七丁目:さくらの約束

 悪魔の不倫(?)事件も片が付いたところで、そろそろ本題に入ろうと思う。

 時計の針は午前三時半を回っている。

 

 私がエナジードリンクを飲み終えるのを見届けてから、宮守日寺みやもりひでりは話し始めた。

 

「私たちがここに来た理由はただ一つ。今夜決行される『邪神一掃作戦』——略して——『桃太郎と愉快な仲間たち作戦っ!』に参加して欲しく、お願いに来たのだ」

 

 十一文字から十九字へ。

 全く略になっていない。

 その上、内容も分かりにくくなっている。

 序盤からボケないで欲しい。

 

「略すどころか、逆に長くなってるじゃないの。しかも分かりにくいし」

 

「……ねえさん、その略称間違ってる。正しくは、『オニギリ作戦』」

 

 姉のフォーローをする妹、宮守雫     しずく

 睡魔と戦うことがもう無理らしく、目がうつろになっていた。

 

「あれっ? そうだっけ? ……まあ、しーちゃんが言うなら『オニギリ作戦』なのか。……あたし、馬鹿だかんな~。説明はしーちゃんがしてくれよ」

 

「……ムリ……もう、ダ……メ……」

 

 雫、ダウン。

 体育座りの状態からそのままゴロンッと横に倒れたかと思うと、もう寝息をたて始めていた。

 

「じゃっ、じゃあ時雨しぐれは?」

 

 視線を雫から七瀬ななせ時雨(座敷わらし)へと移す日寺。

 セリフが少ないとぼやいていた時雨は——既に夢の中だった。

 

「もう食べられないですよ~……ムニャムニャ」

 

 あんなにあったお菓子の山は消え、ちゃぶ台には食べカスも残っていない。

 

 まさか、あの量を一人で食べたの!?

 しかもこの短時間で!?

 ……ありえない。

 

 お腹はスイカでも入っているかのように膨れ、苦しくなったのか帯を緩めて仰向けに寝ていた。

 着物(特に胸の部分)がはだけ、あられもない姿になっている。

 

 なんでだろう。

 ラッキースケベなはずなのに何も感じない。

 写真を撮る気にも、イタズラをする気にもならない。

 

 時雨は手足を大の字に広げ、ニヤニヤと笑いながら寝ている。

 

「牛丼、肉マシマシの汁ダクダクでぇ。……おかわり~い」

 

 注文細かっ!

 で、速攻で完食してるし。

 さっき、『もう食べられないですよ~』って言ってなかった!?

 

「……時雨……もう私、牛丼食べれない」

 

 どうやら時雨と雫の夢が繋がったらしい。

 

 もういいよ!

 夢の中で楽しくやってくれ!

 

 そんな様子を見て、日寺はやれやれと肩を竦める。

 

「……みんなダウンか。しょうがねえ、あたしが頑張って説明してやんよ」

 

 なんか心配だなあ。

 

(本当に日寺で大丈夫か?)

 

 私が思っていることを悪魔が代弁した。

 そうは言っても、日寺には聞こえていない。

 悪魔は先程の騒動の後、罰として私の中に閉じ込めているから。

 

 まあ、私が悪魔を装着しているだけなんだけどね。

 

(つべこべ言ってもしょうがないでしょ。みんな寝ちゃったんだし)

 

 悪魔にはそう言ったものの、確かに不安なのよね。

 でもこの際、しょうがない。

 

「そうね、そうして頂戴」

 

「おうよ、任せとけっ!」

 

 日寺は腕を組み、座り直す。

 新しい棒付きキャンディーを口に入れてから、再び話し始めた。

 

「最近、鬼が増えてんのは聞いてるよな? あたしら、宮守神社でも狩ってはいるんだが……如何いかんせん出没範囲が広くて、戦力が分散しちまってんだよ」

 

「それで私に鬼退治を依頼してきたのよね?」

 

「ああ、そうだ。……しかしな、このままじゃイタチごっこからの泥仕合どろじあいになっちまう。あいつら狩っても狩っても湧いて出るし、出没範囲は広いし……。そこで、今夜決行の『オニギリ作戦』だ」

 

「ほ、ほう?」

 

「『オニギリ作戦』とは、それ即ち——文字通りオニギリだっ!」

 

 下手したら私よりもペタペタの胸を張って威張る日寺。

 言ってやったり、みたいな顔をしている。

 

 威張ることでもないと思うわよ!?

