第7話 「出かけてるのよ~。」

「出かけてるのよ~。」



 バレンタインデー。

 あたしは、生まれて初めて。

 身内以外の男性に、チョコをあげるというこの行事に参加することになった。


 と、いうのも。


華月かづき、誕生日に詩生しおちゃんから何かもらったんでしょ?」


 母さんのするどい意見に、あたしは詩生しおにチョコを進呈することにした。



「あ、じゃ…これ、渡してください。」


 あたしが小さな箱を差し出すと。


「すぐ帰ってくると思うから、あがって待てば?」


 おばさんは、スリッパを出してくれたんだけど。

 なんだかー…気恥ずかしくて。


「ううん、渡してもらえれば…」


 あたしは、後ずさり。


「また、遊びにきます。」


 玄関を出る。



 …きっと、たくさんもらってるんだろうな。

 毎年、この時期になると女の子たち、大騒ぎしてたもんな。



 …二月になって、登校することもなくなって。

 今月は仕事少ないから、ほとんど家で料理したり、華生けたり…

 あとは、卒業式を待つのみ。


 結局…冬休み中は一度も詩生しおと会わなかった。

 新学期になっても、詩生しおは仕事が忙しくて休みがちで。

 二回ほど廊下で見かけたけど…声かけにくくて、やめた。


 CDの感想も言ってないしなー…

 あ、カードくらい付ければ良かったのかな。



 今更のようにそんなこと考えてると。


華月かづき!」


 後ろから…詩生しおの声。


「あー…良かった。今帰ったんだ…」


 詩生しおの手には…チョコ。


「これ、サンキュ。」


「…美味しいかどうか、わわかんないよ?」


「手作り?」


「ヒマだったから。」


「公園行かねー?」


「寒くない?」


「おまえ、んなあったかそうなもん身につけといて…」


 あたしは、誕生日にもらったマフラーも手袋も着用。


「あたしじゃなくて、詩生しおが。」


「あ、俺は平気。」


 久しぶりなせいか。

 何だか詩生しおが大人っぽく見える。



 詩生しおについて公園に行くと、並木のベンチにたまってた落葉が、風に吹かれた。


「開けてい?」


 ベンチに座ってすぐ、詩生しおが嬉しそうに言う。


「う…ん。」


 本当に、たいしたもんじゃないのに。

 そんな嬉しそうな顔されると申し訳ないな。

 詩生しおはラッピングをほどくと。


「すっげー。これ、作ったのかよ。」


 なんて、はしゃいでる。


「手作りって威張れるほどのもんじゃないんだけどね。」


「でも、すっげーきれいだぜ?」


 手の平サイズの、チョコレートケーキ。

 CDジャケットみたいに、少し色鮮やかなトッピング。

 空いてるスペースに、キスチョコをいれた。



「いただきまーす。」


 詩生しおは、嬉しそうに…チョコを食べ始めた。


「ん。んまい。」


 何だか……すごく、照れくさい!

 隣に座ってるのが、苦痛なほど!



