第13話 東を目指して

 カンツォーネを出た三人は、予定通り経由地点のオラトリオを目指し林道を進んでいく。森の新鮮な空気を吸い込んだためか、体を動かしアルコールを抜いたためか、キャリーはすっかり回復し元気になっていた。


「なあハーディ。エルビスって一体どういうやつなんだ?」


 キリシマはコンツェルトにいるというエルビスについて質問する。今まではまるで興味の無かったことだが、ガストロと対峙し、その力を目の当たりにしたキリシマはなるべく要注意人物の情報を得ておこうと考えた。


「あのじじいは……。そうだな、ただの頑固者の年寄りさ」

「あの、エルビスさんって解放軍のリーダーなんでしたっけ?」

「まずその解放軍ってのはなんなんだよ。なにから解放されようとしてんだ?」

「そんなの決まってんだろ? レクイエムからだ」

「でもあの、強いんですよね? だったら、すぐに刑期なんてたまっちゃうんじゃないですか?」

「ああ、あいつらは例外さ。ガストロ、エルビス、そしてビズキット、レクイエムの中でこの三人だけには刑期がねぇ」


 政府はこの三人を殺しておきたかったがその手段を持たなかった。管理者側の最高戦力、刑殺官をもってして対抗できないと判断をしていた。だが、危険すぎる要注意人物達を外の世界に出すわけにもいかない。そこでやむをえず、政府は服役中の彼らの刑期を抹消し、無期懲役扱いにした。腕途刑の数字が零になっても出ることは許されない。それでもガストロとビズキットにとっては、レクイエムと言う国は外の世界より生きやすかったのだ。政府の対応を、むしろ喜んで受け入れた。しかし、エルビスだけは違った。


「あのじじいは冤罪だったり、裁判所の判決に納得できなかったやつらを集めて解放軍を作った。自分が外に出るためにな」


 だからこそハーディはエルビスに会おうとしていたのだ。外に出るための、有益な情報があるかもしれないと、そうハーディは予測した。しかし、すでにカンツォーネから去った後だとカンテラに告げられたのだ。


「とはいっても解放軍って言ってもよぉ。一体どうやってここを出るつもりなんだよ?」

「レクイエムの塀はさすがに壊せませんよね?」


 レクイエムを囲う様に、ぐるっと高くそびえたつ塀は、とても人間の壊せるものではない。また、地下も同じである。掘ってもやがては固められた地盤に行きついてしまう。脱走は不可能であり、妄想に過ぎなかった。事実、レクイエム設立から三十年間、脱走に成功した者は一人たりともいなかった。


「それは知らねぇ。だがじじいは、元々レクイエム建設に携わっていたらしい。レクイエム創立時からのメンバーだからな。絶対になにかを知っているはずだ」

「あの、もしかしたら私の母も解放軍なのでしょうか?」

「なるほど、キャリーちゃん同様、冤罪でここに入れられたとしたら、その可能性は高いかもな」

「会ってみればわかることです!」


   〇


 長い林道を進むと次第に廃ビルが見えてきた。

 キャリーは遠く、一つのビルの中へと目を凝らす。そこにあったはずのララルの遺体は、林道に転がっていた大量の遺体同様に綺麗に無くなっていた。


「ララルさん……」

「そう暗い顔すんなよキャリーちゃん。きっとマークが弔ってくれたさ」


 キリシマは馬車に乗っていた葬儀屋の名前を出した。

 それを聞いて安心したのかキャリーは笑顔を取り戻す。


「そうですよね! マークさん。いい人そうでしたもんね」


 キャリーはララルの顔を思い出したが、同時にマークの顔も思い出し、少し気が楽になった。

 廃ビルの間を進み、オラトリオが近づくにつれ、襲われる頻度が増えてきた。だが、大抵ハーディかキリシマの顔を見て逃げ、逃げなかったものは殺された。


「まったく、こりねえやつらだよなあ。次から次へとよ。まあ毎日のようにレクイエムに世界中から犯罪者が来てるなら、新顔がいるのは仕方ないけどよ」

「キリシマ、弾が残り少ねぇ。後はお前ひとりでやれ」

「それは構わねえけどよお。もう暗くなってきたし、そろそろ寝床を探そうぜ?」

「それじゃあ、あのビルにしましょう!!」


 キャリーは適当に目についたビルを指さした。三人が中に入ると案の定そこには誰もいないようだった。カンツォーネの市場で仕入れた食料を並べた。自然豊かなカンツォーネでは様々な食材が手に入る。保存のきく簡易食とは言え、そのどれもがとてもおいしそうだった。

