出逢ってから
出逢ってから 1
北野白梅町で京福を降りた後、二人は軽い昼食をとった。
良樹は緊張と心地の良さとが併存する、不思議な時間を初めて経験した。
宏枝は、車中からのはしゃぎっぷりの反動からか、とてもしおらしかった。
言葉数の少なくなった分、小さな所作の端々に彼女の朗らかで落ち行いた雰囲気が感じられる。
デザートが運ばれてくるまでの間の、窓ガラス越しに通りを見やる横顔なんかは上機嫌に見えて、良樹は、割りと平静に、そんな彼女に見惚れてる自分を自覚していた。
オレは今、このコのこと、〝いいな〟って思ってる……。
食後のデザートに瞳を輝かす彼女。
──たぶん……、これは〝好き〟になった、ってことなんだろーな。
こういうものって、もっと時間をかけて、一緒の時間を過ごして、少しずつそうなっていくもんだと、漠然とそう思っていたけれど。
でもどうやら、そういうもんでもないらしい。
ふと、視界の中で彼女が視線に気づいた風に目線を向けてくる。
流石にまだ、正面から受け止めることはできなかった。
それで口を吐いて出てきたセリフは──
「さて、もう着いちゃったけど……」
その言葉に、宏枝の時間は、一瞬凍って、それから冷静な自分の声が頭の中を浚っていった。
──〝魔法〟……、解けちゃった。
良樹は、視界の中の彼女に、わずかに淋しげな表情がのぞいた気がした。
たぶん、オレは馬鹿だ……。
「着いちゃいましたね……」
視線が下がり、それからつと、横を向いた。
なんだか、もうこれで終わりになってしまったような、そんな横顔だった。
「あの……」
ちょっとの間があって、どこかに大事な何かをしまい込んだような声で、宏枝が口を開いた。
「もう少しだけ……、お付き合いしてもらって、いいですか?」
その無理をした、ちょっとだけ硬さの感じられる声音に、良樹は頷いて返すのが精いっぱいで、頭の中ではもう一人の自分が、失敗した、と目を覆っていた。
「これから行くところ、母のところです──」
無理に声音を持ち上げて言った彼女の、その語尾は小さく揺れている。
「……おかあさんとは、もう7年くらい会ってません」
言葉もなかった。
そうか。彼女もそうなんだ……。
「修学旅行の前に、おばあちゃん宛に手紙が届いたんです──」
「京都のお母さんから?」
「はい」
自明のことを訊いてる自分の声に、彼女の乾いた声が重なる。
次の頼りなく揺れる視線は、何とか逸らさないですんだ。
「……それで会いに?」
「うん」 微笑む彼女。「会えるかわからないです……。──けど、もし会えるんだったら……やっぱりちょっと、こわいかな……」
頼りなげなその微笑に、良樹は言う。
「いいよ。──〝乗り掛かった船〟なわけだし」
この期に及んで照れ隠しとは、我ながら卑怯だろうか。
でも、気になるのだ。
何でもいいから応えることで、彼女がどこかに隠してしまった表情をまた見せて欲しいと、そんな想いが先に立っていた。
その時、ポケットの中で携帯が振えた。
たぶん、委員長からだ。
良樹はポケットの中で、そっと電源を落とした。
そうだよ。俺、いま、中里の力になりたいと思ってる……。
だから……、何とかしたいんだ。
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