 意味不明だし。

 

「満足げなところ申し訳ないのだけど、これっぽっちも理解できなかったわ。日本語を喋ってくれるとありがたいのだけれど」

 

「くっ! やはり人類はあたしを理解できるほど進歩していなかったか!」

 

「進歩してないのは、あなたの方だと思うわよ?」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

「じゃあ、もう少し進歩した話し方をしよう」

 

 あっ、認めるんだ。

 そのいさぎよさ、男らしい(、女の子なんだけど)。

 

「一応とはなんだ! 一応とは! しかも、ご丁寧なことに傍点まで付けてるし」

 

「あら、読解力だけは凄いのね。まさか地の文を読むなんて」

 

「あたしは自慢じゃないが、女子力は結構高い方だと自負しているのだ!」

 

「へぇ~。良かったわね」

 

「なっ、なんだその可哀そうな人を見る目はっ! さては……信じていないな! あたしだって、料理くらい作れるもんね!」

 

「さて、何を作れるのかしら? まさか、ハンバーグくらいで威張ってるわけじゃないでしょうね、日寺さん」

 

「ふっ、知ったことを。……聞いて驚け! あたしはカップラーメンを美味しく作れるのだ!」

 

 逆に驚いたわっ!

 カップ麺を作れるくらいで女子力高いなら、全人類のほとんどが女子だっつーの!

 

 日寺視点だと、この世界には女子しかいないようだ。

 

「……凄いわね。色々と」

 

「にゃはははっ、そうだろう? もっと褒めてくれてもいいんだぜ? ……しかもなんと、あたしが作ると量が増えるんだ! まあ、その代償としてスープが毎回なくなるんだけどな」

 

 この女、カップ麺もロクに作れないらしい。

 そんなことも知らず、満面の笑みでくねくねと身体をよじりながら「そう褒めるなって、照れんだろうが、このこのっ」と言ってくる日寺。

 

 羨ましいくらいの幸せ者ね。

 ここまで来ると脳内お花畑の規模が違うわ。

 ……はあ。

 どうして私の周りには変人ばかりが集まるのかしら?

 

「話がれたがな、女子力女王のあたしが説明すると——ぎゅっとして、ばぁぁんってこと」

 

 以上、女子力女王さんの説明でした。

 

「退化してどうすんのよ!」

 

「いやぁ、進歩しろって言われると退化しちまうんだよな。ほら、よくあんだろ……えっと、ツンドラ? ツンデる?」

 

「あなたの頭が詰んでるわよ。正しくはツンデレよ」

 

「そうだったのか。そこら辺の知識はあまりなくてな。……べっ、別に誤魔化してるわけじゃないんだからねっ!」

 

「……そろそろ単細胞生物に戻ったら?」

 

「せめて人間に戻してくれ! ……そうだな、そろそろ真面目にやらんと。このままではおバカキャラになってしまう。こう見えても、成績は学年トップテンに入っているからな、えっへん!」

 

 くっ、この天才が。

 私は成績が全てではないと、声を大にして叫びたい!

 

(単なる負け惜しみである。ちなみに影切桐花かげきりとうかの成績は——)

 

(おい、悪魔。変なナレーション入れてると再起不能にするわよ)

 

(だって、今回僕のセリフ少ないんだもん。このくらい、いいだろ)

 

(このくらいですって? ……いいでしょう。その度胸に敬意を表して、今すぐ死ぬか、私に永遠に寝かしつけられるか、選ばせてあげるわ)

 

(はいっ! 今すぐ自分で寝ます! おやすみっ!)

