六丁目:お菓子なゲームとコスプレ少女

 お風呂から上がった私は、悪魔が準備していた下着とジャージに着替え、ドライヤーで髪を乾かしてから三人の元へと向かった。

 

 着替えの用意をしていてくれたことは、とても助かったわ。

 だからまあ、この際下着については触れまい。

 あのままじゃ全裸で登場せざるを得ないトコだったから。

 そんな姿では、本当に露出狂変態痴女の烙印を押されてしまうからね。

 

 ちなみに、現在私は悪魔を装着している。

 初対面の人と会うのは苦手だし、何より恥ずかしいから。

 

 顔を合わせなければ、目を見なければ、なんとかなるさ……多分。

 それに一番近くに悪魔がいるから大丈夫。

 

 別に悪魔にデレたわけじゃない。

 でも実際、悪魔と同化することで——悪魔を頼ることで平常心を保とうとしている自分がいる。

 

 こう見えても私、日頃から悪魔には感謝してるんだから。

 口には出さないけれどね。

 

 お風呂からリビングに繋がる扉を開けると、七瀬時雨ななせしぐれと二人の少女が三者三様なことをして私を待っていた。

 

 服装も着物、ジャージ&パーカー、軍服(多分、海軍の)モチーフファッションとこれまた三者三様で、部屋は独特な世界観が展開されている。

 

 巫女さんって言ってたから巫女服だと思ってたのにぃ。

 ま、よく考えれば巫女服で出歩くわけないか。

 

 でもさ、ジャージは分かるけど軍服って何?

 全く理解できないわね。

 

 まあ、それは置いといて状況説明やっていきますか。

 

 まずは座敷わらしの時雨ちゃん。

 もちろん、着物を着ている。

 

 何をしているかと言うと、お茶を片手に様々なお菓子(わらび餅を含む)を食べていた。

 

 ちゃぶ台がお菓子で埋め尽くされている。

 ポテトチップス、チョコレート、どら焼き、柿の種、スルメ、煎餅、ビスケット、マシュマロ、羊羹、和菓子、プリンにゼリーにグミ……。

 

 まだまだあるけど、これ以上は割愛。

 甘くて塩辛い、無限ループで食べれる組み合わせ。

 

 そうは言っても、多すぎる。

 ちょっとしたお菓子の博覧会を開けるレベル。

 

 こんな量を食べたら流石に満腹になると思うのだけれど。

 お腹にブラックホールでも飼っているのかしら。

 

 私が(呆れながら)状況分析しているとも気が付かずに、七瀬時雨は一心不乱にお菓子をがっついていた。

 

 食いしん坊と言うより、これは一種の才能ね。

 

(バケモノ級だな)

 

(ええ、この子を甘く見過ぎていたようね。まさか甘塩党だったとは)

 

(驚くのそこかいっ!)

 

(マニアック過ぎて甘苦塩酸旨党の私には理解できないわ)

 

(それほぼ全部の味じゃんか!)

 

(そうね。そんじゃ、次いくわよ)

 

(適当に流すな!)

 

 次は、ジャージ&パーカーの少女。

 

 ロングの黒髪を一つにまとめ、後ろで結んでいる。

 黒髪ポニーテールと言うやつだ。

 

 いかにもスポーツマンといった感じの彼女は、棒付きキャンディーを舐めながらテレビゲームをしていた。

 もう少し詳しく言うと、一昔前の『某ファミリーなゲーム機』で格闘ゲームをしていた。

 もちろん、私には気が付いていない。

 

「よぉしっ、必殺技出しちゃうぜ! 喰らえ、プリン体ビームッ!」

 

 ゲームカセットは『魚介類大戦争~宇宙からの刺客編~』。

 使用キャラは『海女ヶ崎ウニ子』であった。

 

