出逢ってから 3
「ここだ」
門柱に『守屋・中里』の表札を見つけて、良樹は振り返った。
そこに、何かを云い募りたいようなそんな表情の宏枝がいて、そしてそれは、何年か前に確かに自分が浮かべたことのある表情のような気がして──
これは……逃げれんだろ……。
良樹は、自分自身にそう云われたように感じた。
次の瞬間、扉の開く音が小さく聞こえたような気がした。
視界の中で、宏枝の表情が変わっていく。
不意の事態への戸惑い、驚き。期待と後悔と、それから苛立ちや憤りといった感じ──
そんなふうに、コマ送りで感情が、幼さの残る少女の顔に浮かんでは消えていく。
彼女の動揺に揺れる瞳は、すでに良樹の方を向いていなかった。
「……おかあさん」
宏枝のその揺れるトーンの声に、良樹は彼女の視線を追って振り見やる。
閉められた玄関の扉の側に、和服姿のスラリとした女性が立っていた。
たぶん宏枝よりも背は高い。すっきりとした顔立ちの目元と口元に宏枝との共通項を見て取れたが、愛らしさが先に立つ宏枝よりも さらに純和風の美人だった。
何よりも、宏枝の屈託なくくるくるとよく変わる目の表情と同じものを、この人からは感じ取れない……。
その目に感情の動きのようなものを何も感じられないことに、良樹の中で嫌な感じが甦る。
「宏枝、なのね?」
しっとりとした声音は、大人の女性の声で、宏枝よりもずっと落ち着いていた。
そしてその抑えた抑揚に、宏枝と似たものが感じられず、良樹の気は重くなる。
このまま二人が話をしても、多分、いいことにはならないだろう……。
それは判っていたが、もうどうにもならない。
宏枝はこの母親に会いにきて、母と娘は会ってしまったわけだから。
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