 

 悪魔は速攻で寝息をたてる。

 悪魔が寝てしまったので、お面を外して膝元に置いた。


 これで邪魔者の排除は完了。

 

 誤解されちゃ嫌だから言っとくけど、成績は中の上だかんね。

 勘違いしたら承知しないわよ。

 

「終わったか?」

 

「ええ、悪魔はもう寝るって。待たせて申し訳なかったわね」

 

「そっか、残念だな。もっと遊びたかった」

 

「そんなことより、早く説明してくれないかしら。ま、じ、め、に、ね」

 

「了解した。だからさ、その恐い笑顔をやめてくれ! 正直、チビりそうになるぜ。お~、ブルブルガタガタ」


 私の顔を見て、震える日寺。

 両手で両腕をさすっている。


 私の顔って、そんなに恐いのかしら?


「……おほんっ、この天才ひでりんが説明すると、今回の作戦は——その一、県庁の周りに大規模な結界を張る。その二、結界内に魔法陣を展開して鬼を呼び寄せる。その三、結界を閉じ、鬼を封じ込めて一掃する——とまあ、この三段階だ」

 

「やればできるじゃない」

 

「へんっ! DIYだかんな」

 

 何を作んのよ。

 確かに最近流行っているけど。

 それを言うならYDKでしょう。

 

 日寺は褒めてダメになるタイプらしい。

 だから私はあえてツッコまない。

 

「で、私は三段階目に参加すればいいのね」

 

「おいおい、そこはDHAでしょ、ってツッコむとこだろ」

 

 さらにボケるならこっちにも考えがあるわ。

 必殺ボケ返し!

 

「どうして、ドコサヘキサエン酸? それを言うならBNOでしょう」

 

「我らの憧れ『某(Bou)ネズミ(Nezumi)の王国(Oukoku)』を出すとは……強い」

 

「KMLもあるわよ」

 

「KML?」

 

「我らが『香森(Koumori)メリー(Merry)ランド(Land)』よ。あなたも行ったことくらいあるでしょう?」

 

「もちろん! おすすめはゴーカートだな。あれは『某カーレースゲーム』の気分を味わえてサイコーだぜ。バナナの皮も常備してるしな」

 

「私は俄然『臓物ジェットコースター』ね。内臓が浮くあの感じ、たまんないわ」

 

「……でさぁ、なんの話だっけ?」

 

「IDK(アイ ドント ノウ)だわ」

 

 ノリがよく分からなくなってきたので、そろそろ本題に戻りましょう。

 このエピソードで何回本題に戻ればいいんでしょうね。

 

「ああ、そうだ。作戦の話してたんだった」

 

 ポンと手のひらを拳で叩き、話題を思い出した自称成績上位者。

 

「で、桐花には最後の鬼の一掃に加わってほしいんだ」

 

「それはいいけれど、戦術とかあるの? 私、そういうの苦手なんだけど」

 

「そこは心配するな。桐花は好きにやってもらって構わないってさ。あたしたちも適当にドンパチするだけだし。まあ、『神社部隊』は作戦行動するらしいけどね。そうそう、今回の作戦には戦車とか軍用ヘリとか巨大ロボとかも参加するって言ってたな」

  

「何そのカオスな状況! そんな大規模な作戦、ほんとにできるの? 県とか警察とかには許可取ってあるんでしょうね」

 

 私みたいに学校でやるくらいなら許可はいらない(*いります)けど、県庁周辺よ?

 しかも、戦車に軍用ヘリですって?

 とりあえず最低でも警察、県、国の許可は必要でしょうね。

 ……でも、巨大ロボットの申請はどこにすればいいのかしら? 

 

「ちなみに、巨大ロボットは嘘だかんな。調子乗っちまった。失敬失敬」と付け足す日寺。

 

 巨大ロボは嘘だとしても、宮守神社が大規模な戦力を保有してること自体が謎ね。

 

「あたしたちみたいな『陰陽師』が集まってる神社には、国と県の補助があるんだ。なんだったけな……確か『陰陽省おんようしょう』とか言うおおやけになってない裏役所に属してんだよ。だから、作戦計画が国に通りさえすりゃオールクリアってわけ。あとは全部、国と県が何とかしてくれる」

 

 あれっ?

 なんか規模デカくね?