「あ…あ、そういえば。」


 あたしは、なんとか言葉を出す。


「あ?」


「CD…今日発売だね。」


「あー…うん。」


「きっと、売れてるよ。すごく…良かったもん。」


 思い出したように意見を言うと。


「あっ…ああ、あ、サンキュ。」


 詩生しおは、あたしの顔も見ずに…答えた。


「あのバラード、すごく素敵だった。詩生、あんな曲も唄えるんだね。」


「ま…あな。」


 何だか詩生しおは一心不乱に食べ続けて。


「…ごちそうさま。」


 あっと言う間に、チョコを食べ尽くしてしまった。


「ね。」


「ん?」


「あの曲って、詩生しおの作品?」


「あの曲…?」


「バラード。」


「あー…うん。」


詩生しお、恋してる?」


 あたしが詩生しおを見つめて問いかけると。

 詩生しおは、やっと…あたしを見た…んだけど。


「……っくしゅん!」


 あたしが盛大にくしゃみをしてしまうと。


「んだよ、そんな完全防備でも寒いのかよ。」


「だって…」


「おー、冷えてんな。」


 クスクス笑いながら…あたしの頬に触れた。

 あたしはそんな詩生しおに見とれてしまう。

 きれいな…目。

 長い髪の毛が、風になびく。



「…華月かづき…?」


 なぜだろう。

 詩生しおに触れたいと思った。

 あたしも…詩生しおの頬に手をかける。


「…詩生しおだって、冷たい。」


「……」


 次のことなんか、予測できなかった。

 でも、詩生しおがあたしの肩を抱き寄せたのは、それからすぐのことだったと思う。

 そして…唇が重なったのも…。



 何が何だかわからないまま、詩生しおの胸に顔を埋めて…

 詩生しおが何か言ってるんだけど…耳に入らない。


 ただ…

 甘い…キス。

 それだけは、心地よくて覚えてる。


 詩生しおの唇は、魔法使いみたい。

 あんなに優しい歌を歌ったり…

 こんなに甘いキスをしてみたり…


 …タバコの匂い。

 大嫌いなはずなのに。


「…華月かづき…」


 やっと、詩生しおの声が耳に入って。

 そしたら、途端に…なぜか罪悪感にかられてしまった。

 あたし…詩生しおとキスしちゃった…



華月かづき?」


 あたしが突然のように離れると、詩生しおは不安そうな目であたしをのぞきこんだ。


「ご…ごめん。あたし…」


「…ごめんって…」


「と…とにかく、ごめん。じゃ、卒業式にね。」


華月かづき!?」


 詩生しおに背中を向けて、かけだす。



 やだ…

 どうして詩生しおと、こんなこと…

 詩生しおのことは、好きだけど…

 頭の中がパニック。

 あたしは、ひたすら走り続けて。


「た…ただいま…」


 ボロボロになって家にたどりつくと。


「おう、久しぶり。」


 きよしのとこに遊びに来てたれつに。


「明後日の撮影のモデルがインフルエンザにかかってさ。おまえ、代役やんねー?」


 って、仕事をいただいてしまった…。




 * * *



「色っぺぇー…」


 きよしが、撮影のポラロイドを見てうなった。

 れつとの撮影は、突然の設定変更で。

 二人とも…顔が出た。

 れつは、最初から「初の顔出し」なんて言ってたけど。


「え?知り合いのモデルって華月かづきちゃん?なら、二人とも顔出そうよ。」


 って。



 香水のポスターで、裸で抱き合ってるカット。

 一つは、あたしのアップ。

 もう一つは、れつのアップの2パターン。



「これ、親父怒んなかった?」


「怒ってたかも。目、つってたもん。」


 きよしには義兄にあたる父さん。

 でも、きよしは『親父』って呼んでる。

 昔は、あたしたちにまぎれて母さんのことも『母さん』って呼んでたけど、今はちゃんと『姉ちゃん』って呼んでる。


 歳上であるあたしのお兄ちゃんとお姉ちゃんは、きよしにとっては甥と姪で。

 だもんだから、きよしは、お兄ちゃんのことを『ノンくん』お姉ちゃんに関しては、呼び捨てしている。


 だいたい…うちって、まぎらわしいのよ。

 あたしときよしも苗字が同じだし、同じ歳だし誕生日も同じだし…で、『双子?』って聞かれる事がある。



「きわどいなあ。」


「でも、ちゃんと水着着てるんだよ?」


詩生しおは?」


「…え?」


 ドキっとした。


「怒んなかった?」


「…なんで詩生しおが怒るの?」


「いや、別に。なんとなく。」


「知らないんじゃない?会ってないから…」



 撮影の日。

 結局三時間くらいれつと抱き合ってた。

 それも、れつは裸。

 あたしも、裸に近い格好。

 でも…

 仕事だって、割り切ってるからか。

 詩生しおの時みたいに、居心地がどうだとか…感じなかった。

 ドキドキする事もなかった。



 …あれから、詩生しおとは会ってない。

 来週の卒業式が、ちょっぴり憂欝だったりする。



「このポスター、いつ張り出し?」


「夏ぐらいじゃない?」


 きよしの問いかけに答えながら。

 あたしは、詩生しお詩生にどんな顔して会おう…

 なんて、ちょっぴり沈んでしまっていた…。





 * * *



「ねえ、いずみ。」


「んー?」


 もらった合鍵は、全く使う必要がなかった。

 あたしがいずみのお城に向かった時は、いつもいずみはそこにいる。

 よく考えてみれば、いずみにも彼氏はいない。



いずみってさあ…」


「んー。」


 マニキュアを塗りながら、無気力な返事。

 今まで、興味なさそうだったのに、突然マニキュアなんて、どうしたんだろ。



「キス、したことある?」


「うっわ!」


 あたしの問いかけに、無気力そうに返事してたいずみは。


「やっ…だ!これ、落ちないかな!あ~…失敗だ~…」


 マニキュアのビンを、倒してしまった。


「あ、待って。こすらないで。リムーバーは?」


「ん。」


「このタオル、使っていい?」


「うん。」


 お湯に浸したタオルとリムーバーで、いずみの服についたマニキュアを落としてると。


「…さすがモデル。慣れてるね。」


「失敗に、って聞こえるよ。」


 リムーバーの匂いに、少しだけクラクラする。



「…珍しいね。華月かづきが、そんなこと聞くのって。」


「そ?」


 視線は、合わさずに声だけを聞く。


「何で急に?あ、経験したな?こいつぅ~。」


 いずみが、あたしの頭をクシャクシャにした。


「けっ経験なんて言わないでよ。あたしは、いずみにしたことある?って聞いてんの。」


「…あるよ。」


「あるの?」


 思わず、顔をあげてしまって目が合う。


「何よ。あたしにはないって思ってた?」


「うん。」


「しっつれいな奴。あたしだって、キスする相手くらい…」


「…いずみ?」


「…ごめん。」


 驚いてしまった。

 突然、いずみはポロポロ泣き始めたのよ。

 あたしは、そんないずみを見るのは初めてで、なんて声をかけていいかもわからないで。

 ただ、うろたえてしまうばかりだった。



いずみ…」


「何で泣いてんだろ…おかしいな…」


 ちょっとだけ、いずみを羨ましく思った。

 いずみは…恋をしてる。

 それも、思い出すだけで泣けてしまうほどの。


 なんとなく、これ以上は聞けないなと思って、あたしは他の話題を探す。

 でも…何しゃべろう。

 元々、あたしたちは会ってもそんなに会話をしない。

 ウィンドゥショッピングとか、ビデオ鑑賞くらいのもので…


 ゴシゴシゴシ。


 あれこれ考えてるうちに、つい手に力が入ってしまった。


「…華月かづき…」


「えっ?」


「も、いいよ。」


「あ、あー…でも、まだきれいに…」


 あたしは、いずみのトレーナーを見る。


「…プリント剥げちゃった…」


「…バカ。」


 赤いままの目で、いずみが笑う。

 あたしは、心の中で。

 いずみの好きな人って、どんな人かな…なんて考えていた…。

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