第23話 「で?おまえは、あいつを好きなのか?」

「で?おまえは、あいつを好きなのか?」


 夕食中、父さんが不機嫌そうに言った。


「す…好きなのかって…そりゃ、好きだけど…」


「明るくてかわいい子よね?あたしも昨日スタジオで会ったわ。」


 母さんが、笑いながら言った。


「腕もいいらしいじゃん。陸兄が絶賛してたよ。」


 お兄ちゃんがお味噌汁すすりながら言った。


「ばりばりの関西弁なんだって?会ってみたいなあ。」


 聖があたしの隣でつぶやいた。


「でも、ちょっと強引すぎやしないか?」


 父さんの発言に。


「…父さんが言うかな。」


 お兄ちゃんとお姉ちゃんが同時にそう言って、あたしは笑ってしまった。



 あれだけ詩生を推してた父さんも、もう詩生に関しては何も言わない。

 アメリカにいた時の事も、特に聞いて来ないし…

 だから、こんな風に言われるのは久しぶりで、それが新鮮なような、ちょっと困るような…



「強引な男に弱いのか?」


 父さんの話は、終わらない。


「強引な男って…ハリーは父さんが思うほど、強引じゃないわよ?」


「そうか?事務所では、あいつが一方的におまえを追いかけ回してるようにしか見えないけどな。」


「……」


 なぜか、全員が目を細めた。

 父さんがヤキモチ焼きなのは、みんな知ってるけど…


「千里、そんなに口出ししてたら、華月には彼氏なんて出来なくなっちゃうじゃない。」


 母さんが小さくそう言って、体を父さんに寄せると。


「…妬いてんのか?」


 父さんはニヤニヤしながら、母さんの顔を覗き込んだ。

 母さんは一瞬、えっ?て顔をしたけど。


「…ええ、そうね。千里、華月が帰ってからは、あたしの事ほったらかしだもの。」


 お茶碗を持って立ち上がった。


「…そうだったか?」


 父さんが、誰にともなく、問いかける。


「…そう言われたら、そうかなあ〜…?」


 お姉ちゃんが、苦笑いしながら答える。


知花ちはな。」


 父さんが立ち上がって、シンクの前にいる母さんに寄り添う。


「おまえをほったらかすなんて、あるわけねえだろ?」


「どうだか。」


「娘にヤキモチか?」


「千里だって、あたしが華音かのんと買い物行ったら、何で俺に言わないって怒るじゃない。」


「うっ…」


 母さんは、すました顔で、こっちを見た。

 みんなは小さく笑う。

 うちは、いつもこう。

 家族を愛して止まない父さんは、自分の愛が一番大きいって思ってるけど、たまにこうやって、母さんから愛情表現?されると、嬉しくてたまらない顔をする。



「悪かったって。」


「じゃ、あまり華月の恋愛に口出ししないでくれる?」


「……」


「それとこれは別、って顔ね。いいわ。」


「いいわって、なんだよ。」


「ううん。別に。」


「おい。」


「知らない。」


「待てって。」


 あたし達に含み笑いを残して、部屋に向かう母さんを。

 父さんはにやけながら、追い掛けて腰に手を回す。

 あたし達は、テーブルに残されたままの、父さんの食事を見て笑って。


「ほんっと、いつまで経っても二十代みたいだな。」


 聖が首をすくめた。


「ま、でも父さんの品定めは確かかもしれないから、彼氏ができたらちゃんと紹介して、よぉーく見てもらいなさい。」


 お姉ちゃんがそう言うと。


「…咲華さくか。未だに恋人の一人も連れて来ないお前が言ったって、説得力ねーよ。」


 お兄ちゃんが、目頭に手をあててそう言って、みんなで爆笑してしまったのよ…。



 * * *



「…ハリー?」


 ロビーのソファー。

 ボロボロのヨレヨレになって眠ってる塊を発見。

 近付いてみると、ハリーだった。



「んあっ………ああ…華月…?んはよ。」


