第二話 くん煙殺虫剤

「これは依頼の選択を間違ったかな」


 俺、オッスントは倉庫の中で一人ごちた。


 今日の依頼はスライム退治の依頼がなくなったので、代わりに受けたゴキブリ魔獣退治だ。

 ランプに照らされそこかしこに色とりどりのゴキブリ魔獣が動き回る。

 カサカサという音が気持ち悪い。




 足元に来た紫色のゴキブリ魔獣を踏み殺す。

 うわ、確かこいつ毒持ちだったよな。

 ブーツを後で洗わないと。


 クソ、十センチぐらいのゴキブリ魔獣が足を伝って背中に回った。

 パニックになりながら、急いで払い落とす。


 中には顔に向かって飛んでくる奴もいる。

 使いたくはなかったが、下ろし立ての剣鉈でなぎ払う。

 三十センチもある硬いゴキブリ魔獣が一撃だ。

 剣鉈は金貨二枚でアイチヤから買った。

 奴には塩で大分儲けさせてもらったから、そのお礼だ。




 穀物を入れた麻袋がモゾモゾ動くあの中は見たくないな。

 ランプを床の塊に照らすと一斉にゴキブリ魔獣が散る。


 これは一匹づつ殺していたらどうにもならないな。

 普段、人のこない食料倉庫とはいえ、こんなになる前に気づかなかったのか。

 よし、作戦を立ててなんとかしないと。


 魔法使いでもいれば冷却の魔法で一発なんだが、倉庫の大きさに冷却を掛けれる魔法使いに当てはない。

 俺は魔法使い見習いをやっていたけど、コップを冷やすぐらいしか出来ない。


 とりあえず罠を仕掛ける事にした。

 金網の罠に餌を入れて仕掛ける。

 時間が経って見に行くと金網が食い破られていた。

 こんなのどうすれば良いんだ。




 次は粘着性のある液体を板に塗ってその上に餌を置いた。

 見に行くと液体が全て食われている。

 こんな物まで食わなくても良いのに。




 こうなったら意地だ。

 簡易魔道具を作ってその上に餌を乗せる。

 魔道具に魔獣が踏み込むと感電するという仕掛けだ。

 魔道具作りは魔法使い見習いの時に覚えた。


 周りにもいくらか餌を撒く。

 次に見に行くと魔道具の上の餌はそのままで、周りだけ綺麗に食べられていた。




 もうアイデアは浮かばない。

 アイチヤを頼るか。

 倉庫の前で魔道具を起動する呪文を唱える事にした。


「デマエニデンワ」


 プルルルと何時もの音がする。起動音はもっとましなのが無かったのか。

 ガチャっと音がして念話が繋がる。


 俺のゴキブリ魔獣を殺す道具をとの注文に、アイチヤは煙の出る道具を薦めて来た。

 煙で殺すのか想像できないな。

 効果に疑問を持った俺は役に立たなかったら金を払わないと伝えた。


 ガチャという音で念話は終わる。


 三十分ぐらいしてアイチヤが光と共に現れる。


「ちわー、アイチヤです。配達に来たっす」


 アイチヤが軽い調子の言葉で挨拶をする。


「本当に効果が無かったら金を払わなくて良いんだな」

「それで良いっす」


「注意点はあるか?」

「煙が出るので火事と間違われない様に注意するっす。煙を吸い込まないように火を付けたらすぐはなれるっす。食器や食べ物は密閉しておくっす」


 俺はスライム退治の時のように問題が出ないか心配になってアイチヤに質問した。

 アイチヤの返事はどれも問題が無いように思える。

 火事は付近の住人に説明すれば大丈夫だ。

 食べ物はゴキブリ魔獣が汚染しているから、廃棄予定。


「分かった。気をつける」


 俺の言葉を聞いて、アイチヤは黒い筒を十個取り出して渡してきた。


 アイチヤが帰るのを見てから、付近の住人に説明に回る。


 倉庫が立ち並ぶ一角だから、住人は殆んどいない。

 説明は簡単に終わった。




 さて始めるか。

 筒の蓋を取って擦る。シュボっと火が点くと同時に煙が出始める。

 急いで十個全てに火を点け倉庫の外に出た。


 しばらくするとモクモクと煙が建物の隙間から出てくる。

 通行人が騒ぎ始めた。


「おい、火が出ているぞ! 火事だ! 通報しろ!」


