第14話 哀惜の少女、ララ・ゴシック

「まったくいつもいつも。ほんとに、お前さんはどれだけ人を斬ったら気が済むんじゃ……」


 ドンはところどころ刃こぼれした刀を研ぎながら愚痴をこぼす。お抱えの剣士は多い。しかしキリシマは群を抜いての鍛冶屋泣かせだと痛感する。


「なぁドン。俺の弾は?」

「うるっさいわい順番じゃ! ちょいと待っとれ!」

「いやぁ、助かるぜぇドン。いつもタダでやってくれてなぁ」

「金なら取りたい奴から取るのがわしの信条じゃ」

「なぁ、俺の弾。もう用意してあるんだろ?」

「うるっさいわ! そこの棚に入っておる!」


 ハーディはそれを聞くと机の棚を開け、中に入っていた弾丸を取り出した。通常の弾と、巾着袋に入った弾の二種類である。

 それらを鞄にしまい、ハーディは部屋の扉を開け外に出ようとする。


「おいハーディ、どこ行くんだよ?」

「どうせ今日はオラトリオに泊まるんだろ? ちょっと野暮用だ。出発前には戻る」

「別に構わねえけど、明日の朝には出るからな! 遅れるなよ!」


 ハーディは何も言わずにドンの部屋を出ていった。

 ドンに小言を言われながらも、キリシマはどこか嬉しそうだ。


   〇


 日が暮れかかった時である。

 もうすぐ空に月が昇ろうとしていた時分、ハーディは少女と出会ったビルまで戻ってきていた。まさかいないだろうと階段を上り、見渡すと部屋の隅に少女はいた。ハーディは近づき持ってきていた水とパンを渡す。

 ララは無言で受け取り口を付けた。


「言いたくなきゃいいが……。何をされた?」


 ララはなにも答えない。

 ララがなぜここにいたのか、ドンの部屋から走り去った後で、ハーディは感づくことになる。政府の人間がレクイエム内の無法さに目をつけ、狙った女をレクイエムに落とし、欲望を満たす。証拠は外の世界には残らず、故に犯人など捜しようもない。昔、そういう不正が行われていた事をエルビスから聞かされていたからだ。つまりは、そういうことだったとハーディは考えたが、本人が言いたくないのであれば、無理にそれを聞き出そうとも思えなかった。


「おまえ、俺たちが寝てる間になぜいなくなった」

「私にはもう価値がないから。もう、帰るところ……、ないから」


 ララは暴行される中逃げ出したのだろう。男ももちろんそれを追っていたが、途中ハーディとキリシマの姿を見て逃げ出した、そう考えるのが自然だ。

 ララは父親から高額で売られていたのだろう。外に出ても、帰る家などない。つまりはそう言った意味。ハーディはそう推測した。


「おら、行くぞ」


 パンを食べ終わるのを確認するや否や、ハーディはララを抱きかかえた。

 あっさりと持ち上げられたララはキョトンとした顔を見せる。


「どこへ?」

「知らねえよ」

「降ろしてよ。私にはもう何もないんだ。生きてきちゃいけなかったんだ」

「何もなくちゃ生きてちゃいけないのか? だったら……、俺も死なないとな」


 ハーディは今は亡き妻の顔を思い出し嘲笑した。

 抵抗するララであったが、ハーディの腕力に敵うはずもない。

 最初こそ嫌がる素振りを見せていたララであるが、やがて大人しくなり、気づけば鼻をすすっていた。


   〇


 ドンに刀を砥がせたキリシマはマーリーに戻ってきていた。

 すでに営業時間を終えたマーリーのテーブルには料理が並び、おかえり、とキリシマを迎え入れた。


「あの、ハーディさん。どこ行ったんですかねぇ?」

「ほっとけほっとけ。朝には帰ってくんだろう。それより飯だ飯!」

「ほんっと協調性ないわよね。あいつ。絶対結婚したくないタイプ!」

「ララちゃんも……、今頃なにしてるでしょう?」


 勿論キリシマは気付いていた。ハーディは間違いなくララのもとにいるだろう。だが、気付かないふりをした。やつは感づかれるのを嫌うだろうから。


「それよりお前ら、これからコンツェルトに向かうんだったら、気をつけたほうがいいぜぇ?」

「大丈夫だ。俺とあいつがいれば何とかなる。それに――」

「いやいや旦那。もしかしたらビズキットもコンツェルトに向かってるかもしれねえって話さぁ」


 料理を口に運ぼうとしたキリシマの手が止まる。


「なんだとポール。本当か? いつの情報だ?」

「いやぁ、そんな情報は入ってきてねぇ。だが俺の推測だとなぁ……。やつはもうハーディの旦那が帰ってきた事を知ってるはずさぁ」


 だとすれば、ハーディとエルビスが手を組む前にきっとビズキットはエルビスを討とうとするだろう。

 昨日までポールはビズキットがカンツォーネに手を出すと予想していた。しかし、キャリーから手を引いたと聞かされた今は状況が変わってくる。きっとより脅威となる方を潰したいと思うに違いない。つまり、ハーディとエルビスが会合するだろうコンツェルトに、ビズキットが乗り込んでくる。そうポールは予測していたのだ。


