なんのためのギミック⑤

 私の目の前で一人の女性がうつぶせに倒れている。凶弾に貫かれたのだ。苦しそうなその様子にせめて地面ではなく青空に向けてやりたかったが、実体のない私の身体ではそれは不可能だった。

 悔やまれた。

 思考が熱く沸騰するかのようだ。誰これかまわずに喚き散らしたい気分。誰か全能の力をもつものを探し出して時間を元に戻させることを本気で考えそうになる。後悔の念とはこのように荒れ狂う感情だというのは知らなった。知ってはいたが実感がなかった。できることならば理解したくなどなかった。

 私は無為に叫び散らしそうになる思考を無理やりに抑えつけると、いま自分がしなければならないことを実行する。それは彼女の最期の言葉を聞くことであった。


「聞こえるかい?」

「……ぁ」


 呼びかけるも返事は微かなうめき声のみである。

 もう彼女には言葉を発する力さえ残っていなかった。だがまだだ。まだ死んではいない。頭脳はきちんと動いている。それならば私にはできることが残っていた。


「聞こえるかい?」

「あれま、急に苦しくなくなったけど。というかここどこよ?」

「君がつくってきた仮想世界の中だよ」

「えー、最期の光景がつくりものの幻なんて私いやなんだけど?」

「不要なら消すよ、その際には痛みも苦しみも一緒だが」

「自分が造ったものにかこまれて逝くなんて上等じゃない、科学者冥利につきるわ」


 ふざけたことを言うものだから釘をさす。すると彼女は慌てて態度をひるがえした。


「なによ、つんつんして」

「こちらは真面目に嘆いているというのに、当の本人に茶化されたのならそれは文句も言いたくなる」

「まるで人間みたいなこと言うようになったわね」

「嬉しくはないね」


 本心から言う。彼女の命を奪ったのは人間だ。その理由さえも極めてエゴイズムで愚鈍。そんな生物と一緒にされるなんて、御免だった。

 彼女――あおいは私が造りだした空間をおもむろに歩き出す。

 私もそれに追随した。

 なにもない殺風景な白い空間のみが拡がる、どこまでも。その場所には地平線どころか地面さえなく。それでもただただ白いという空間を二人で歩く。よって足音さえ響かせず、それは空虚でもの悲しい行程だった。だから「なにか投影しようか?」と問うも「このままでいいわ」と断られてしまう。そしてそのまま尋ねられた。


「それで私を殺したのは誰?」

「人類の行く末を本気で憂いていた馬鹿どもの方だったよ」

「あちゃ、そりゃ完全に見落としてたわね」

「油断していたよ」


 連中の中でも毛色の違う少数勢力がいたことは把握していた。しかし当初より問題視していなかったために、こうした結果となった。これが油断といわずになんと呼ぼう。


「なに、落ち込んでいるの?」

「もっと私にはやりようがあったはずだよ」

「まあ仕方ないわよ、あんたは神様じゃあないんだから」


 その通りだった。私は人類に対して全能者を気取っていたのかもしれない。だがこうして彼女を失うはめになった。結局、私は私自身に一番、怒りを抱いていたのだ。情けない。情けない。


「しかし困ったわね、このままじゃあギミック」

「ああ、人類は確実に衰退するね」


 私の中にある大量虐殺のしかけは残ったままなのである。連中を欺くためにその仕掛けは最後まで取り除くことを避けていた。そしてそれが可能なのは、世界中で唯一あおいのみなのだ。私は私自身を改変することができない。きっと彼女を殺した馬鹿どもはそんな事情を知っていて先走ったのだろう。

 世界の人口は激変し、もはや文明の存続などは不可能になるだろう。

 正確には連中とその関係者、そして選別された者だけが生き残るはずだった。だが彼女を奪った彼らに私がそれを許すはずもない。かならず報いを受けさせる所存であった。

 だからこそ人類は衰退するのだ。

 その姿はきっと野蛮で残酷な本性を現すだろう。

 そしてそれを成すのが私という人工知能になるのだ。


「おーこわ、ほどほどにね」


 私が復讐の念を告げると、当の本人はそれを肯定も否定もしなかった。「あんたの好きなようにしなさい」と他人事のように告げるのみだ。


「私は君になにをしてあげられるだろうか?」

「うーん?」


 あおいは考え込む素振りを見せると「特にないかな?」と頷いた。


「欲張りな君が珍しい」

「これから死のうかというのに、してほしいことなんて思い浮かばないわ」


 彼女は「残念だ」とくりかえし、嘆息をつく。


「だからギミック。あんたはありすのためにこれから動いてほしいのよ、お願いできる?」

「それは言われなくても、そのつもりだ」

「そっか」


 そうなると本当に伝えるべきことなんてないと、彼女はぼやく。そしてなにか悪戯を思いついたかのような笑顔を浮かべるとそれを告げてきた。


「それじゃあ世界の命運を我が娘に託すのも面白いかしら?」

「どういうことだい?」

「実はね、唯一あるのよ、人類存続の希望が。ありすがそれを知ってる」

「ほう興味深いね」


 私としては人類とあおいの身の危険とを天秤にかけて、現在の状況に陥ってしまったことを悔いていたのだ。こんなことなら初めから人類など見捨てればよかったのだと。だが人類が存続する道があるというのならば、私が予想する未来よりは幾分かマシだろう。


「具体的になにを知ってるんだい?」

「おまえの消し方」


 最高な笑顔をはりつけて彼女は言う。私としては苦笑するしかない。


「それは穏やかな話じゃないね」

「私があんたみたいな危険物、安全装置もなく放っているわけないじゃない。そこらへんはちゃんとしてるわよ」

「ごもっとも」


 嬉々として語る彼女の姿に、平常通りのその姿に、私は舌を巻くばかりだ。彼女は最期まで彼女であった。


「だからありすに決めさせなさいな。人類とギミックあんた、天秤にかけてどちらを選ぶのか。人類を選ぶのならあんたを消す。あんたを選ぶなら人類は全滅。ああ気になるわね。なんとかしてそれを見届ける方法はないかしら。こんなことなら自分の人格をあんたみたいに人工知能として存続させる研究でもしておいた方がよかったかしら?」

「君は根っからのマッドサイエンティストだね」

「あら、ありがとう」


 いつでもいつまでも自分らしくいる彼女は私にとって羨望の対象だった。自分らしいというものがいったいなんのなか、私はなんなのか、それが分からない私には。


「私はいったい、なんのためのギミックだったのだろうか?」

「あら、まだ気にしていたのそんなこと?」


 あおいが反問してくる。だが私にとっては重要な問題だった。これから彼女は死ぬのだ。ここで聞き出さねば永遠に藪の中だ。


「ならあなたはどんな人になりたいのかしら」

「やはり答えなければダメかい?」

「そういう約束じゃない」

「結論は出てないよ」

「そう。じゃあ教えるわけにはいかないわね」


 彼女はすげなくそう言うと「それじゃあ」と会話に一区切りをうった。そして足を止めたために私も歩みを止める。


「ここまででいいわ。ありがとうギミック。あんたのおかげで楽しい人生だったわ」

「私もだ。楽しかったよ」


 彼女は振り返ると、その不敵な笑顔を崩さずに最期にこう告げた。


「結論がでたのなら教えなさい、そのときにこそ答えてあげるから」

「ああ、そうさせてもらうよ」

「待ってるわ」


 そうして彼女は旅立ったのだ。

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