 ちなみに私は『久慈サケ蔵』を好んで使う。

 口から発射されるイクラは遠距離攻撃に使えるし、硬い鱗のお陰で防御力は高いし、結構便利なキャラなのだ。

 しかも、関西弁ってトコがお気に入りポイント。

 

「なにっ!? ここで投げ技とか……ぐぁぁぁぁぁぁ、や~ら~れ~た~」

 

 彼女は近接攻撃派らしい。

 攻撃に次ぐ攻撃を繰り出して、その結果、敵に接近しすぎて投げられていた。

 

 防御というものを知らないのかしら。

 

「二回戦では負けねぇ! かかってこいや、おらぁぁあ!」

 

 二回戦目スタート。

 

「ぐはっ!」

 

 開始三秒で投げられてやんの。

 あっ、でも、必殺技のタイミングは上手いな。

 

「イガイガ突きからの地獄の釜茹拳かまゆでけんッッ!!」

 

 NPCもたまらずダウン。

 少女は興奮してキャンディーを噛み砕いたらしく、ガリガリっと音がした。

 

「あ~あ、キャンディーもう無くなっちまった。……次のはっと——ラムネ味か。まあいいや」

 

 新しいキャンディーをポケットから出し、再び舐め始める。

 ラムネ味はあまり好みではないらしい。

 

 これで両者の勝ち星は一つずつになり、三回戦へ。

 長くなりそうなので、最後の一人に行きましょう。

 

(あとの一人が問題なのよね。……それにしても凄いクオリティ)

 

(軍人なのか? 巫女で軍人とかキャラが渋滞してるな)

 

 最後の少女。

 軍服を着ているだけでなく、銀髪である。

 

 綺麗な透き通った銀髪。

 染めている感じではない。

 

 肩の長さに切り揃えられたボブカットに、軍帽をかぶっている。

 

 壁に寄りかかり、足を長く伸ばしてハードカバーを読んでいた。

 下にミニスカート(どこかで見たような——もしかして、香森うちの制服!?)を履いている。

 スカートの下から覗くはガーターベルト。

 白い太腿ふとももの上を走るそれは、とてもなまめかしい。

 

 くっ、我慢我慢……。

 

(どうしたんだい?)

 

(なんでも……ないっ! 我慢するのよ桐花とうか、我慢よ! 贅沢は敵なんだから!)

 

(大丈夫かい?)

 

(ええ、何とかね。それよりあの子、何を読んでるのかしら。え~っとなになに、へいけも……のがたり……ああ、『平家物語』か。こりゃ、随分と渋いチョイスね)

 

(ならどうして、軍服を着ているんだ?)

 

(分からないわ。……謎ね)

 

「………………」

 

 沈黙が続く。

 本の題名を読み取り終えた私の視線は、我慢しきれずにガーターベルトへと移っていった。

 

 凄い。

 すげぇエロい。

 なんだろう、この気持ち。

 

(あの~、頭の中がピンク色になってるんですが。やめてもらえます?)

 

(ひゃっ!? ピッ、ピンクなわけがないでしょう! 私の頭の中はいつも鮮血色でいっぱいのはずよ)

 

(随分とグロいな! 何を考えてりゃそうなるんだよ)

 

(あなたを痛めつける方法……とか?)

 

(酷いこと考えてた! そして何故、疑問形!?)

 

(あとは、あなたに使う拷問器具の種類とか?)

 

(何もしてないのに拷問とかやめろ! 本当にやらないだろうね?)

 

(あら? それは『押すな押すなは、押せ』ってこと? 拷問して欲しかったんだったら早く言いなさいよね。しょうがないな、もうっ!)   

 

(そんなこと言ってないっ! やめてくださいお願いします!)

 

(確かに拷問は可哀そうね。処刑で楽にしてあげなきゃ。ごめんごめん)

 

(もっと酷くすな!!)

