二丁目:殺神事件の犯人

 ちゃぶ台を介した向かいに、ちょこんっと着物少女が座っている。

 正座をして緑茶をすすり、和菓子を頬張っていた。

 

 ちなみに和菓子は『季節の和菓子シリーズ』。

 四個入りで五百円くらい。

 この子が手土産にと持ってきてくれたものだ。

 

 お手頃価格なのに美味しいんだなあ、これ。

 和菓子は桜の花びらと葉っぱをイメージしたもので、色鮮やか。

 まさに春を感じさせる。

 とても綺麗な和菓子である。

 

 私はふと思う。

 いつぶりだろう、家に人を入れたのは……と。

 

 私は周囲を拒絶していた。

 いや、今もしている。

 親戚も友達も先生も。

 そう、父親でさえもね。

 

 だから高校入学と同時に一人暮らしを始めたというのに。

 知り合いのいない高校に入学したというのに。

 周囲を寄せ付けない壁を築いていたというのに……。

 

 こうも呆気あっけなく人を——しかも他人を、部屋に招き入れるとは。

 変わってしまったなと思う、今日この頃である。

 

「ふぅっ、ごちそうさまでした。このお茶、とても美味しいですね」

 

「少し変わったもので淹れてるから、かしらね」

 

「変わったもの? なんですか、それ」

 

「鉄瓶よ。引っ越し祝いに貰ったものを使っているの」

 

「そうなんですか!? どおりで、美味しいわけなんですね。最近は、電気ポットが多くって、久々に美味しいお茶飲みましたよ」

 

「お口に合って、何よりよ」

 

 鉄瓶はここの名産品。

 皆さんも是非、使ってみてね。

 

 プチ地元自慢はここら辺にして、そろそろ本題に入ろう。

 

 それにしてもさ。

 何故こうも他人と普通に話せるのだろうか。

 悪魔とは毎日話しているけど、他人じゃないし。

 そもそも人間じゃないし。

 

 少しくらい、緊張してもいいと思うのだけれど。

 ……変なの。

 

 あっ、そうそう。

 悪魔といえば、面のふりをさせている。

 

 この子のこと、まだ何も知らないし。

 まだ信用できないからね。

 

 万が一バケモノだったら壊されかねないわ。

 それに、いきなりお面が喋ったら驚くでしょう?  

 

「ところであなた、何者? 可愛いから入れてあげたけれど、返答によっては斬るわよ」

 

「ふぁっ!?」

 

 私のどすを利かせた声と鋭い目つきに少女は驚いた。

 

 ……可愛い。

 定期的に困らせようかしら。

 

「はっ、はいっ! 申し遅れました! 私は七瀬時雨ななせしぐれと申します! 時雨って呼んでください! えっと、『座敷わらし』ですっ! よろしくお願いします!」

 

 あっ。

 人間じゃなかったのね。

 だから普通に話せたのか。

 

 ……ん?

 いま、座敷わらしって言った?

 言ったわよね!? 

 

 座敷わらしって、もっとこう、色々と幼いんじゃないの?

 少なくともボンッ、キュッ、ボンッなんて擬音語は似合わないと思ってたわ。

 

 着物だからそこまで身体のラインは強調されてないけど、もっとラフな格好になったらもっと凄いんじゃないかしら。

 

 ……恐ろしい娘だわ。

 

 座敷わらしにも色々いるのね。

 世間は知らないことばっかりだ。

 

「ふ~ん、座敷わらしねえ。ところでそれ、証明できるのかしら」

 

 信じないわけじゃないけど、一応ね。

 実際は興味大半なんだけど。

 

「えっ?」

 

 困ってる、困ってる。

 困ってる表情……実に素晴らしいっ!