 確かこれは『地方活性系アニメ~恐竜少女あいどる作戦!~』みたいな地方を舞台としたストーリーだったはず……。

 

 まあ、いっか。

 大は小を兼ねるって言うしね。

 

「じゃあ、思いっきりぶっ壊しても怒られないってこと?」

 

「そういうことだ。一般人に知られないよう動いてくれるらしいし。その上、どんだけ破壊しても夜明けまでには修復してくれるってさ」

 

「……それ、マジハンパねえですわ。好き勝手出来るなんて、こんなに興奮することはないわね!」

 

「だろっ! ハンパねぇよなあ。あたしもこんな大規模作戦初めてだから楽しみなんだ」

 

「「あ(にゃ)はははははははははっ! あ(にゃ)ははは……は、はは………………はぁ」」

 

 日寺も私も口ではこう言っているが、その場のノリというかなんとかで、正直少しビビっていた。

 

 だって私、こんな大規模な戦闘したことないもの。


 何が起きるかは蓋を開けてみないと分からない。

 鬼が出るか蛇が出るか……。

 まあ、鬼は絶対に出るんだけれど。

 そう言えば、宮守神社は『神喰い目玉』の存在を認知しているのかしら?

 

「ねえ、日寺さん。神喰い目玉って知ってる?」

 

「なんだそりゃ? 目玉なのに神を喰うのか? 随分と変な奴だな」

 

「……そう。知らないのね。じゃあ、いいわ」

 

「おいおい、そこまで言ったなら教えてくれよ。気になるだろうが。今夜、寝れなくなるだろ」

 

「知らなくていいことが世の中にはたくさんあるのよ。だから日寺さんは知らなくていいの」

 

「ちぇ~~。ま、秘密の一つや二つくらい誰にでもあるわな。しょうがない、あきらめる」

 

 あっさりと引き下がってくれてとても助かった。

 

 私が神喰い目玉のことを教えないのには理由がある。

 それは、日寺さんたちを危険な目に遭わせない為。

 

 数時間前、私は神喰い目玉に敗北している。

 百パーセントの力ではなかったにしても、この私が負けたのだ。

 

 一般人よりも神に近い私が。

 悪魔とタッグを組んでいるバケモノが。

 傷一つ残せず、完璧に敗北した。

 

 そんな相手に、果たして宮守姉妹や時雨ちゃんは勝てると思う?

 

 私はまだ、彼女たちの実力を知らない。

 でも、彼女たちの言葉を信じるとすれば所詮巫女。

 陰陽師って言ってもなのには変わりない。

 

 時雨ちゃんも例外ではないわ。

 何か特別なことでもない限り、妖怪である座敷わらしが神に近い神喰い目玉に勝てるわけがない。

 

 仮に対戦でもしてみなさい。

 彼女たちは瞬殺されるでしょうね。

 もしかしたら、死んだことにも気が付かないでしょう。

 

 そのくらいアイツは強い。

 だからこそ知らなくていいの。

 

 その代わり、私がアイツをぶった斬る。

 

 これ以上強くなる前に。

 新しい神——悪神が誕生する前に。

 これ以上、神喰い目玉に喰われる人間が増えないように。

 人間を喰っていないにしても、その可能性がある限り脅威は排除する。


 大切な人を失うのは、私だけでいい。

  

「そういや、いま何時だ? 説明も終わったし、あたしらも早く帰って寝ないと」

 

「え~と、四時過ぎ……てっ、もうそんな時間!?」

 

「ちと長居ながいしすぎた。そろそろ帰るわ。しーちゃん、時雨~~。起きろ~、帰るぞ~~」

 

 そう言いながら、日寺はハイハイで雫と時雨に近づき、二人を揺すった。

 

「もうそんな時間ですか~~? じゃあ、延長お願いします~!」

 

 口からヨダレを垂らし、にやけ顔で寝ている時雨。

 対して雫はと言うと、苦しみうなされながら寝ていた。

 

「……う~ん……肉が、肉が迫ってくる……ぎゃぁぁぁ、肉雪崩にくなだれがっ! ……頼みすぎ、時雨……うおぇ~……」

 

 まだ、食べてたらしい。

 文字通り『天国と地獄』ね。


 牛丼を食べてたはずが、いつの間にか食べ放題になってるし。

 肉雪崩が起きるくらい注文するなよ。

 雫さん、ドンマイ。

 

 てか、時雨ちゃんってどんだけ食いしん坊なの!?

