは変わっていくだろう。

 世の特権階級たちは慌てた様に脳内端末を除去し始めるだろうし、その形振り構わない様子に選別されなかった者達ですらなにかを気づき始めるかもしれない。相も変わらず、私という虐殺装置は健在なのであり、その刻限は近づいてきている。きっとその直前には世界中で一波乱が展開されるに違いない。

 そのときは混乱に拍車をかけても面白いかもしれない。

 すでに私にとって人類とはなんの興味もない生物となっている。ただの一種族だ。なにがどうなろうと私の感情を揺らすべきものはない。ただありすが健やかに生存できるのであればそれで問題ないのだ。

 しかしありすにとっては私と事情が違う。

 さすがに自分と同じ生物が地球上からいなくなるというのは、穏やかにいられる事柄ではないだろうし、あおいも彼女が他人と関わることを望んでいた。

 やはりありすに決めてもらうしかないのだろう。

 人類が生存するか否か。

 しかしこのままではあまりに私の勝ち目が多すぎて面白くない。

 ありすはきっと私を選ぶ。そんなことは分かりきっていた。


「さて、どうしたものか」


 私は呟いて空を仰ぎ見る。快晴の青空がひろがっている。

 じつに清々しい光景だ。できることならば幻ではなくこれを彼女に見せたかった。実体のない我が身を呪う。

 私が感じることはないが炎天直下らしく、地上を歩く人々は私のように空を仰ぎ見たりせずにさっさと地下へと入り込んでいく。私は不思議に思う。そんな彼らは何が楽しくて日々を生きているのだろう。私だって自分が何者か判別できていないが、彼等も大概だ。こんな素晴らしい光景を仰ぎ見ることのない生には意味なんてものがあるのだろうか。

 そんなふうなことを考えていたのなら、後ろから声をかけられた。

 何の変哲もない一人の青年。

 若干変わり者のようで私と同じように、青空を拝みにこの空中庭園へと足を運んできたようだ。そして私が飛び降り自殺をしようとしていると勘違いして声をかけてきた。

 私と似ているな。

 それが彼に抱いた、第一印象であった。

 すでに彼がどういう人間で、どういう生い立ちを経て、ここにいるのかは把握済みである。彼の脳内端末を通じて彼の人生はすべて精査した。それをふまえて感じた印象であった。

 ふと思いついた。

 では彼をありすのもとに連れていく同行者とするのはどうだろう。

 ありすと彼を深く関わらせて、大事な友人となってもらうのはどうだろう。

 その上で、ありすに選ばせるのだ。彼と私のどちらが大事なのかと。

 それは常の私にはない思考だった。

 どちらかというと私の創造主が面白半分に思いつきそうな愚考である。第一悪趣味にもほどがある。しかし私はそれを実行するつもりになっていた。

 それこそがあの性根が悪くそして誰よりも私の愛する彼女へ、一番の手向けになる気がしたからだ。「面白そう、やっちゃえ」そんな言葉が聞こえてきそうな気がする。

 私は彼と会話しながらそんなことを考えていた。

 そして私の実体を知り驚く彼を目の前に、名前を告げた。


「私の名前はギミック。人工知能だ」

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