第46話 好きにしなさい


嫌いなのだと思ってた。

あなたは今まで一度も関わろうとしてこなかった。それは仕方のない事。わたしの愛した人は娘の中学の音楽教師だったから。

「できるなら結婚したいと思っているの」

「・・そう。お母さんの好きにして」

鞄に教科書を詰めながらあなたは言う。

その素っ気なさがわたしの胸を締めつける。


「別に担任だったわけじゃないし…… 」

娘の部屋の入り口でたたずむわたしの横をすり抜けて出てゆく。玄関の扉を閉める音が普段より乱暴に聞こえた。そう思えた。



娘が高校に通いはじめて一年後、惹かれあった彼と私は付き合いはじめた。


「わたしあの大学を受けるわ」

その大学は京都にあった。たしかに学びたいという事の学部がその大学にはあった。此処からは通えないほど遠くはなるけれど、大学に入ればいいって事ではないのだから。それは娘の将来と希望の為なのだから。

「そう。あなたの好きにしなさい」

突き放して言うのではない。

あなたはいつかは私から離れる。自分の人生を誰しもが生きる。何かを選ぶ。誰かを選ぶ。好きとか嫌いとかもちろん誰にでもある事だけど、信じる事の難しさと大切さは味わってきた。

「うん。お母さんも。自分の好きな様に生きていいと思う」靴を履きながら背中越しに言う。

あなたを育ててきたのは私だけではなく、色々な物事が日々の中であなたを育んできた。あなた自身もあなたを高めていった。

選ばれている様で選んでいる。そうして生きてゆく。


親兄弟だけは選べない。

そうね。それはどうしようもない事。あなたも私が産んだ命。それだけで愛しい。私が認めたくないものもあなたは大切にしてゆくのかもしれない。あなたの認めないものを私も選んできたのかもしれない。あなたに認めてもらいたいなんて思うのは傲慢でしかないのかもしれない。


愛とは難しい。恋みたいに求めるだけのものじゃないから。押し付けて成り立つものではないから。どこに正解があるかなんて誰も知らないでしょう。でもあなたを愛しく思う気持ちを私は認めたい。私の恋が愛になっていくことも信じたい。

それをいつかあなたが認めてくれるのも信じたい。


「ゴメン、言い忘れた」

あなたは日差しの世界から戻って来て言う。

「行ってきます」

あなたは微笑んだ。

「行ってらっしゃい」

それがあなたへ言えること。



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ありとるびっとういっと 蕗畠 遼 @miijyo

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