 それでいて、そのスタイルを維持できてるなんて……羨ましい。

 

「ダメだ。起きない。も~、またあたしが担いで帰んのか」

 

「あきらめるのはまだ早いわ。もう少し粘ってみなさいよ」

 

「じゃあ桐花、起こしてみてくれ」

 

「しょうがないわね」

 

 私はやれやれと肩を竦め、笑いながら寝ている時雨に近づく。

 

 知ってる?

 寝ている人を確実に起こす方法は色々あるけれど、コレが一番効果あるのよ。

 

 私は右手の親指と人差し指で時雨の鼻つまむ。

 さらに左手で口を塞いだ。

 

 絶対に起こせる自信があるわ。

 

 だって悪魔にこの方法をやると、必ず起きるもの。

 でも、起きた後もやり続けるってことを繰り返していたら、私がモーションに入っただけで起きるようになっちゃった。

 

「…………んーー……んーーー………………ぶはっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ——冷麺が喉に詰まって死にかけました! って、夢ですか」

 

 冷麺が喉に詰まること、あるある。

 私も何度三途の川を見る羽目になったことか。

 美味しいからついつい焦って食べちゃうのよね。

 

 よしっ、これで時雨は起きた。

 お次は雫さん。

 

 私が次の獲物に向かおうとしたところで、日寺のストップが入った。

 

「しーちゃんにその方法はやめてくれ! 桐花ってドSなのか?」

 

「優しく起こしてあげてるじゃない。少しばかり、天国気分を味あわせてあげてるだけでしょう」

 

「天国気分じゃなくて、下手したら天国に行っちまうっ!」

 

「だって面白いんですもの……ふふふ」

 

「うぉお、そのドSスマイルこえ~。とっ、とにかく、しーちゃんは担いで帰るよ」

 

 そう言うと日寺は立ち上がり、雫を肩に担いで玄関へと向かった。

 その背中を追うように時雨もてくてくと歩いていく。

 

 スキー板を装着する感じで、手を使わずにスニーカーを履く日寺。

 日寺と同じ動作で草履を履く時雨。

 

 あれ? 

 草履ってあんなスタイリッシュな履き方できたっけ?

 

「時雨、しーちゃんのブーツ持ってくれるか?」

 

「了解です!」

 

 雫さんはブーツで来たのね。

 鬼退治の後だって言ってたような……。

 まさか、その格好で戦ったの!?

 

「それじゃ、また今夜な!」

 

「お邪魔しました~」

 

 時雨がドアを開け、先に出てストッパーの代わりをする。

 次いで日寺と担がれた雫が出た。

 

「そう言えば、開始時刻伝えてなかったな」

 

 時雨がドアを閉めようとしたそのとき、日寺が流し目になりながらそう言った。

 

「開始時刻は今夜七時。『さくらまつり』の提灯ちょうちんと街灯がくから。それが結界が張られた合図だ」

 

 さくらまつり、か。

 もうそんな時期になったのね。

 私には関係のないことだから、気にもしていなかった。

 

「分かったわ」

 

「……これが終わったら、一緒に行こう。さくらまつり」

 

「分かったわ。……って、えっ?」

 

「いいですね~! 焼きそばに、チョコバナナに、焼きトウモロコシに、イカ焼きに、リンゴ飴に、……じゅるっ……楽しみです!」

 

「いや、ちょっと——」

 

「ツベコベ言うなって。……約束だかんな。じゃ、おやすみ」

 

 私が「待って」と言おうとしたときには、既にドアは閉められていた。

 どうやら、さくらまつりに強制参加させられることになったらしい。

 

 面倒くさくて、嫌……なはず。

 

 なのになんだろう、この胸の高鳴り。

 胸が熱くて、ムズムズして、何かが湧き上がってくるこの感じ。

 もしかしたら、にやけ顔にさえなっているかもしれない。

 

 どうしよう、四時半を過ぎたってのに全然眠くない。

 さっきまであんなに眠たかったのに。

 悪魔は本当に熟睡してしまっているというのに。

 

 どうして?

 いまさらエナジードリンクが効いてきたのかしら?

  

 結局、その後二時間は寝ることができない私であった——————。

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