 

 脳内会話をしている間も、私の目はガーターベルト少女の脚に釘付け。

 そんなピンク色(断じて、認めたわけではないっ!)の視線を感じてか、気が付くと銀髪少女がこちらを見ていた。

 本で顔の大半を隠し、目だけ出している。

 

「………………」

 

「………………」

 

(………………)

 

 十秒経っても目をらすことができない。

 蛇に睨まれた蛙の気持ち。

 完全にロックオンされている。

 

 気まずい……。

 

 沈黙が長く続くかと思いきや、横からポニーテール少女が私に話しかけてきた。

 ここで初めてポニテ少女の顔を見ることができたので、レポートしておこう。

 

 一言で言うなれば、カッコ可愛い。

 カッコいいだけでなく、美しくて幼さの残るその顔は美少女そのもの。

 

 時雨ちゃんがアイドル的ならイケメン女優的とでも言っておこう。

 どこかの歌劇団にいそうな感じだ。

 

「なんだ、風呂から上がってたのか。お邪魔してるぞ。音がしなかったんで気づかなかったよ。……早速聞きたいことがあるんだけどさ、その面——と言うより、あんたが身体にりつかせてる、そいつは何?」

 

 いきなり悪魔の存在が見破られたですって!?

 巫女なら普通なのだろうか。

 

「私の使い魔よ。……それより、あなたたちは誰なのかしら。普通ならあなたの自己紹介が先でしょう」

 

「おっと、失礼。まずは自己紹介からだった。あたしは宮守日寺みやもりひでり香森こうもり第一高校二年。剣道部所属だ。んで、そっちで本読んでるのがあたしの妹のしずく

 

「……(ペコリ)」

 

「しーちゃんも香森第一高校で弓道部所属なんだ。ちなみに一年生な」

 

 げっ、同じ学校かよこいつら。

 でも、銀髪の子なんて見たこと……あるわけないか。

 考えるまでもないわね。

 

 学校の人間なんて興味無いし、積極的に関わりたくもないから。

 そんな私が彼女たちを知っている方がおかしい。

 

 紹介が終わったと同時に雫は読書に戻る。

 時雨は自己紹介が始まってもなお、お菓子を食べていた。

 

 そんな二人を横目に宮守日寺は話を続ける。

 

「あとは使い魔の時雨。時雨のことはもう知ってるんだよな。ところで『宮守神社』って知ってる? 私たちこんなんでも一応そこの巫女やってんだ。……そういや話し方、随分と変わったな。やっぱりアレは使い魔君だったのか?」

 

「……? それ、どういうこと?」

 

「ちょうど鬼狩りの帰りに、ゾンビみたいに歩いてるあんたを見かけたんだ。んで、話しかけたら『話なら家で聞くからついてきな、お嬢さん』って言ったからついてきたのだが」

 

 ほんと、悪魔ってばどんな帰り方したんだよ。

 

「そうね。それは使い魔よ」

 

「そうかそうか、理解理解。じゃあさ、そいつの名はなんて言うんだ?」

 

「名前?」

 

 確かに悪魔って呼んでるけど、それは先生って呼んでるみたいな感じなのよね。

 私は悪魔こいつの名前を知らない。

 何回か聞いたこともあったけど、教えてくれなかったし。

 

(そういえば、なんで名前教えてくれないの? 変な名前でも笑ったりしないわよ)

 

(名前、名前ねぇ。それだけは絶対に教えられないな)

 

(拷問しても?)

 

(そこまでして僕の名前を知りたいかっ! ……それでもダメだ)

 

(どうしてよ。私の名前は知ってるくせに)

 

(いいかい。人外ぼくたちが名前を教えるってことは『存在を固定される』ってことなんだ。簡単に言うと一種の呪いを受けるってことかな)

 

 僕はでも自由なでいたいからね——と得意げに締めくくった。

 

 あくまで、自由な悪魔か。

 あくまと悪魔。

 

(……全然旨くないわよ。返ってウザいわ)

 

(そこまで言わなくてもっ!)