 

「証明ですか。え~っと……私、枕返しできますよ。これには自信があるんですよね」

 

「そんなことを腕まくりして言われても……。誰だってできるわよ、そんなの」

 

「うっ!」

 

 焦る時雨。

 冷や汗をかいてきている。

 

「他には?」

 

「え~と、え~っと……あっ、そうだ! 幸福をもたらすんでした! 最近その手の能力を使ってないから、忘れてましたよ」

 

 えっ、忘れてたの!?

 枕返しよりもそっちを覚えとくべきだと思うわ。

 座敷わらしと言ったら、それでしょうに。

 

 座敷わらしが住み着いた家には幸福が訪れ、繁栄する。

 逆に去った後には不幸が舞い込み、家は傾むいて滅んでいくんだとか。

 

 その運気操作的な能力、是非とも見てみたい!

 

「それ、今できる?」

 

「それが、今はできそうもないのです。ごめんなさい」

 

「今は? じゃあ、いつだったらできるの?」

 

「そうですね……ご飯をいただけたら、ですかね。正直お腹へっちゃって」

 

 あれ?

 さっき和菓子食べたわよね?

 しかも大量に(私の分まで)食べてたわよね!?

 

「ご飯を食べることで、『座敷わらしパワー』なるものを補給するのです。腹がへったら草を食べろ……ん? くさやでしたっけ? どっちでもいいですね、お腹いっぱいになれば。ともあれご覧になりたいのでしたら、ご飯をくださいな」

  

 正しくは『腹がへっては戦はできぬ』。

 どっちでもよくはないと思うわ。

 どんだけお腹へってたら草食べんのよ。

 

「色々ツッコミたいのだけれど……ま、いいでしょう。ご飯くらい食べさせてあげるわよ」

 

 私は時雨からのリクエスト通りに、炊飯器から白飯を持ってきて箸と一緒に渡す。

 梅干しも食べたがっていたので、上に乗せてあげた。

 

 本格的に食べるらしい。

 人の家だってのに、少しは遠慮ってものを……。

 

 天然なのか、常識外れなのか。

 ああ、子供わらしってことか……。

 見た目的には子供になんて見えないけど。

 

 時雨はもぐもぐと、美味しそうに梅干しご飯を頬張る。

 

 それにしても可愛いなあ。

 やべっ、私もお腹が空いてきた。

 そう言えば、ご飯まだだったわ。

 この子をおかずに、私も食べようかしら。

 

「っん、……美味しかったです。やっぱり、ご飯のお供は梅干しですよねっ! おかかも捨てがたいですけど……」

 

 もう食べ終わったらしい。

 折角、今からブランチにしようと思ったのに。

 

 それにしても早いな。

 数行のモノローグと少しばかりの願望をつづっただけよ!?

 

 時間にしても十秒いってない。

 ご飯って、飲み物だっけ?

 もっとゆっくり食べればいいのに。

 ……少し残念。

 

「これで私の座敷わらしパワーは満タンになりました」

 

 そう言うと、時雨は箸と茶碗をちゃぶ台に置き、立ち上がった。

 そのまま玄関へ向い、扉を開けて外に出ていってしまう。

 

「?」

 

 どうして外に行くの?

 まさかの食い逃げ!?

 

「……では、いきますよ!」

 

 もちろん食い逃げなわけもなく、時雨は振り向いてそう言った。

 玄関から家の中に向かって、親指と人指し指で三角形を作るように両手をかざす。

 そして、神にでも願うかのように目蓋まぶたを閉じた。

 

 何かしらの詠唱もしないし、祝詞も歌わない。

 しかし、そんなことをせずとも家に変化が起きた。

 

 まず、後ろに立てかけておいた木刀が鹿おどしの如く倒れてきて、私の頭を直撃。

 

「うぐっ!」

 

 とっても痛かったわ。

 私の頭の周りを星が公転運動したもの。

 

 次に、何故かブレーカーがダウン。

 

 私にとっては早朝。

 しかし世間一般では昼なので、視界はさえぎられずに済んだ。

 

「ん?」

 

 なんか聞こえる。

 ゴゴゴゴゴゴって……何?