 ハリーは眠そうに髪の毛をかきあげると。


「んあ~…朝か~…」


 大あくび。


「…ここで寝てたの?ずっと…」


 あたしは、隣に座る。


「ん。ホテル、寂しいねん。ここなら、24時間、人がワイワイ言うてるから。」


「仮眠室があるじゃない。」


「いや、ここ音楽流れてるから安心なんやもん。」


 再び、大あくび。



 …久しぶり。

 こんな穏やかなハリー。

 何だか、日本に来てからのハリーって、父さんの言うとおり強引でとげとげしかったから…



「…レコーディング、どう?」


 小さく問いかけると。


「…DEEBEE、聴いたこと、ある?」


 ハリーは靴ヒモを結びなおしながら問いかけた。


「うん。あるよ。」


「全部?」


「…一枚目だけ。」


 …辛くて、聴けなかった。


「ふうん…一枚目だけなあ…」


「…何よ。」


「友達なんやろ?薄情やなあ。」


 …あたし…

 ハリーに、好きな人がいた…ってことは話したけど…

 詩生だとは、言ってない…よね。

 …気付いたのかな…



「あたし、あんまり音楽聴かないもの。」


「あ、そうやな。部屋にもCDとか少なかったもんな。」


 とたんに、ハリーの顔が笑顔になる。

 …疲れてるのかな。



「ね、お母さん寂しいって言われない?」


「おととい電話した。めっちゃ元気。」


「ハリーは寂しくない?」


「俺?俺はー…」


 ふいに、ハリーがあたしを直視する。


「…ん?」


「…寂しい。」


「……」


「寂しいっちゅうかー…なんや知らん所で、イライラして…こんなんでええんかって…」


「ハリー…」


「なあんてなっ。」


 ハリーは明るい声でそう言って立ち上がると。


「あー、やっぱ華月は俺の元気の素やなー。朝から華月に会えて良かった。」


 って、大きくのびをした。


「…ハリー、頑張ってね。」


 あたしは、想いをこめて、ハリーに言う。


「ん?」


「いろいろ辛いこともあるかもしれないけど…頑張ってね。」


「……」


 ハリーは優しい目で、黙ってあたしを見おろしてたけど。


「そしたら、アルバムできたら聴いて。」


 って、あたしの髪の毛に軽くキスをして歩いて行ったのよ…。



 * * *



「華月~、会いたかった~。」


 事務所のロビー。

 帰国した前田さんが、烈を後目にあたしに抱きついた。


「あたしも~…って、烈が睨んでる。」


 あたしが前田さんに抱きついてそう言うと。


「妬いてんのよ。あたしがあんたに抱きついてるから。」


 って、前田さんは笑った。


「あーあ、俺も華月に抱きつきたい。いいか?」


「だめ。」


 烈もすっかり柔らかい人になってしまった。



「ところで、ハリーが来てるんだって?」


「そうなの。」


「すごい偶然というか、運命というか…」


「そろそろ打ち合せが終わる時間だから、上にいるよ。会う?」


 あたしが前田さんの手を持ったまま言うと。


「スケジュールをよく知ってること。」


 前田さんは、意味深に笑った。


「…だってハリー、ここに友達いないから…」


「はいはい。じゃ、上がろうか。」


 三人でエレベーターに乗ってスタジオに向かう。


「ほんとにあっちの事務所と同じ造りなんだな。」


 烈が、前田さんと顔を見合わせて言った。

 そう。

 ビートランドは、日本とアメリカとイギリスにあって、そのどれもが同じ造りらしい。

 おかげで迷子にならなくて済むって、レコーディングで渡米した陸兄が言ってたっけ。


 八階について、エレベーターの扉が開く。

 とたんに、ざわついたフロアーが広がった。


 …と。



「ええもん作りたいから言うてるんやないか!」


「俺はこれでいい物が作れるって言ってんだ!」


