第4話 戦闘教育Ⅱ


「図書館にはミニオンがいる」


訓練場の中央から端へ向かいながら次郎は声を張り上げた。

床の光っているフィールドの向こう際、固まっている生徒たちに届くようにだ。


「そしてそのミニオンたちを操っているのが、『司書』…いわゆるレイドボスだな」

端に着いた次郎が壁のスイッチを入れると、その頭上にホログラムで投影された数字が現れた。


「今回、俺がそのボス役…司書になる」

『10』と表示された数字を虎の顎で示して次郎が告げる。

「この数字は俺の耐久力だと思ってくれ」


「つまりその耐久力をゼロに出来たら俺たちの勝ちってわけっスね!」

鎧姿の曽田が叫ぶ。

「やったーっ!頭ぶち割るべし!ごめんね先生!!」

無藤碧子むとうへきこもモーニングスターを振り上げて殺害宣言し、しかしすぐに首を傾げる。

「うーん?でも先生のジェムはガチ冒険者仕様なんじゃ?」


次郎がノロワレである以上、彼が冒険者であったことは生徒にも推測できる。しかしジェムが使いものにならないことまでは知らされてない。


「心配しなくてもお前ら相手にスキルなんか使わない。これで十分だ」


そう言って次郎は小脇に抱えていた小箱から、何かを掴み取った。チョークだ。


「こいつに当たったら1ダメージに設定する」チョークを弄びながら配置につく次郎。

「それから司書がミニオン一体も持ってないんじゃ訓練にならん。福来ふくらいフク、壁土厚かべつちあつし、それから…筑摩心詠ちくまこよみ


突然名前を呼ばれた三人がビクッと顔を上げる。


「お前たちは俺のミニオンだ」

次郎の言葉に一同が目を丸くする。


「わ…私達三人だけですか!?」

「きょ…きょわ…きょわたん…」

「ぼ…僕も攻撃力ゼロで耐久力2しかない雑魚なんですけど…」


ミニオン組の反応に対し、冒険者組は意気盛んだ。

「先生の耐久力まで含めても最大で15点か…僕ら全員の攻撃力を単純に足せば2倍はダメージ量があるぞ」

「楽勝じゃん」

「せんせー!俺らが勝ったら何かご褒美あるんですか!?」


ワイワイと盛り上がる冒険者組に次郎が宣言する。

「俺が負けたら学食で全員に昼飯おごってやる」

「よっしゃー!」


福来フクは密かに嘆息した。今日はついてない日だ――朝から寝坊して、いつもより遅い電車に乗ったら通勤ラッシュに揉まれてスマホのストラップが切れた。授業内容な予習してない変更があるし、挙げ句にクラスから袋叩きに合うことが確定。

フクは恨めしげに虎頭の教師に目を注いだ。それならせめて―――


「先生…私達にはご褒美ないんですか」

「ん?」予想外の方向からの質問に、次郎の小さな目が見開いた。

眼鏡越しにフクが次郎を見据えている。確かに…一方的ではあったか。


「まあ昼飯くらいなら…」「そういうのは良いです」言下に却下される次郎の提案。

「じゃあ単位か?」「お金も点数も要りません。一分…いえ、三分だけ時間ください」


妙な頼みだが、特に困ることはない。質問でもあるのだろうか。

「分かった、いいだろう…お前らは何か希望はあるか?」

筑摩心詠と壁土厚に次郎が声を掛ける。


「生きて帰りたいです…」二人はただただ震えている。


次郎は黙って肩をすくめた。

「ほんと分かってないな、お前ら」次郎の太い腕が三人の肩を抱いた。

円陣の中にヌッと差し込まれた虎頭に、三人が身体を小さくする。


近い近い。虎のヒゲが頰をくすぐるのを感じて、フクは動揺した。

近くで見る次郎の瞳には、イタズラめいた光がゆらめいていた。

虎頭の向こうに次郎の素顔を覗いた気がして、フクはつい目を背けてしまう。


次郎が嘯く。

「この授業が終わる頃には、お前らの世界を変えてやる」

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