 

 しまいには、部屋が立っていれない程に傾いた。

 

 あれ? 

 家が傾くって、物理的な意味じゃなかったはずよね……?

 てか、幸福じゃなくて不幸の方を呼び寄せたのかよっ!

 

 部屋の中は台風でも来たのかという程に、しっちゃかめっちゃか。

 まさにスクランブルエッグ的状況。

 全国のお母さんたちに片づけに来て欲しいくらい。

 お片づけさん、急遽募集で~すっ!

 お電話はこちら〇〇〇―****―$¥$¥まで!

 

 ……冗談抜きでさ。

 これ片づけんの私じゃないよね?

 

 ここで、私に一つの疑問が浮かんだ。

 ここはアパート。

 だから、部屋が傾いたのならアパート全体も傾いたのだろうかって。

 

 早速、真相を確かめるべくベランダまで這いつくばって移動。

 ベランダの手すりに掴まって、なんとか立ってみる。

 

「あ、やっぱり……」

 

 案の定、私の部屋だけ傾いていた。

 お隣さんはいつも通り。

 

 この場合、隣接する壁や床はどうなっているのかしら。

 床ドンや壁ドンも無いし、悲鳴も聞こえてこないから影響はないのでしょうけど。

 とんだご都合主義よね。

 

「どうですか? 証明できましたか?」

 

 時雨は傾いた扉の向こう側からこちらを覗いている。

 顔だけ家の中に入って、身体は入っていない。

 

「そうね、合格よ。だからいち早く、この部屋を元に戻してくれないかしら?」

 

「そっ、そうですよね! 了解しました!」

 

 時雨は両手で作った三角形を解き、今度は両腕を広げる。

 そして両端から挟み込むように、胸の前でパチンッと拍手した。

 ヴィジュアル的には目の前の蚊を叩き潰した感じだ。

 

 その一本締め(?)を境にして、部屋はどんどん元に戻っていった。

 ブレーカーは勝手に上がり、倒れた木刀や家具も勝手に戻る。

 傾いた部屋も元通りになっていった。

 

 これで学習したわ。

 座敷わらしとは——少なくとも時雨ちゃんとは、仲良くしようってね。

 

 あと、時雨ちゃんは天然だってことを肝に銘じておきましょう。

 まさかよりにもよって不幸を呼び寄せるなんて!

 天然娘、恐ろしや。

 

 場を仕切り直し、また向かい合って座る。

 誰よりも先に、まだ一言も喋っていない悪魔が口火を切った。

 壁に引っ掛けていたので、さっきの影響は少なかったらしい。

 

 運のいい奴!

 気に食わないわ!

 

「すごいな、君。やるじゃないか」

 

「うおっ、お面が喋った!?」

 

 そりゃ、座敷わらしでもビックリするよね。

 私も慣れるまで時間がかかったもん。

 

「おっとすまない。驚かすつもりはなかったんだ。僕は自称悪魔をやってる者さ。今後ともお見知りおきを」

 

「悪魔さんですか。私は七瀬時雨って言います。よろしくお願いしますね」

 

 ペコリと頭を下げ、挨拶をする時雨。

 悪魔は鼻の下を伸ばし、調子に乗っていた。

 

 殴ってやろうかな。

 でも、時雨ちゃんがいるからそんなことはできません。

 

 しゃくだったので、これ以上悪魔との親睦が深まらないうちに、話題を戻した。

 

 覚えてなさい、悪魔。

 後で可愛がってやるんだから。

 

「おほんっ! それで時雨ちゃんは私に何をして欲しいのかしら?」

 

「そうでした、そうでした。本題を忘れてました!」

 

 時雨は胸の前で手をポンッと叩き、目的を思い出したよう。

 いちいち可愛いなあ。

 

「実は昨日の夜、私が使えている『宮守神社』の、いえ、この街の『守護神』が何者かによって倒されてしまいまして。神社は『鬼狩り』の戦力を大幅に失ってしまったのです」

 

「へーえ、そうなの。それは大変ね」

 

「しかも、最近になって出現する鬼が増えてきていまして。このままでは神社の力だけでは対応しきれず、文字通り魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする街に……。私たちも退治してはいるのですが、いかんせん人不足で。簡潔に申し上げますと、この街の危機なのです」

 

「それで私に、何をしろと言うのかしら?」

 

「桐花さんには、守護神の代わりに鬼狩りをして頂きたいのです」

 

 えっ!? 

