マヒナ mahina【月】

バスを降りて、線路を渡りまっすぐ歩くと左手に小さな公園と交番所がある。さらに歩き左に曲がるとじゃりの坂道を上がる。上がりきると、古い神社と大木がひとつある。右手の階段を今度は下ると、ふつうの道路につながる。左に曲がりまっすぐ行くと右側に小学校がある。まだ、ちらほら子供たちの姿が見える。ずっとそのまま歩くと道は狭くなっていき、住宅地に入っていく。その住宅地の中に、【ハイツLiLiKa】がある。


私が今一人で暮らしているアパートだ。

2階建てで8部屋がある。オートロック式、女性専用の1DKだ。部屋は意外と広い。私は1階の奥から二つ目の部屋に入っている。


10ヶ月前の朝、起きてこない父親を起こしに寝室へ行くと、父はうつ伏せに寝ていた。

「朝だよ、お父さん」

大きめの声に、何の反応もなかった。顔を見に近くへ行くと、何となく青白いような、血色の薄い顔色だった。

「お父さん」

揺らしてみても脱力している。

私は自分の手を父の鼻と口元に近づけた。

風が全くあたらない。

父を上向きに寝かせてみる。

脱力したままだ。

私は急いで父の心臓の付近に耳をのせ、鼓動を聞こうとした。

全く聞こえない。


私は棒立ちになり、自分の血の気がさっと下へさがるのがわかった。私の視界は暗くなり、私はその場にしゃがみ、頭を下に向けた。だんだん視界が回復する。そうしながら、私は祖母に携帯から電話をした。


「お父さんが、息をしていないの」

自分ではないひとが話しているようだと感じた。

祖母は、「すぐ行くから。救急車を呼んで」と言い電話が切れた。

私は救急車を初めて呼んだ。


祖母が来る5分の間、私は夢遊病の患者のように、意識なく、部屋のカーテンを開けた。父の寝元にはまだお茶の残った湯飲みが置いてあった。

私は台所の流し台にそれを運んだ。そして、祖母が慌ただしく入ってきて、その後救急車も着いた。父は病院に運ばれたが、すでに死亡していたことが確認された。おそらく死因は心筋梗塞を明け方に起こし、急死に至ったことだということだった。


祖母と話し合い、家族葬にすることとなった。祖母の弟だけ少し親しくしていたので、知らせを入れることにした。

祖母が病院の公衆電話からおじに電話をかけていた。おじは1週間仕事を休み、葬儀や様々な手続きを手伝ってくれることになった。


そこで初めて自分が仕事をしている身であることを私は思い出した。

シフトを見ると今日は遅番で、まだ仕事は始まっていなかった。


私は仕事場に電話をし、会社の上司に事情を話した。

私もアルバイトの身ながら、1週間休みが与えられた。

7年働いたかいがある。


役所での手続きや葬儀の手配を終えた。おじが率先してくれた。


父は52歳だった。

祖母の夫も56歳で、父と全く同じ病気で他界していた。


葬儀やお寺さんのお参りは、祖母の希望により、祖母の家で行われた。


そして、祖母は私が良ければ、自分が生きている間は父の位牌を自分に持たせてほしいと言ってきた。


私はその時から、もう父と暮らしていたマンションには戻れない、辛すぎると感じていて、どこかで一人になりたいとも思っていたので、祖母にお願いした。


私は1週間の休みの間にアパートを探し、契約して引っ越しをした。そして1ヶ月くらいかけて祖母とおじと父の遺品の整理をした。

父と私が暮らしたマンションは売りに出され、私が遺産としてもらうこととなった。その他、父の貯金も私が遺産として受け取った。


貯金は増えても、とても仕事を止められる額ではなく、私は変わらずに仕事を続けた。


そんなことがあった10ヶ月後、あともう少しで父が亡くなって一年という頃に、私は岸本さんから声をかけられ、告白を受けたのだった。






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