 

 そういや、座敷わらしである時雨ちゃんはどうなんだろう。

 名前を知られているし、使い魔って言われてたし。

 

 彼女は『名前の呪い』を受けてしまっているのだろうか。

 

(……じゃあ、時雨ちゃんは存在を固定(?)されてるの?)

 

(いや、完全には固定されていないね。七瀬時雨はだから。契約の条件がそもそも違う。あの姉妹は『時雨』と名付けることで七瀬時雨を従わせているのさ)

 

 ………………。

 

 難しいな。

 ま、本当の名前は重要だから教えてくんないってことか。

 

『名を付ける、付けられること』を契約条件とした宮守姉妹と七瀬時雨。

『魂と力の引き換え』を条件とした私と悪魔。

 

 契約にも色々あるんだな。

 

「——なあ、何考え込んでんだ? 早くそいつの名前、教えてくれよ」

 

 私の返答が遅いので、日寺が小首をかしげながら聞いてきた。

 

「名前……名前は悪魔って言うの」

 

 よくよく考えれば、ダサいわね。

 この機会に新しいあだ名でも考えようかしら。

 

 そうね……『クマさん』とか?

 

「ふ~ん、悪魔ねぇ。……なんか『ロブスター星人』みたいだな」

 

『ロブスター星人』とは『魚介類大戦争~宇宙からの刺客編~』のキャラである。

『ロブスター星人』が『宇宙の彼方から来た悪魔』って呼ばれてること知ってるとか、マニアックな知識持ってんなあ。

 

「じゃあ、今度はあんたの番だな」

 

「?」

 

「自己紹介だよ、自己紹介。あたしたちは済んだから、今度はあんたの番」

 

「えっ? 私もするの?」

 

「そうじゃなきゃ、ダチになれねぇだろ」

 

 友達……?

 まあ、自己紹介くらいいいか。

 

「はい、は~い! いまから自己紹介するらしいから、ちゅうも~く」

 

「……自己紹介、楽しみ」

 

「あふぇ、とふかしゃん、あがってふぁんですか」

 

 順に、日寺、雫、時雨。

 

 宮守姉妹に自己紹介のハードル上げられた!

 

 それより時雨ちゃん、いま私に気づいたの?

 まあ、気づいてないのは分かってたけどさ。

 せめて飲み込んでから話しなさいな。

 

 時雨は食べるのをやめ、雫は体育座りに座り直した。

 雫は依然として顔の大半を本で隠したままだけど。

 

 体育座りでもミニスカートの中身は見えそうで見えない。

 

 ミニスカートを作った人はきっと鬼ね。

 焦らしの天才にして、チラリズムの鬼。

 

 三人が私に注目する。

 

「お面、外した方がいいかしら?」

 

 何言ってんだ私!

 自分で自分の首を絞めるようなことを。

 常識的に考えたら外すのが当たり前だけどさっ!

 

「そうだな。顔見てみたいし」

 

 くっ!

 影切桐花かげきりとうか、一生の不覚!

 

 私はゆっくりと悪魔を外す。

 これがテレビだったら、『素顔の真相はコマーシャルの後で!』ってテロップが入るくらいもったいぶって。

 

「ほう」

 

「……」

 

「誰ですかあなた!」

 

 これまた順に、日寺、雫、時雨。

 

 日寺と雫の反応は分かる。

 

 でも時雨ちゃん。

 あなた、私と昨日会ったわよね?

 確かに素顔の私と会ったわよね!?

 

「……影切桐花。香森第一高校二年、天文部。……よろしく」

 

 そうそう。

 私は天文部なのだ。

 天文学に興味があるわけではないけれど。

 

 天文部は高校に設置してある天文ドーム(県が所有)で活動している。

 

 ……一部の人は、ね。

 

 その他であるほとんどの人間は、俗に言う幽霊部員。

 学校一の部員数を誇っているにも関わらず、その大半が幽霊部員で構成されている部活なのだ。

  

 私の高校は原則全員部活動に加入しなければならない。

 故に帰宅部が存在しないのだ。

 

 じゃあ、帰宅したい人はどうするかって? 