「さすがのあんた達でもビズキットだけ手に負えないでしょうね……。まあ、見たことないから知らないでしょうけど――」

「いや、分かってる。十分すぎる程にな。カンツォーネの経験が役に立つ」

 キリシマはリップの話を止めた。もし対峙したら全力でやる。すでに慢心のないキリシマはそう決めていた。

「それよりもキャリー、あんたこの男に手出されなかった? まさかカンツォーネで同じ部屋に泊まったりなんかしてないでしょうね?」

「え!? あの……。実は……」

「……え? まさか!?」

「同じ部屋には泊まったんですけど……。実はかなりお酒を飲まされてなにも覚えてないんです。朝起きるとすごく痛くて……」


 キャリーは太ももをさする。

 それを見たリップは全力でキリシマの頭を殴った。乙女の貞操が破られたと勘違いした為であるが、キャリーのそれは筋肉痛である。


「あんた! なにしてんのよ!」

「ご……誤解だって! それに酒を飲ませたのはハーディも同じだ!」


 キリシマは無実を訴えるが、当然信用など無かった。むしろ語れば語るほど疑いは深まるばかりである。

 ポールまで場を茶化そうとキャリーに質問する。


「まさか! 三人同じ部屋に泊まったのかい!?」

「あの……。はい……」


 照れるキャリー。その頬は少し赤く染まり、視線は床へと落とされた。

「初体験で……3P……」


 リップはその場にへなへなと座り込み、キリシマをキッと睨み付けた。その視線はキリシマの肉体を突き抜けるのではないかと思う程、強烈な眼光を乗せていた。


「ハーディの旦那は女に興味がねえクールなキャラかと思ってたがそりゃあ……。なんていうか……。お楽しみだったな」

「違うって! ふざけんなポール! キャリーちゃんもなんか言ってくれよ!」

「思い出すだけで(頭も)痛いですぅ……」

「あんたってやつは――」

「だから誤解だって言ってんだろ! 俺の本命はおっぱいちゃん、おまえだけだ!」

「なっ!」


 リップは顔を赤らめた。あながちまんざらでもなさそうなリアクションに場が凍る。


「あ……」

「ひゅー……。お二人さん、お熱いねぇ……」

「キリシマさん……」

「ああああああああああああ!!!」


 この後、照れ隠しにリップにボコボコにされたキリシマであるが、キャリーの手助けもあり、なんとか誤解を解くのには成功した。しかし、すでに失った代償は大きすぎかのように思う。


   〇


 翌日。マーリーに泊まったキリシマとキャリーは朝食を終え旅支度をしていた。

 ポール謹製フレンチトースト。採れたて卵をたっぷりと含ませたパンを、絶妙な火加減で仕上げたそれは、良く焼けている様で、適度にレアな部分を残し、バターの香りが朝の爽やかさを演出する逸品であった。