 するとその時、ビルの中に誰かの足音が響いてきた。


「ハーディ、弾ぁ無いんだろう? お前はゆっくり飯でも食ってな」


 キリシマは刀を構え、その足音を待ち伏せた。

 柱の陰から現れたのは――

 ――幼い少女だった。

 呆気にとられたキリシマは刀を納刀し、少女に話しかけた。


「お嬢ちゃん。どうしたこんなところで? 迷子か?」


 オラトリオのビル群はレクイエム入口から一番近い。受刑者が入所して初めて行き着く土地である。キリシマはルーキーが迷っていると考えていたのだが、ハーディは違った。


「ガキ……? レクイエムに?」


 ハーディはハロルドを少女に向けていた。レクイエムへの投獄は十五歳以上からと決められていたからである。キャリーも若いと言えば若いが、少女は明らかにそれより幼い。どう見ても十歳前後にしか見えなかった。加えて、受刑者間で万が一子供ができた際も、刑殺官等の管理者がすみやかに外に引き渡すようになっていた。つまり、実質レクイエム内には子供は一人もいないのである。

 銃口を向けたままのハーディの問いに少女は困惑してみせた。


「あの! やめてくださいハーディさん! こんな子供に! ……ごめんね。怖かったよね……」


 キャリーはあやすように少女に近づき頭を撫でた。


「お名前はなんていうのかな?」


 少女はハーディの顔を見ながら無表情のまま答えた。


「ララ……」

「ララちゃんね。あの、私の名前はキャリーだよ。よろ――」

「おいやめろ。てめぇもレクイエムに子供がいない事くらいは知ってるはずだ。怪しすぎる」


 ハーディはそう言って追い払おうとしたが、それをキャリーは許さなかった。


「だからって、ほっとけないですよ! せめてオラトリオまで連れていきましょう? ね、キリシマさん?」

「それは賛成だな。大体こんなお嬢ちゃんにビビるなんて情けないぜ?」


 ハーディはカチンときたが、何も言い返さなかった。確かに相手は普通の少女である。問題にすることでもないだろう。

 一行は新たな同行人を加えて、眠りについたのである。


   〇


 場所はオラトリオ。

 情報屋マーリーではいつものようにポールが新聞を読み、それを眺めるリップがいつものように退屈していた。


「なーんか……、おもしろいことないかしらねー?」

「面白い事ォ? それならたくさん知ってるぜぇ?」


 ポールは読んでいた新聞をカウンターに置いた。

 リップは近づき、ポールの話に耳を傾ける。


「アラベスクの刑殺官のコレシャ。政府が呼びかけても連絡が取れないらしいぜぇ?」

「あらやだ。ビズキット関連かしら」

「恐らくなぁ。もしかしたらビズキットの奴、他の街に手出すかもしれねぇぜ?」

「呑気に言ってる場合じゃないわよ。もしオラトリオに来たらどうすんのよ?」


 だがポールはそれは無いと確信していた。言うまでもなく、オラトリオにはレイラがいるからである。ビズキットが行くならカンツォーネ。それがポールの本命であった。


――カランカラン


 その時マーリーの扉が開いた。

 見慣れた三人が入ってきては、リップはその姿を見るなり、店に面白い事が帰ってきたと歓迎する。


「あらキャリー! お帰りなさい!」

「お久しぶりです! リップさん、それにポールさんも!」

「おっとぉ、これはこれはハーディの旦那まで。で、シシーには会えたんですかぃ?」

「よ! ポール。シシーならこれから会いに行く。それよりも、ドンはどこだ?」

「ドンなら街の宿屋にいまさぁ」

「宿屋か。俺達はドンに会ってくる。てめぇはしばらくここにいろ」


 弾の補充と刀の研磨。その目的の為、二人はマーリーを出て行った。

 レクイエムにいる鍛冶屋はドンだけではない。探せばカンツォーネにだっているし、オラトリオにも数軒店を構えている。しかし二人はドンにしか獲物を触らせない。ドンの腕に対しての敬意もあるだろう。しかしそれ以上に、二人の愛銃、愛刀に対する敬愛の表れでもあった。