「アホか!こない気ぃ抜けた歌詞で何言うてんねん!」


「気が抜けた?どこが気が抜けてんだよ!」


「ぜんっぜん気持ち入っとらんやないか!こんなん、俺でも書けるわい!」


「なんだと…?」


 詩生とハリーが、スタジオの前のロビーで口ゲンカしてる。


「ほほお…熱くなってるな。」


 烈が、ニヤニヤしながらそれを眺める。


「…ハリーのプロデュースするバンドって、DEEBEE?」


 前田さんがつぶやく。


「…うん。」


 あたしたちが顔を見合わせてると。


「やめろよ!」


 ハリーの胸元をつかんだ詩生を、えいが止めに入ってた。


「歌詞、全部書き直せぇ。おまえの歌詞のせいで、他のメンバーのテクニックが台無しや。ええもん作りたいんは、おまえだけやない。よう考えや。」


 ハリーは冷たくそう言うと、詩生の手を振りほどいてスタジオに入って行った。


「…くそっ!」


 詩生がイスを蹴る。


「…俺は、あいつに同感。」


 それまで黙って見てたしょう君が、詩生に言った。


「確かに今のあんたの歌詞、つまんねーよ。」


「…何だと?」


「もっと熱いとこ見せてくれよな。やる気なくなっちまうよ。」


 彰君はそう言いながら、どこかへ消えてしまった。


「……」


 詩生は、肩を落としてイスに座ると。


「何だってんだよ…ちくしょう。」


 天を仰ぎながら言った。

 みんなが声をかけるのをためらってると。


「よ。」


 烈が、普通にそう言って詩生の隣に座った。


「…烈?」


「昨日帰ってさ、さっき来たとこ。」


「あ…あ、結婚おめでと。」


「サンキュ。」


「嫁さんは?」


「そこ。」


 烈が、後ろに立ってるあたしたちを指さすと。


「……」


 詩生は、振り返って、少しだけバツの悪い顔をした。


「帰国そうそう、とんだとこ見せたな。」


「いーや。充分おもしろかった。」


「…相変わらず、やな奴だな。」


「ほめてんだぜ?おまえも、プロんなったんだなーと思って。」


「ちぇっ。」



 …不思議だな。

 あんなに犬猿の仲だった二人が。

 なぜか、親友に見える。



「俺、音楽のことはよくわかんねーけどさ。」


 ふいに、烈が話し始めた。


「?」


「おまえの書く詞については、ちょっと理解があんだよな。」


「…何だよ、それ。」


「おまえって、自分の心境とか体験とか理想を書かせるとピカ一なのに、裏腹なこと書くのって下手だよな。」


「……」


 詩生は、まるで嘘がばれた子供のような顔。


「つまり、今回のアルバム用に書いたのは、全部偽りってことだろ?」


「…うっせぇな。俺だって必死なんだぜ?」


「でも、結果が悪けりゃダメなんだろ?」


「……」


 烈は立ち上がって詩生の肩に手をかけると。


「カッコ悪くても何でも、正直なのが一番だなーって俺は思うけど。」


 少しだけ笑って言った。


「……おまえ、変わったな。」


「歳とってんだぜ?変わんなきゃおかしいだろ。じゃ、期待してるぜ。」


 烈があたしたちの前に戻ってきて。


「希望、契約に行こうぜ。」


 って、前田さんの手を取った。


「あ、ああ、うん。」


「…何。」


 前田さんが、ジッと烈を見て。


「今の、かっこよかったなーと思って。」


 ちょっとだけ、嬉しそうな声で言った。


「…惚れ直した?」


「うん。」


 額を、ぶつける。

 相変わらずっていうか…ますますあったかいな。



「ああ、詩生。」


 烈が、思い出したように振り返って詩生に言った。


「俺は、一枚目のアルバムが一番おまえらしいなって思う。」

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