 しかしキリシマには鉄の味しか感じ取れなかった。


「ハーディの旦那はまだ来てねぇのかい?」

「ポール、悪いが、もしあいつがここに来たら先に出たと伝えておいてくれ」

「あの、私は来るまで待っててもいいと思いますけど……」

「そうしたいのは山々だが、どうもビズキットの動きが気になる。早めに出たほうがいいだろう」


――カランカラン


 その時、マーリーの扉が開いた。

 その姿をみてキャリーは笑顔になり、入口まで駆け付ける。


「ララちゃん!」


 ハーディとララが店に入ってきたのだ。

 あれからハーディはララを抱えオラトリオまで走って戻ってきたのだった。


「おせえぞまったく」


 キリシマはかすかに笑う。

 ポールは物珍しそうにララを見つめた。


「その子が昨日言ってた子かい? へぇ、本当にレクイエムに女の子がねぇ」

「なんでこんな子がここにいるのかしらね。明らかに年齢が――」

「リップ! 腹減った。何か食わせろ。そいつの分もだ」


 ハーディはリップの言葉を遮った。ハーディなりの優しさのつもりだった。


「なによ! 急に帰ってきて勝手なやつね!」

「まぁまぁ。朝飯の残りでも出してやんなぁ。旦那はともかく嬢ちゃんがかわいそうさぁ」


 ふれくされながらも、リップはしぶしぶキッチンへ向かった。


「ハーディさん。探してきてくれたんですか!? あの、ありがとうございます!」


 ハーディは少女を見捨てることができなかった。過去に自分も同じ状況を体験したことがあるから。


「ハーディさんってホントはすごく優しいんですよね!」

「やめろ。殺すぞ」


 キャリーを睨む目が光った。ハーディは言ってしまえば極度の照れ屋だ。おまけに天邪鬼ときている。賛辞だとしても、素直には受け取らない性格だった。


「……え? あの、すいません……」

「気にすんなキャリーちゃん。こいつぁ素直じゃねえんだよ」


 リップが食事を持ってくる。それをハーディの元ではなくララの所へと配膳した。


「てめぇ、何のつもりだ? リップ」

「この子はともかく、あんたに食わせる義理なんかこっちにはないのよ」

「チッ」


 ハーディはそっぽを向いた。

 こうなってしまってはもう何を言っても意地でも食べないだろうとポールもキリシマも心に思った。


「ララちゃーん。お腹すいてるでしょ? 食べていいんだよ?」


 ララはもう空腹で倒れそうだった。だが、それらに手をつけずに料理の盛られた皿を持つと、ハーディの所まで運んだ。


「ハーディ。一緒に食べよ?」

「なっ!」


 その光景をみてリップが絶句する。ハーディが子供に懐かれてるなんて、天変地異が起こる前触れとしか思えない。


「いいから早く食えよ。ぶっ倒れるぞ」

「でも、ハーディも何も食べてない……。一緒じゃなきゃヤダ」


 ハーディは頭をポリポリと掻き、ララと配膳された料理の前に座った。


「おら、食うぞ」

「いただきます」


 二人は食事をとり始めた。

 リップはハーディの意外な一面を見てふぅんとにやけた。

 そこへポールが切り出す。


「旦那ぁ。その子はどうするおつもりで? やっぱり刑殺官に引き渡すんですかぃ?」


 ララがあの状況に至ったということは家族に売られたのだろう。外の世界に返すと、そのまま口封じのため殺されることは必至であった。かといってマーリーに置くわけにもいかない。腕途刑をつけないララが見つかれば結局、外に強制的に連れていかれるのだから。ポールとリップに任せるには、あまりに心細い。

 オラトリオの刑殺官、レイラは今や信用できない。あの態度から察するにハーディの話など聞く耳もたないだろう。カンツォーネまで連れていきカンテラに預け、外の世界で施設に丁重に保護させるのが最善だろう。


「こいつはカンテラの所に連れていく」

「またカンツォーネに戻るのかよ」


 それを聞いたララは持っていたフォークを落とした。ハーディの元に駆け寄り、ギュッとしがみ付く。


「ヤダ。ハーディといる」

「やだあんた、随分となつかれちゃってまぁ」


 茶化すリップを無視し、ハーディは自分にしがみつくララに言う。


「ダメだ。危険すぎる」

「ヤダぁ、ハーディと一緒にいるぅ!」


 一歩も引かないララを見ていたキャリーが切り出した。


「あの、そういう事なら一緒に連れてってあげましょうよ!」

「正気かキャリーちゃん? そこの馬鹿と同意見になるのは嫌だが俺も反対だぜ?」

「でもあの、レクイエムで二人の側ほど安全な場所は無いと思いますよ?」

「なぁにキリシマ。あんた弱気じゃない」

「弱気っつーか、刑殺官に引き渡したら安全が確保されるんだぜ?」


 だが確かに、カンテラが保護しても、それで安全という確証はない。その手が渡ったところでやはり殺される可能性は否めなかった。


「ではあの、解放軍に引き渡すのはどうでしょう? なにかいい知恵を貸してくださるかもしれません」

「解放軍か……」


 エルビスならなにかいい情報を持っているかもしれない。仮にも、解放軍とうたう連中だ。なにより、あの男の側にいればひとまずは安心だろう。カンテラに渡すという選択より、解放軍に連れていくという選択がハーディの中で大きくなってくる。


「わかった。ララ。だが一緒にいるのは解放軍にてめぇを引き渡すまでだ」

「おいおい、お前までそんなこと言いだすのかよ。第一――」

「ビビってないで男なら女の願いくらい叶えなさいよ。そしたらあんたに惚れてあげるわ」

「別にビビってるわけじゃねえよ」


 キリシマは刀の鞘を持ち笑った。


「だが今の言葉は突き刺さったぜ。おっぱいちゃん」

「じゃあ決まりですね! 一緒に解放軍まで行こう、ララちゃん」


 ララはそれを聞いて安心したのか、やっとハーディから離れた。


   〇


 一行は四人となり、次の目的地コンツェルトを目指す。


「それじゃあな! 行ってくるぜ! 今度こそ達者でな!」

「ララちゃん。行ってきますって」

「行ってきます」

「昨日も言ったがビズキットには気を付けろよぉ? それと、会えたらエルビスのおっさんによろしくって言っといてくれぇ」

「キャリー。あんた、今度こそシシーに会ってきなさいよ」


 ポールとリップに見送られ、一行はマーリーを出る。

 目標はコンチェルト。シシー、エルビス、そして解放軍だ。

 意気揚々と広場にでる四人。だが店の前には、一人の女が立っていた。


「あれぇ? はーでぃはん。その子はなんどすの?」


 ニヤリと笑うレイラはすでに刀を抜いていた。

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