 また鬼ですか。

 鬼を倒すために悪魔と契約を結んだわけじゃないのに。

 私は桃太郎じゃないってのに。

 

 それにしても、増えてきてるって……何?

 この地域は元々鬼が多かったんじゃないの?

 どういうことだろう。

 

「この辺は鬼が多かったんじゃないの?」

 

「確かに昔は多かったのですが、『三ツ石神』様が『鬼神——悪鬼羅刹あっきらせつ』を封印してから、鬼はめっきりいなくなったのです。しかし、最近になって何故か増えてきていまして。神社の方でも調査中なのですが、これと言える進展はなく……」

 

 時雨は声のトーンを落として続ける。

 

「そんなときにまさか、最強ともうたわれた守護神が倒されてしまうとは。ほんと、ツイてないのです。あの守護神は鬼だけでなく、この街を脅かす妖怪やバケモノも倒してくれていたというのに……」

 

「…………」

 

「お礼ならなんでもしますからっ——と神主様が申しておりました」

 

 あっ、時雨ちゃんじゃなくて神主が言ってたのね。

 つまんないの。

 

「話は分かったけれど、鬼退治はもう飽きたわ」

 

「えっ……そんな」

 

 時雨は涙目になってしまった。

 

 ちょっと意地悪が過ぎてしまったみたい。

 もう自重しようっと。

 私はバケモノだけど悪魔じゃないからね。

 

「ちょっと待って。そんな悲しそうな顔をしないで頂戴。確かに飽きたけれど、断わるってわけじゃないわ」

 

「……それじゃあ」

 

「やってあげるわよ。面倒くさいけど」

 

 ぱぁっと表情が明るくなる時雨。

 雨空にお天道様が差し込んだみたいだ。

 

 表情豊かだなあ。

 

「ところで時雨ちゃん、どうして私のこと知ってるの?」

 

 ここまで流れで話を聞いてきたが、最大の疑問を思い出したので聞いてみた。

 

 完全に忘れてた。

 危ない、危ない……。

 

「桐花さんは腕が立つ『はらい師』で有名なのですよ? 『かげ殺し』とか『陰キル桐花』だとかって呼ばれてるんです。数多くのバケモノを倒してきたとか。……影を切る者、『影切』。名字からしてかっこいいです」

 

「ふっ、ふ~ん、よく知ってるじゃない(?)」

 

 えっ? 

 ちょっと待って。

 私って有名なの!?

 

 というか、祓い師って思われてんだ。

 私がバケモノって知ったら驚くかな……。

 

 言わないでおこう。

 別に隠すんじゃないんだから。

 聞かれないから答えないだけよ。

 

「じゃ、じゃあさ。守護神ってどんな奴だったの? 相当強かったのでしょう?」

 

「どんな奴、ですか。ええっと……一言で言うなれば、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうですかね。大きくて、力強くて……目が赤いのは悪役みたいですけど、頼りになる神様でした。厳密には神様じゃなくて、妖怪なんですけどね」

 

 ………………。


 昨日倒された守護神。

 ……まさかね。

 そんなわけ、ないわよね。

 

 ははっ、はははは……。

 

「みっ、見た目的にはどんな感じ? まさか、鬼になんて似てないわよね、ね?」

 

「なんで分かったんですか!? そうです! 確かに鬼に似てました! 他の特徴と言えば、歯並びが少々悪いのと上半身裸なのですかね」

 

「へ、へぇ~~」

 

 ヤバい、ヤバい、ヤバいっ!!