 

 そこで天文部よ。

 天文部がほとんど帰宅部状態になっているのは、暗黙の了解になっているからね。

 

「どおりですぐに帰っちゃうのか。話しかけようとして、どれだけ廊下を爆走したことか……」

 

「……話しかけようと?」

 

「そ。あたしたち、桐花と友達になりたかったんだよ。なっ、しーちゃん」

 

「……友達、ナリタカッタ」

 

 何故カタコト!?

 そして、いきなり呼び捨て!?

 

 フレンドリーと言うか、コミュ力が高いと言うか。

 時雨ちゃんしかり、この姉妹然り……宮守神社の人間、やっぱりスゲェ。

 

「私からも、一つだけ質問いいかしら?」

 

「いいぜ。なんでも聞きな。ただし、体重はナシで頼む」

 

「……私、体重、***キロ」

 

「えとえと、私はですね~***キロですよ~!」

 

 もちろん、そんなこと聞くつもりはない。

 

 どうして勝手に言っちゃうかなっ!

 時雨はともかく、雫は無口キャラじゃなかったの?

 絶対キャラ設定おかしいわよ!

 

「くっ! これじゃ、あたしも言わなきゃなんない雰囲気だ。……ああ畜生! ***キロだよ! 最近太っちゃったから言いたくなかったのにぃ~。うぅぅぅ」

 

 どうして話を聞かないで、みんな勝手に喋るのよ!

 言っとくけどまだ私、質問してないわよ!?

 

「違う。そんなこと聞きたいんじゃないわ。私は雫さんが何故そんな恰好かっこうをしているのかを聞きたいのよ」

 

 自分に質問が来ると思っていなかったのだろうか。

 雫は少しビクッとしてから、マスクのようにしていた本をどけて話し始めた。

 

 やっぱり姉妹なのだろう。

 その顔はどこか姉と似ていた。

 

 顔立ちは姉よりも幼さの色が強い。

 しかし、ジャンルはロリ系ではなく美少女系である。

 

「……コスプレ、趣味なの」

 

「てことは、その髪は染めてるの?」

 

「……染めてない。染めてるのはねえさんの方」

 

「えっ、地毛なの!? 日寺さんの方が染めてるって……」

 

「そ、あたしたちは銀髪姉妹なんだ。でもなあ、黒髪の方がかっけぇじゃん? だから染めたんだ」

 

「へ~え、そうなの。日寺さん、銀髪も似合うと思うけれど……。それはそうと、なんで雫さんのコスプレが軍服なのかしら」

 

「……平家物語読んでるから」

 

「?」

 

「えっとですね、ここからは不肖、七瀬時雨が説明するでありますっ! さっきから、セリフが少ないですしね。雫さんの脳内を説明しますと、平家物語→壇ノ浦の戦い→海戦→海軍→軍服コスプレってことで海軍服のコスプレをしているらしいですよ」

 

 分かりやすかったでしょ、えっへん——と時雨は(大きい)胸を張る。


 はいはい、ありがと。

 

「それにしても凄い論理ね……」

 

「……戦車前進! ファイヤー!」

 

 そう言って、拳を斜め前に突き出す雫。

 レッツゴーの「ゴー」のポーズって言えば分かりやすいかな。

 

 なんだかんだで結構ノリがいいタイプらしい。

 

「どうして戦車アニメの『バトルアウト』!? 言うならせめて『バトルシップ・スクール』か『軍艦がーる』のセリフでしょっ!」

 

「……オタクですか、あなた」

 

「雫さんには言われたくないけどねっ!」

 

 ——現在、時刻は午前三時を過ぎたところ。

 

 私、今日寝れないのかな。

 そろそろエナジードリンク入れないと正直キツい。

 

 本題に入る前に飲んどきましょ。

 それでは自己紹介も終わったところで、少し休憩しましょうか。

 

「あのさ、僕を忘れてないかい?」

 

 あっ、すっかり忘れてた。

 

 マジかぁ。

 まだ自己紹介パートやんの?