 通行人の一人が叫ぶ。


「待ってくれ。あれは煙だけで燃えている訳じゃあない」


 俺は通行人の言葉に面倒な事になったと思いながら制止の言葉を掛けた。


 通報しろと言っていた人は納得したが、周りに集まった野次馬が火事だと騒いで大騒動になった。

 おいおい、これはギルドに怒られるパターンじゃないか。

 大声を張り上げてあれは火事じゃあないと叫んでも群衆の声に消されて効果を上げてない。

 仕舞いには水を倉庫に掛ける人も現れた。

 火消しの一団がやってきて、どうも普通の火事ではないと気づく。

 俺が説明に行くと非常に怒られた。

 今回はアイチヤに注意点を聞いていたから、アイチヤに責任を負わせられない。

 困ったもんだ。



 煙が出なくなったので、しばらくしてから搬入口を開放して中の空気を入れ替える。

 意を決して中に踏み込むとゴキブリ魔獣は全て死んでいた。

 キラリと光る物があるのに気づく。


 メタルコックローチじゃないか、これは大儲けだ。

 なにせ高級鎧の材料だからな。


 あそこに見えるのはジュエルコックローチ。

 これは加工すると良い魔法触媒になる。


 こっちはミスリルコックローチ。

 これは鋳潰すとミスリルが取れる。

 どちらも高い値段で売れる。


 どうやら一日にして大金持ちになった。

 アイチヤはお金の神。絶対だ。




 そうだ。


「ステータス・オープン」


 俺はステータスを確認する。


――――――――――――――――――

名前:オッスント LV17

年齢:20

魔力:584


スキル:

抽出


称号:

スライムキラー

ゴキブリキラー

――――――――――――――――――


 レベルが十も上がっている。

 こんなに上がるなんて、もの凄い数がいたんだな。

 キラー系の称号はその魔獣に対して攻撃力が上がるという物だ。

 あって邪魔にはならないから、喜ぶべきところなんだが。

 ゴキブリの名前が付く称号はなんとなく嫌な気分。

 そうだ、アイチヤにお金を払わないと。



 念話で呼び出すと、お金は次回なにか注文する時で良いと言っていた。

 荷車を借りて高く売れそうなゴキブリ魔獣を満載してギルドに引き上げる。

 街の様子が何時もと違う。

 すれ違う住人の目がギラギラしている様に見える。

 店が壊れている所が幾つかあった。


「ばかもーーん! お前何をしたか分かっているのか!?」


 ギルドで職員にいきなり怒声を浴びせられた。


「なんです?」

「お前のせいで暴動が起きそうになったんだぞ。幸い死人は出なかったが」


 今ひとつ状況が分からない俺は疑問を口にした。

 ギルド職員はため息をついてそれに答えた。


「どういう事なのか、さっぱり分からないです」

「火事が起きると泥棒や略奪が多発するんだよ」

「えっ、だって火事じゃあないですよ」

「まあ、火事で無いと分かってすぐ収まったが、被害額は凄いぞ。罰金だな」


 俺の言葉にうんざりした様子で説明するギルド職員。


「そんな。表にあるゴキブリ魔獣で足りますか?」


 俺は絶句し、一泊置いて尋ねた。

 ギルド職員は確認のため表に出て行った。


「まあ、なんとかなるだろう。足りない分は借金だな」


 ギルド職員は表に停めてある荷車を見て呟いた。


 冒険者は討伐中の被害については罪に問えないようになっている。

 そうしないと誰も討伐しないからだ。

 しかし、被害についてはギルドが補填しなければならない。

 そう法律で決まっていた。

 例えば討伐で一般人の死人がでると補填額は大きな数字になる。

 ギルドは補填額を罰金として冒険者に払わせる事に。


 幸い罰金は売却益で事足りた。

 いくらか利益も出たが、雀の涙だ。


 アイチヤの金の神発言は取り消す。

 捻くれた金の神だ。



―――――――――――――――――――――――――

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