 特徴全部あってんじゃん!

 真ん中の穴を開けるまでもなく、完璧にビンゴじゃんか!

 

「なあ、昨日君が倒した——」

 

 喋んないと思ったら、いきなり何言ってんだ悪魔こいつ

 バレたら色々と面倒じゃんかよ!

 

 悪魔が全てを言い終える前に、私は悪魔の口を手で塞いだ。

 

「もがっ!」

 

 時雨ちゃんはその様子を見て、首を傾げる。

 

「なんでもないわ、なんでもないのよ! あははは……」

 

 不思議がっている時雨をなんとか誤魔化しつつ、平然を装った。

 

 これで納得がいったわ。

 どうして昨日鬼が——いえ、守護神が襲ってきたのか。

 どうして最初から私を狙ってきたのか。

 

 理由は簡単かつ明確。

 

 私がバケモノだったから。

 この街の脅威となる可能性があるから。

 この依頼も、元を正せば私がまいた種でもあるってことね。

 

 でも。

 でも、襲ってきたのはあっちだし……。

 私、なんにもしてないし。

 

 …………。

 

 はいはい、分かりました。

 分かりましたよ!

 私が悪うござんした。

  

 ここまで考えて、私は一つの提案をすることにした。

 提案というか、こうすることが筋ってもんよね。

 

「……お礼はいらないから」

 

「どうしてですかっ? ていうか、なんで目を合わせてくれないんですか!?」

 

 そっぽを向いている私を、時雨が回り込んで覗いてきた。

 

 目は口ほどに物を言うのだ。

 目なんて合わせられるわけがない。

 

「いや~、今日も天気がいいわねえ」

 

「今日は曇りです」

 

「くっ! ……じゃあ、お茶! そうよ、お茶のおかわりはいるかしら?」

 

「大丈夫、結構ですよ。それより何故、とぼけるんです!?」

 

「このゲームの弟キャラってどうやって出すんだっけか?」

 

「エンドロール後に適切なコマンドを入力するのですよ。確か……って桐花さん、話をらさないでください! ほんと、どうしちゃったんですか?」

 

「…………」

 

 私は無言のまま、般若の面——悪魔を装着した。

 

 セルフガード。

 セルフフェイスガード。

 これで表情は見えまい。

 

 悪魔に頼りたくはないが、しょうがない。

 苦渋の決断をした結果の苦肉の策である。

 

(面白くなってきたじゃないか。なあ、君)

 

 今まで黙らせていた悪魔が、急に茶々を入れてきた。

 脳内なら何を話しても時雨には聞こえないが、逆に時雨がいるから何を言われても下手には動けない。

 

 いい感じ(?)に時雨を丸め込んでいたのに。

 頑張って、誤魔化してたのに。

 

 色々とイラっと来たので殴っておいた。

 この場合、時雨から見ると私が私を殴っているという、なんとも言えない光景になっていることであろう。

 

 べ、別に焦ってるからって、八つ当たりしてる訳じゃないんだからねっ!

 

 ん? 

 悪魔は私の中にいるから、もしかして……意味ない!?

 これじゃ、ほんとに頭おかしい人じゃん!!

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 この場合の『大丈夫ですか?』は翻訳すると『(頭が)大丈夫ですか?』ってことなのだろう。

 

「大丈夫よ。だから、あわれみの目で見ないでくれるかしら」

 

「これは憐みなんかじゃありません。さげすみの目です」

 

「もっとひどいっ!? でも、その表情もいいわよ、時雨ちゃん」

 

「はぁ?」

 

 ここで一言。

 断言しておくけど、私はドMでもなければ百合でもないから。

 勘違いしないで頂戴。

 遊んでるだけだからね!

