第三幕

第20話


 山を下り葛葉の稲荷神社の境内まで来たとき、浩太は思い出していた──。


 昔、よくここで遊んだっけ。

 あれはまだ小学校に上がる前だ。ある日茜が、獣じゃなく蛇の化身だった結沙を連れてきて、友達になると言い張ったんだっけ。小さな結沙と茜は、それからずっと二人は一緒で、双子の蒼よりも姉妹らしかった……。

 そんな記憶の甦る稲荷神社の境内を、浩太は急ぎ足で家に向かう。


    *  *


 蒼に送られた後、結沙はお気に入りの場所──あの沼のほとり…──に立って、しとしとと降る雨に濡れぬよう木陰から水面みなもの波紋を見ていた。


 あれから蒼との関係がぎこちない。

 それはしようがないとして、どうすれば元に戻ることができるのだろう。

 そんな思いつめた結沙に、蒼がこの場所にいるよう言ったから、それで結沙は雨の午後に、この場所にいる…──。



 こうして水面に明滅するように広がる波紋を見ていると、いろいろなことが思い出された……。


 最初に茜のこと。

 初めて逢った時から親切で、あたしのこと気に入ってくれた。

 両親が相次いで自動車に轢かれて、あたしのそばからいなくなったときには、ずっと手を握っていてくれてた……。

 茜がいなかったら、あたしも、いなくなっちゃってたかな……。


 あおちゃんは……あたしにとっても弟だ。

 やんちゃで、意地っ張りで、とっても優しい……。

 いいお姉ちゃんを気取ってたけど、最近はなんだか蒼ちゃんの方が兄貴だよね。


 明弘は……あたしのこと、どう思ってるのかな。

 小学校の頃、蒼ちゃんと明弘に言われたっけ……ヘビ女なんて嫌いだ、って。

 ──蒼ちゃんはすぐに謝ってくれたけど、あれは結構、いまでも刺さってる。


    *  *


 明弘は自転車を止め、道端から下りていくコンクリートの階段を下りていった──。

 すこし前、帰宅してほどなく蒼が来て、ここへ来いと──ここで結沙が待ってるから、と言われたのだ。

 息せき切って走ってきたらしい蒼は、募らせていたらしい苛立ちを隠さずに言った。


 ──今から行って、結沙にあの時のこと謝ってこい。それから自分の気持ち伝えてこい、と……。


 最後に「俺ばっか道化ピエロやらされて、不公平だろーが……」と結んだときの決まりの悪い表情が、

 ──…結沙がお前のこと好きなのは皆知ってるし、お前が結沙のこと好きなのは俺が知ってる。お前が人間ひととして生きていくかどうか悩んでんのは、そういうことだろ? ……と、言っていた。


 それで明弘は観念して、蒼をその場に残して、自転車を走らせた。



 階段を下りてしばらく行った先でつり橋を渡る。


 この先に結沙がいる。

 ──彼女のお気に入りの場所だ。


 ここに明弘が最後に来たのは、もう随分と昔だ。

 ……ある記憶が、ここへ来るのを避けさせていたから。



 あの時…──、


「俺だってヘビ女なんか好きじゃない」

 そう言ってしまった時の彼女の表情かおを、忘れられないでいた。

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