第15話


 翌日からの三日間、茜と結沙は学校に来なかった。

 有森は週明けに自主退学し、問題の男子校の不良達も同様に退学となったらしい。

 浩太と蒼。明弘の三人は警察と学校とに何度か呼び出されて説明を求められたが、相手をケガさせたことには何のお咎めもなかった。


 そんな中、葛葉の家を浩太の父が訪ねている…──。



 月の綺麗な晩だった──。

 浴衣姿で涼んでいた縁側に母の珠緒がやってくると、茜の頭がおもむろに珠緒へと向いた。

 珠緒は娘の隣に腰を下ろすと、自分に瓜二つ…──古風だが〝ゆかしい〟のが自慢の娘の顔を、優しく見返した。


「お母さん──?」


 すぐに話を切り出さなかったことを問い質すように、瞳が揺れている。

 ──そんな娘を、自分に似て勘がいい、と珠緒は思う……。

 珠緒は、伝えなければならないことを、少し回り道して娘に伝えることにした。


「コウちゃんのお父さん……いま帰ったわ。──コウちゃんが助けてくれたんだって?」


 は目線を下げて頷いた。そんな娘に、つらいことを訊く──。

「コウちゃんの中にも、はいた?」


 娘は、その問いに、少ししてからもう一度頷いた。

 珠緒は庭の竹へと視線を移した。


「──コウちゃんね、前の学校でもそういう事があったんだって……。

 だから、コウちゃんのお父さん……、

 また同じ事になったら、今度こそ〝全部一からやり直して〟……またここを出ていく、って──。

 もう、そうするしかないんだって……」


 びく、と娘は反応し、母に顔を向けた──。


「…………」


 何か言い募るような表情が、やがて泣きそうなものになる。

 そんな娘を、珠緒は胸に抱き寄せてやった。

 娘の細い線の顔が、泣くのを堪えて云う。


「──もう、葉山くんには、会わない方がいい?」


 いやいやを云いたくても、それが出来ない子供の表情かおだった。

 そんな娘に、珠緒は真正直な答えを避けて、それとは別の事実を伝える。



「ここから出ていくことになったら、彼の中に、この山のことは、何一つ残りはしないでしょうね……」


 それで茜はきつく目を瞑り、母の胸に顔を押し付けた。


「──わたし……転校する。 ……して、いい?」


「…………」 珠緒は、茜の頭を優しく撫でてやった。「──茜がそれでいいのなら。でも……いいの? それで……」


 茜は母の胸の中で、小さく頷いた。


「──消えてしまうより……いいもの……」


 茜の頬を涙が伝う。

 ──全部、なかったことになってしまうより……ずっと……いい──


 茜が声を殺して泣く。

 珠緒は、そんな娘をただ優しく抱き締めてやった。


 ──コウちゃんのこと、ずっと、待ってたのにね……。

 母としては、思いつめる娘が何とも切なかった。



「茜…──」 珠緒がそっとそう云う。「しばらく、おばあちゃんのところに行こっか」



 茜は泣き濡れた瞳を上げ、母を見上げた。

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