 

(少し本気マジが入っているのは気のせいだろうか……)

 

(あんたも懲りないわね。少しは黙ってなさいよ。私はただ可愛い子をでたいだけなんだから。次、変なこと言ったら吊り上げてお仕置きするわよ)

 

(ひぃっ!)

 

(ひぃって何かしら? 早速変なこと言ったわね。今夜が楽しみだわ。ふふふ……)

 

(理不尽だ! 理不尽すぎるっっ!!)

 

(殺しはしないわ。痛めつけるだけよ。感謝なさい)

 

(殺さないのが普通だろっ! いや、痛めつけること自体普通じゃないけど。っておい、聞いているのか君っ!)

 

(うるさいわね。強制的に黙らせてあげるわ)

 

 悪魔を顔から外し、口の中に和菓子を詰め込む。

「モガッ、んー、んーー……しっ、死ぬ~~」とかわめいてるけど無視。

 

 お喋りな悪魔は嫌いよ。

 邪魔者も消えたことだし、ストーリーを進めましょう。

 

「とりあえず、お礼はいらないから。そういうことでよろしく」

 

 困り顔になってしまう時雨。

 きっと、私に気を遣っているのだろう。

 

 でもね、時雨ちゃん。

 そんな顔をされるたびに私のメンタルが削られるの。

 だから、やめて欲しい。

 悪いのは半分以上私なんだから。

 可愛い、可愛いけれども!

 

「それは願ってもない提案ですけど……でも、本当にいいのですか? それでは、私たちはして頂いてばっかりです」

 

「そこは心配しないで頂戴。むしろ、心配しないで」

 

 時雨はまだ納得していない様子。

 

「ダメですよ。なんとしても最低限のお返しはさせていただきます。なんでもいいので言ってください! キャッチ・アンド・リリースですよ」

 

 それを言うなら『ギブ・アンド・テイク』である。

 言い間違いがこれまた可愛いが、それ以上に精神へのダメージが大きい。

 これ以上こじれると精神崩壊しかねないので、適当なお礼を考えた挙句あげくに一つのお願いをすることにした。

 

「そっ、そうねえ。……じゃあ、お昼ご飯を作ってくれる? それでどうかしら?」

 

 よくよく考えるといい提案じゃない?

 だって可愛い子の手料理が食べられるのよ?

 

 さすが私。

 やるなあ、私!

 

 正直、手料理が食べたい。

 可愛い子の手料理が食べたい!

 大事なことなので二回言いました。

 

 別に下手だって構わない。

 可愛いヒロインは料理下手ってのが定番だし。

 料理が上手かったらそれはそれで、またいいわね。

 どっちに転んだところで私にはリターンしかない。

 

 頭いいな、私!

 

「わっ、分かりました。……自信ないですけど、全力で作りますね」

 

 よしっ、俄然がぜん殺る気が——間違えた、やる気が湧いてきた!

 あ~ん、とかしてくんないかなあ。

 

 時雨は右手をあごに当て、うんうんと頷きながら再度考えている。

 

 やっと納得がいったよう。

 少ししてから、時雨は私の隣にやってきて正座した。

 

 三つ指をつく。

 そして、

 

「これからよろしくお願いしますね、桐花さん」

 

 と言って礼をし、弾ける笑顔を向けてきた。

 悪魔さんも、と付け加える。

 

 そう言えばいたわね、そんな奴。

 

「こちらこそよろしくね、時雨ちゃん。鬼なんて瞬殺で倒してあげるわ」

 

「おいっ! この僕が死にそうだったってのに、みんな無視かよっ! 途中から僕について一切触れないし! 悪魔なのに天使が迎えに来る寸前だったじゃないか! それに——」

 

 こうして、商談(?)が成立したのでした。

 はい、おしまい。

 

「——っておい! 僕の話はまだ途中だぞ! 話の途中でエピソードを終わらせるなっっ!!」

 

 今度こそ、めでたしめでたし——————?

 

「人の話を聞けっ!」

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