第7話 昼休み


 秋の初めは、一年でも特に好きな季節だ。

 空気がだんだん澄んでいくのに従って、頭のなかも透明になっていく。

 涼しくなると、背筋が伸びる気がする。勇ましい気持ち。風にむかって歩いていくときのような。秋が深まるにつれて、私は自分の内にひそむ猛々しさに気づいてハッとする。


 席がえをしてから、私は外ばかり眺めている。見つけたいのかもしれない。例えば、私のなかに欠けているものを。



 昼休みに、カステルが遊びにきた。私は、思わず目を細めてしまう。胸が高鳴る。彼女のまとう、空気の特別さ。男子の制服を着ても、まったく違和感はないだろう。それはつまり、中性的ということ。

 きっと私も男子の制服が、似合ってしまうに違いない。この教室にいると、ときどき、女子高生として不完全であるような気がしてくる。


「めずらしい。カステルがやってくるなんて」


 机の前に来た彼女に、私は言った。


「まあ、たまにはね。時間もあったし。五限は?」


 世界史、と私は言った。

 授業の前に小テストがあるのだけれど、勉強しないまま、貴重な昼休みは過ぎつつあった。高校の授業はさまざまな、小テストで満ちている。


「席がえしたんだね。一瞬、どこにいるのか分からなかった」


 カステルの言葉は甘やかだ。彼女のそばにいるあいだ、教室の喧騒のなかで、さっきよりも呼吸が楽になる気がした。


「今日は来る? 部活」


「行くよ。委員会があるから、少し遅れるけど」


 とりとめのない会話のあいま、いつのまにか、予鈴が鳴っていた。


「いい席だね」


 最後にカステルがそう言うのを聞いて、私はすっかり嬉しくなってしまった。外を眺めて過ごしている時間が、正しいものと認められたような。


 去っていくのを見届けたあとも、しばらくのあいだ、カステルの出て行った扉から目をそらすことができなかった。



*


 「戦場のメリークリスマス」が流れている。

 私は、大きな机みたいな装置のてっぺんに座って、それを聞く。ゆるやかに始まるメロディ。


 これを聴くといつも、思い浮かべる風景がある。世界の果てみたいな荒涼とした土地に、凛と咲く花。

風に吹かれて、なぶられそうになりながらも、背をのばして佇んでいる。遠くの方から、私はその花を眺めている。黄昏の空。誰もいない地の果て。


 でもその花は存在していて、私はがいることを知っている。



「ポルトはこれから、どうするつもりなの?」


 隣に座っているポタンが聞く。


「僕は、そのうちここを離れると思う。誰も知らない場所へ、この世界でもっとも価値のあるものを探しにいく」


「もっとも価値のあるものって?」


「地位でも名誉でもお金でもない。でも、この場所には存在しない何かさ。それは目に見えるものかもしれないし、見えないものかもしれない。次の瞬間には、消えてなくなってしまうものかもしれない。

 でも、僕はそれを知りたいんだ。たとえ何も見つけることができなくても」


 鳴りやまないメロディ。

 次の瞬間、舞台は暗転して、私はポタンとともに——静かに、その場所から立ちあがる。


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