第30話 額縁の外の額縁、あるいは謎解き

「なんだ、結局トリックの真相は変更したんですね?」

 彼の言い方はなんだか期待外れだったかのようで、私はちょっと戸惑ってしまう。そういう癖のある喋り方をするというだけで、別に他意などないのだろうけど。

「あ、あの、いけなかった……ですか?」

 どもり気味に尋ねた私もなんだか言葉足らずで、お互いがお互い様な感じだ。


 要約すると、以前から引っかかる箇所だったあのトリックの仕掛けを変更した理由は何かと聞いた彼と、彼が引っかかったというその理由に気付いたので変更したけどもまだ引っかかるままだろうかと聞き返した私、という構図だ。ややこしい。


 被害者の死因は、最初は心臓麻痺だった。だけど、一般的じゃないということに気付いて、餓死に変更した。読者は以外は受け付けないものね。餓死するより先に心臓麻痺が起きて死ぬケースの方がヘタしたら多いなんてことは、知られていないわけで。個別のケースで見て、ローザは心臓麻痺ではなく餓死でした、としても正しいっちゃ正しいもの。


 謎解き自体はごく簡単なはず。

 ゴーレムには、言及の通りにトリックはない。あれは密室を作るためだけのもので、フェイントだ。魔法の化粧品にしてもそう、死因を隠すベールでしかない。ただ、証言の中には過剰なダイエットや神経症を疑わせる記述は仕込んである。だからそれさえ気付けばすぐに餓死だと気付けるはずのものだと思う。

 だけど……だと気が付いてしまって……。だけど、だけど、、と思ってしまって。フェアという言葉が迷子になってしまった。


「これ、前に俺が貸した『どんどん橋落ちた』ですか?」

 彼はにこやかに笑いながら、的確な指摘を返してきた。あ、彼の使う一人称は『俺』だったか、後で訂正しなきゃ。

 私は黙って頷いて、返事の代わりにした。よく知る人が相手でも、やっぱり喋るのは苦手で、必要ないならなるべく口を開きたくない。


「元ネタのトリックを作ったのは鈴さんで、書いたのはふな子さん。二人の共作ですよね。。異世界モノのままだと無限に推論が広がってしまうから、限定条件を示したかった、ついでにその部分もミステリ仕立てにしてみようと思いたった……が、それで額縁小説にしてみたものの、突貫工事で付け足したからおかしくなってしまったような気がする……というところです?」

 その通りすぎて、私はただコクコクと頷くばかりだった。

「カクヨムの例のコンテストの参加条件にはという記述は見えませんからね、それで鈴さんは出しても大丈夫と言ったんでしょう。だけど、あなたは不安だったわけですね、ミステリーの条件がよく解らなかったから?」

 これもその通り。私はヘドバンよろしく激しく頭を上下した。

「それで、この顛末をそのまま額縁に仕立てて貼り付けたんだ?」

「そ、そう。」


 ごくりと唾を飲み込んで、深呼吸もする。喋るには準備がいる。

「あ、あの、書いたことないジャンルだけど、ちゃんと出したかった、から。」

 いい歳をして未だ言葉が足りないことはコンプレックスで、だからこのたったひと言にこめられた真意が、果たして彼に通じるかどうか。おそるおそると目を上げると、彼はやっぱり作り笑いの爽やかな笑顔で私を見ていた。知ってる、その貼り付けた笑みの下はぜんぜん爽やかでも穏やかでもないって。

わけなので、そこをちゃんと言及しなければフェアではないです。それはふな子さんも充分承知だったから、作中で何度もわけですが……。正直、どうなのかなぁ。」


 私が普段書いているのはバリバリの転生ラノベだもの。ミステリなんて、漫画くらいしか、それも読み流すようにしてほとんど注力しないで読んでただけだから、書き方なんかぜんぜん解らない。何がフェアで何がフェアでないのか、どういう基準で決めてあるのか、ぜんぜん、今でも解んないままだ。

 内心びくびくしながら彼の顔色を窺っていたら、ほんの一瞬、困ったような顔になって、彼は私の書いた原稿をそっとテーブルの上に戻した。

「……あの本の中にも書かれていたけど、ますよ?」


 だ。何を指しているのかよく解らなかった謎掛けのような言葉。作中に登場する『ふな子』は『私』で、文字として書かれた瞬間から『私』もやっぱり作中の『ふな子』になってしまう、そう解釈したけれど。

 これを書いた時点で、作中の額縁に居た『私』と、その外の額縁に居るはずの『私』は、さらに外側に居る『私』の観察する『私』になる。……ややこしいな。


『私』の思考が、その外側に居る『私』と同一である保証は、ない。





第一稿完了

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【推理】原稿×魔法×ミステリ 柿木まめ太 @greatmanta

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