 悪魔なんてどうでもいいから、休もうよ~。

 

「どうでもいいって何さ。そりゃやるよ! 当たり前だろう。メインキャラなんだからさ」

 

 メインキャラにキャスティングしてあげた覚えは無いんだけど。

 

「うぉぉぉ! まさか般若の面が喋るとは! どういう仕組みなんだよ、コレ!?」

 

 目を見開き、驚く日寺。

 お面を鷲掴みにし、興奮した小学生のような表情で悪魔をひっくり返したり、撫で回したりしている。

 一方、悪魔は裏に表にかき回されて「もう、お婿さんに行けない」とか言っていた。

 

 誰があんたなんかと結婚するか。

 いい気味よ。

 

「……お面が喋るなんて、オーメンガー…………ふふっ、ふふふっ」

 

 雫は『オーマイガー』と『お面』をかけた親父ギャグを言って、自分でツボっている。

 

「こんばんは、悪魔さん」

 

 貞操の危機にさらされている悪魔を見ながらも、止めることをせずに笑顔で挨拶する時雨。

 

「七瀬時雨、日寺を止めてくれぇぇぇぇぇぇ!」

 

「何を、止めるんですか?」

 

 きょとんと首を傾げる時雨。

 天然娘はやっぱり恐かった。

 彼女は潜在的なドSなのかもしれない。

 

 しばらくすると日寺は満足したらしく、こねくり回すのをやめた。

 現在、悪魔は日寺に気に入られたようで、日寺の胡坐あぐらの上で抱っこされている。

 落ち着いた位置に着いたところで、悪魔は自己紹介を始めた。

 

「僕は自称悪魔をやっている者さ。影切桐花との契約者——って、おい日寺! 僕の頭を撫でないでくれないかな」

 

「にゃははっ、そう照れんなって」

 

「照れてねえよっ!」

 

 なんかいい感じの二人。

 どうしてだろう、身体がムズムズしてサワサワする。

 お気に入りのおもちゃを取られた子供の気持ちだわ。

 

「なあ、クマさんよ。キャンディー食べっか?」

 

 そのあだ名、先に考えたの私なのに……。

 

「クマさん言うな! ……でも、キャンディーはもらう」

 

「ほらよっ、あ~~ん」

 

「あ~~ん」

 

「って、あげな~い」

 

「僕をもてあそぶな!」

 

「にゃはははっ!」

 

 ダメだ。

 こんなにイチャイチャされては、もう我慢できない。

 

「おほんっ、おほんおほんおほんっ! そろそろ、いいかしら?」

 

 最大限の笑顔でそう言った……はずだった。

 

「……笑っていながら、笑ってない」

 

「青筋立ってますよ、桐花さん」

 

 そんなはずはない。

 どうして私が怒らなきゃなんないのよ。

 

 見ると日寺は顔を引きつらせ、悪魔はキャンディーを口に入れた状態で真っ青な顔になっていた。

 

 例えるならそうね、不倫現場を見られた表情かしら。

 イチャイチャの途中、言い逃れができない状態で見つかった二人みたい。

 速攻ゲームオーバー的なアレ。

 

「「本当にすみませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

 フローリングの床に額を擦り付けて土下座する日寺と悪魔。

 

 こんな茶番、いつまで続くんだろう。

 早く本題に入ってくんないかな。

 ってことで、次のエピソードに行きましょう。

 次回はストーリーを進めなくちゃ。

 

 じゃ、締めまーすっ!

 

 その後、修羅場と化すこともなく事態は収拾したのだった——————。

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