 マーリーの店の中にはキャリー、リップそしてポールの三人が取り残された。


   〇


「んでぇ?シシーの居場所は分かったんかよぉ?」


 ポールはにやにやしながらキャリーに質問する。ハーディとキリシマが対立したら店は、オラトリオは荒れるだろう。

 しかしその間にキャリーがいる間は平穏が続く。その事にポールは少し感謝していた。


「はい。あの、エルビスって言う人と一緒にコンツェルトに向かったみたいなんです。だから、これから私達はコンツェルトに向けて旅立とうと思ってるんです」

「へぇー……。あのエルビスと一緒にねえ……。もしかしたらキャリー。あんたのお母さん。凄い人なのかもよ?」

「……なるほどなぁ。でもキャリーちゃんなら、あのじいさんは心配ないさぁ」

「ポールさんは会ったことあるんですか!?」

「あぁ、なんせ昔はこのオラトリオを管轄してた刑殺官だったからなぁ。あのじいさんの事はよく覚えてるぜぇ?」

「そうよ。ついでに言うと、あのハーディの元上司よ」


 ハーディの上司。

 レクイエムに入った時より、キャリーから見て、ハーディの表情は柔らかになかったように感じる。それはやはりエルビスに会えるからなのか、とキャリーは勘繰った。


「元上司って事は……。あの、今も政府と繋がってたりして……」

「いやぁ、刑殺官時代になにかやらかして投獄されたみたいだぜぇ? もっとも今は刑期がないから一生レクイエムの住人だけどなぁ!」


 そもそも解放軍なんて組織を作るくらいである。その線はないかと、キャリーは仮説を否定した。


「そう言えばあの、カンツォーネでリップさんの言ってた人に会いましたよ?」

「あたしの言ってた人? えっと……、誰の事かしら?」

「えーっとたしか……。ガストロさん?」


 ポールとリップは驚愕した。ガストロはレクイエム要注意人物の中でも最も所在がわからない。生きているか、死んでいるかすら正しく把握しきれていないのである。情報屋を営むポール達からすれば、その情報だけで金になるものだった。


「ガストロに会ったって! ちょっと! あんた! なんにもされなかったの!?」

「えーっと……。ハハ……、あの、銃で撃たれちゃいました……」


 キャリーは苦笑いをしながら答えた。軽く銃で撃たれたとは言うが、普通は死亡するところだ。決してヘラヘラ笑いながらする話ではない。


「おいおいキャリー本当かよぉ……。ケガは大丈夫なのかよぉ?」

「えっとこれ着てたんで、幸いケガとかはしてないです。多分痛かったんだろうけど、気失っちゃったからそれもわからないままで……」


 キャリーはシャツをめくって中に来ていた帷子を見せた。

 リップは泣きそうな顔をしていたがそれを見ると安心したのか目元を拭き、いつも通り、高飛車な雰囲気を醸し出した。


「キャリー! まったく、心配させないでよ!」

「えへへ、あの、すいません……」

「あいつに狙われて生き延びたんならたいしたもんだぜぇ」

「いえ、私は何もしてないんです。キリシマさんとハーディさんに助けてもらって。あ! それとカンツォーネの刑殺官さんも来てくれましたし」

「カンテラね。あの子、優しいものね。元気してた?」


 リップはカンテラの顔を思い浮かべる。どうやら面識があるようだ。


「オラトリオで会った女性の刑殺官とはだいぶ印象が違いました。確か……レイラさん?」


 リップは深くため息をつく。少し、昔を思い出したようだ。


「……本当はね。レイラだって話せる子だったのよ」

「あいつがああまで変わったのは、レクイエムからハーディの旦那がいなくなってからさぁ。刑殺官官長に任命されて、きっと物凄い重圧と戦ってんだろうぜぇ?」


 官長。それはもともとハーディに付けられた役職であった。ハーディがレクイエムを去り、今はレイラが後を引き継いでいる。四人の刑殺官を束ねるレクイエム内の最高責任者、責任は重い。


「あ! あと廃ビルの中で一人の女の子を見つけたんです!」

「女の子? レクイエムに?」

「歳は十歳くらいで……。あの、朝起きたらはぐれてしまってて……。ポールさん、リップさん。なにか知りませんか?」

「その子どころか俺っちも長くレクイエムにはいるが……。子供は長らく見てねぇなあ。チューカ屋のハンが隠れて子供作っちまった時以来だぜぇ。見間違いじゃねえのかぃ? やけに幼く見えていたとか」


 ララの風貌は幼く見えていた、では済まないほどに少女であった。

 キリシマも、ハーディも、ララの正体はわからず仕舞いな事に、内心どこかひっかっかるものがあったに違いない。


「いえ、確かにいたんです。一緒に寝ていたんですが、朝になるといなくなってて、探しても見つからなくて……。あの、もしかしたら一人でオラトリオに向かったんじゃないかって」

「わかった。情報が入ったら教えるぜぇ。なんか俺っちはキャリーちゃんの知りたい事に関しては、なんにも知らねえなあ……」


 ポールは自慢のドレッドヘアーをガシガシ掻いた。


「それより、そろそろお昼にしましょう」

「キャリーも食べてくだろぉ?」

「え? あの……、いいんですか!?」

「当然でしょ。手伝いなさい」


 ドンを訪ねに出て行った二人は置いておいて、残った三人は先に昼食をとることにした。

 キッチンでポールの料理をキャリーが手伝い、それらをテーブルに並べていく。

 久しぶりに食べるポール謹製の料理はとても暖かく、ララがいなくなってから焦燥に疲れていたキャリーの心を潤した。

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