第13話


「──したらそこで、葉山くんとキスでもした?」


 結沙が茜に云った。

 茜の顔がばね仕掛けのような勢いで結沙に向く──。


「え! な、なんで?」


 顔を朱くする茜は、含羞を帯びたあどけない少女そのものだ。

 結沙はそんな茜に、にやにやと揶揄うような目線を投げ掛ける。


「なぁんで今更、カマトトぶる?」

「……ぶってないもん!」


 二人がそんなやり取りをしていると、県道の先の方から固まって歩いてくる男子の集団が目に入って、結沙がぎくりとする。近くの男子校の生徒達だった。


 ──コイツらしつこく茜に言い寄ってたっけ……。


 たちの悪い連中で、いい噂を聞かない。よりによってこんなとこで……。

 結沙は嫌な感じに胸が高鳴った。

 このまま何事もなく通り過ぎられますように……。茜も目線を下げ、目を合わせないようにしている。


 ──けれど……、



「これはこれは、いいところで会えましたね、お二人さん。こんばんわー」


 リーダー格の生徒の慇懃いんぎんな台詞が聞えてくると、取り巻き連中が二人を取り囲むように広がっていた。

 あっという間に茜と結沙は、県道の端に追い立てられてしまう。


「いつも葛葉のお嬢さんにはフラれてばかりですからねぇ。今日は是非ともお付き合い頂きたいものですね」


 その取り巻きの中…──赤黒い顔でニヤニヤと舌なめずりする彼らの中に、クラスの有森の姿があった。

 目線が合うと、有森はねっとりとした笑みを返してきた。


 ──…嗚呼……。

 結沙は絶望的な気分になった。




   *  *


 先頭の明弘が、ぴくと、何か音に反応するように立ち止った。そのままじっと耳を澄ましている。


「蒼…──」 蒼もまた、同じ表情でじっと耳を澄ましていた。

「──…ああ……‼」 その顔がみるみる険しくなっていく。


「葉山、悪いが……先、戻っていてくれ──」

 明弘が絞り出すような声で、そう云った。



「…………」

 二人の周囲が、尋常ならざる気配に支配されていくようだった。

 たしかに〝空気〟が変わった……。

 浩太もまた、明弘と蒼の発する〝何か〟に、緊張していた。

 

 と、次の瞬間、明弘と蒼の二人が駆け出した。一瞬で視界から〝消えた〟と感じた。


 ──な、なんだ?


 そういう疑問が形になるよりも早く、一拍の後には俺もまた二人を追っていた。


 ──なんだ……? いったいどうなってるんだ?


 自分の視界の中の動きについてアレコレと考えるよりも速く、周囲ではその視界が流れていく……。

 視界を、飛ぶような速さで緑が線になって流れていった。


 耳元では風が鳴っていた。

 先を走る明弘と蒼の背で風が巻いて、切り裂かれる……。

 二人が、俺の先を飛ぶように駆けていく。

 俺も同じように駆けている。

 噴き出た汗が身体の後方へ飛び散っていく。


 息が苦しい──。

 心臓が張り裂けそうだ……。


 ──なんて荒々しい走り方なんだ……。まるで獣だ……。


 人の走りではないと思った。


 ──でも、美しい……。



 自分がどうやって二人に付いて行ってるのかわからない。

 それでも 細く険しい獣道の上で、俺は必死に足を動かした。


 でないと二人の背中が視界から消えてしまう…──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る